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1・ご不要な武器、買取ります

挿絵(By みてみん)



 きっとナマクラだ。


 鞘から抜きもせず、一目見ただけで、俺はその剣の価値を決めた。



「はい、三千ペス。

これで新しい万能包丁でも買った方が、よっぽどいいぞ」


「はぁっ?

ちょちょちょっと待って、お兄さん! 明らか桁おかしくないか?

三十万ペスでも安いくらいだぜ、これ!」



 カウンター越しに食ってかかってくるのは、この界隈ではそこそこ名の知れた、一人の若い勇者。


 自らを勇者と名乗る奴なんて、頭が沸いているとしか思っていなかったけれど、今回剣を売りに来たこいつと言葉を交わしてみて、断定できた。



 この勇者殿は、脳みそがつるんつるんだ。



「魔王の城から取ってきた宝剣だ」という嘘までは、大目に見よう。


 だがしかし、この世のどこに、装飾一つ宝石一つ付いていない宝剣など、存在するというのだろう。



 若くして亡き父親の武器屋を継いだ俺だけれど、鑑定眼には自信がある。


 何しろ子供の頃から、本物の武器を玩具代わりに、ブンブン振り回していたのだから。



 俺は千ペス銀貨を三枚カウンターに置き、地金リサイクル用の武器を立ててある樽に、さっさと偽宝剣を投げ込もうとした。


 途端に上がる、悲痛な叫び。



「お兄さぁぁぁんっ! そりゃないぜ!

その宝剣、現役だぜ? 業物だぜ? ちょっとした魔剣だぜ?

オレ、ついこの前まで、ガッツリ使ってたんだぜ!」


 だぜだぜうるさい上に、この期に及んで諦めの悪い奴だ。


 口を開けば開くほどボロが出るというのを、分かっていないのだろう。



「へぇ?

ついこの前まで使ってた、すんばらしい宝剣なのに、何で急に売ろうとするんだよ?」


「う……、それは…………」



 矛盾を突けばあっさりと引きつる、無駄に整った顔。


 こんなアホでダメで顔だけの男が勇者だなんて、いよいよ世も末だ。


 だが、こういう奴をチクチクいじめるのは、嫌いじゃない。



「ん? どうしてなの、勇者様。

怒らないから素直に言ってみな?」


 心の底から湧いてくるニヤニヤを隠しもせず、俺は無駄に整った顔の前に、件の宝剣を突き付けてやる。



 勇者はあーうー唸りながら、王子然とした金色の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した後、諦めたようにぼそりとこぼした。


「抜いたら抜けなくなったんだ……」



 意味が分からない。


 新手のとんちだろうか?



 酷使して刃こぼれを起こしたとか、アフターケアを怠って錆びさせてしまった、というニュアンスにも取れる。



 どちらにせよ、業物ならばそう簡単にトラブルなど起きない。


 ナマクラ確定だ。



「抜けない剣なんて、やっぱりジャンク品だ。

ほら、さっさと銀貨受け取って出てけよ、自称勇者」


「違うんだ、武器屋!

オレじゃなきゃ抜けるはずなんだ!

こいつは使い手を選ぶ魔剣なんだよ!」


「はいはい。

魔剣に見限られるなんて、勇者廃業した方がいいんじゃねぇ? 」


「そうじゃなくてっ!

ああもう、どうすれば分かってもらえるんだぁぁぁ!」



 さほど広くない店内に、勇者の苦悩の叫びが反響したと同時、バーンと派手な音を立てて、店舗出入口のドアが押し開かれた。


 強盗か? と手にしていた剣の柄を握ったものの、すぐに拍子抜けする。



 逆光に浮かぶシルエットは、三つ。


 まろやかな体のラインからして、全員女だ。


 世知辛いご時世とはいえ、非力な女がわざわざ武器屋へ強盗に入るなんて話は、聞いた事がない。



「勇者様ぁ! 逃げようとしたって無駄なんだからぁ!」


「男ならちゃんと責任取りなさいよ!」


「誠意見せて欲しいですぅ~!」



 発言や態度、装備から察するに、押し入ってきた三人は、どうやらこのへなちょこ勇者のお仲間のようだ。


 それにしても、揃いも揃って、何というキャラの濃さだろう。



 左から妹系魔法使い、ツンデレ系戦士、天然系僧侶。


 同じく左から貧乳、鳩胸、巨乳。



 こんなパーティーで冒険していただなんて、破廉恥極まりない。



 俺の冷め切った視線なんてそっちのけで、三人娘は勇者に詰め寄る。



「勇者様っ!」


「勇者!」


「勇者さぁん!」



 いよいよ店の角にまで追い詰められた勇者は、青ざめた顔でへらりと愛想笑いを浮かべた。


 こういう態度が女の神経を逆撫でする事を、分かっていないのだろう。



 残念な勇者様は、案の定フルボッコにされる────かと思いきや。


 属性の違う三人の美女達に、キスの嵐を浴びせられた。



「あぁん、もう! たまんない、勇者っ! 抱いて、今すぐ抱いてっ!」


「うぁっ、ちょ、やめ!

 揉むな握るな舐めるな吸うなぁぁぁ!」


「そんな事言ったって、カラダは正直ですよ~。ほらほらぁ~」



 床に押し倒された勇者が、装備を剥ぎ取られながら、魔物に襲われた少女のような、憐れっぽい悲鳴を上げる。



 俺のこめかみの血管は、ブチンと切れる寸前。


 ここは連れ込み宿屋でもなければ、ショー酒場でもない。


 神聖なる俺の城、武器屋だ。


 いかがわしい行為をおっ始められたら、たまったもんじゃない。



 カウンターをひらりと飛び越え、俺は怒りのままに剣を抜き放った。



「おい、勇者ととりまき共。ここをどこだと思ってやがる。武器屋だぞ、武器屋!

こんな所でサカるな! ヤるなら外でやれ! 出て行かねぇなら叩っ斬るぞ!」



 若僧なりにドスの効いた声で脅してやると、全員ぴたりと動きを止める。


 唾を飲み下すのすら躊躇うほど、ひりつく緊張を帯びた空気の中、四対の視線がゆっくりとこちらに集まった。



 その刹那、弾ける笑い声。



「ぎゃははははは! アンタその剣、抜けたんだ!」


「あんまり笑っちゃ失礼ですよ~プククク!」


「てことは、武器屋さん……ふふふふふっ!」



 笑われる理由はちっとも分からないけれど、俺は指摘にはっとした。



 トラブルとやらで鞘から抜けないはずの剣が、抜けている。


 しかも何の抵抗もなく、すんなりと抜けた。



 まさか勇者が嘘をついたとは思えない。


 ただでさえ貧相な宝剣なのだから、少しでも買取り価格をつり上げるために、不利な申告などしないはずだ。



 一体全体、どうなっているのだろう。


 不思議に思って、俺は青白く輝く剣身を見つめた。



 鍔、握り、柄頭。


 どこを取っても、質素ではあるけれど、剛性はありそう。


 複数の特殊金属をブレンドして鍛えたらしい剣身は、刃こぼれ一つしていないし、硬く焼き入れされた様子の切っ先は、刺突力も高そうだ。



(さすがに三千ペスは叩きすぎたか……)


 ちょっぴり反省したのは、ほんの数秒だけ。



 俺はこれから先、この街で多分一生、武器屋として生きていく。


 「あいつの店、査定甘いぜ!」なんて噂が立とうものなら、死活問題だ。


 だから一度吐いた唾は飲めない。


 査定は覆せない。



 「安く仕入れて、そこそこ高く売る」が、代々引き継がれてきた、我が家の商魂だ。


 この代で台無しにして、たまるか。



 俺は心を鬼にして、半裸にひん剥かれた勇者の鼻先に、剣を突き付けてやった。



「抜けたからといって、査定額は上がらねぇ。だからとっとと三千ペス持って、消えろ」



 ビシッと決めたつもりだったのに、勇者一行の小馬鹿にしたようなニヤケ顔は、収まる事を知らない。



「さっきから何がおかしい?

 俺が年下だからって、商人だからって、舐めてんのか?」


「いや、武器屋、そりゃ誤解だぜ! オレ達は年齢や種族や職業で、人を差別したりするような人間じゃない。

 でも君がその剣を抜けたって事は、オレの方が人生経験豊富って訳で」


「だから何なんだよ!

 回りくどい言い方やめて、ズバッと」


「武器屋さんは、チェリーボーイ認定されたんですよぉ」



 いきなり死角から、ズバッとやられた。


 妹系貧乳魔法使いに。


 これほどまでに殺傷能力の高い呪文を唱えてくるとは、可愛い顔をして、なかなか侮れない奴だ。



 図星を突かれて、脇の下に嫌な汗が滲んできた。


 おまけに喉も口の中もカラカラ。


 だがしかし、チェリーボーイだなんて、認める訳にはいかない。


 認めたからといって、何がどうなるでもないけれど、男のプライドに関わる大問題だ。



「べっ、別に俺、違うしっ! 街の若い女はあらかた食っちゃったくらいの遊び人だし、俺っ!」


「妄想の中でですかぁ~? それはカウントしちゃ、ダメなのです~」



 回復魔法のみ使えるとされている僧侶ですら、容赦なく斬裂系呪文を唱えてこようとは、このパーティーは一体どうなっているのだろう。



 立て続けにクリティカルヒットを食らい、息が上がってきた所に、


「フ……ッ」


 鳩胸ツンデレ系戦士の冷たい片笑いが、追い打ちをかけてくる。



 俺のライフポイントは、もはや赤ゲージ。


 ダウン寸前。



 最後の力を振り絞って、反撃を繰り出そうかという、まさにその時だった。


「残念だけどな、武器屋。

その魔剣は、穢れを知らないピュアボーイにしか抜けない代物なんだ。どんな嘘も誤魔化しも、そいつには通用しないぜ」


 勇者の鋭い一太刀が、俺のハートにとどめを刺した。



 ガクンと膝から力が抜け、手の平をざらついた板床の棘がつつく。


 白目を剥いているせいか、周りの景色は見えない。



 ────完敗だ。



 さすが勇者一行。


 これほどまでの強さだったとは、完全に見くびっていた。



 うなだれる俺の肩に、勇者がポンと労りの手を乗せてきた。


 恨めしく見上げた先には、男の自信に満ち満ちた、余裕の笑顔が咲き誇っている。



「大丈夫、君みたいな没個性の塊でも、そのうち主役級のチャンスがやってくるはずだぜっ!」


 ビシッと立てられた親指に怒りが込み上げ、俺は思わず柄頭で、裸の鳩尾を突き上げてやった。



「出てけ、お前ら全員っ!

 それで二度とここに足を踏み入れるんじゃねぇ!」


 痛みに呻く勇者を、半ば蹴り出すように店外へ追い立てると、とりまき三人娘も口々に俺を罵りながら、それに続いた。



 厄介な珍客がいなくなり、手元に残されたのは、訳ありの宝剣。



「何なんだよ、一体……」


 しんと静まり返った店内に、答えをくれる者はいない。


 いつも通りの平穏が戻ってきた安堵感と、平穏を引っ掻き回された疲労感に、俺は嘆息を漏らした。



 勇者がうそぶいた「主役級のチャンス」とやらが俺に巡ってくる気配は、まだまだない。




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