楽園の村~もふもふとツルツル、どっちがお好き?~
突然目の前がパチンと弾けたような気がした。
何だか、長い夢をみていた気分だ。うぬぅー、と伸びをする。
……あれ? わたし、何をしていたんだっけ?
自分がどこにいるのかわからなくなり、周りをきょろきょろと見る。
木製の温かな部屋だった。置いてある家具もすべて木製で、ケガの可能性を減らすためか、角などは丸く丁寧に削られている。
見覚えのない部屋。
一瞬「ここどこだろう?」と思ったが……ここは、わたしの部屋だった。
ん? ここは、わたしの部屋だっけ??
何だか先ほどからおかしい。
見覚えがないと思ったり、あると思ったり忙しい。
……何かヘンね?
その時、鏡に写った自分を見た。
ピンク色の肩まである髪に若葉のような緑色の瞳。愛らしい顔の少女だった。確かに自分だと感じるのに、同時にまったく見覚えがない気がする顔だ。
はい、色々おかしいねー。
ピンクの頭って何だ。人間の頭がピンクでいいのか。頭がピンクって言うと、わたしの頭がピンクな人みたいではないか。
頭が混乱する。ピンクピンク言い過ぎた。
ふぅ、と一度深呼吸する。
何秒経っても鏡の中の少女はピンク色だった。洋服も可愛いピンク色。わたしが現実を受け入れようと決意したところで部屋の扉がノックされる。
「ニーナ、ご飯だよ」
「おねーたん、いきましゅよ?」
兄妹たちが朝ご飯を食べるために呼びに来たようだ。
……さて、今日のご飯はナニかなー?
現実を受け入れるには、もうしばらく時間がかかりそうだった。
***
ニーナ・ランベルグ。
この世界に転生したわたしの名前だ。いや、転生ではなく、もしかしたら憑依かもしれないけど。その辺はよくわからないので判断を保留する。
わたしは五歳の誕生日……とかではなく、特に記念日ではない普通の日に記憶を取り戻した。
前世では仕事をバリバリ頑張っていた。だけど、繁忙期だからと頑張りすぎたのだろう。休日出勤をして仕事を片付けている途中に酷い頭痛が襲ってきてその後の記憶が途切れている。
会社の人はスゴくびっくりしただろうね。憂鬱な月曜日、会社に出勤したら動かぬわたしとご対面……ホントすみません。
家族も悲しませてしまっただろう。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
……弟よ、あとは任せた。わたしはこちらで精一杯生きるから。
申し訳なく思いつつも気持ちを切り替える。いつまでもくよくよしていても何にもならないからだ。それよりも今世をどう生きるかが大切だ。
ニーナは三人兄妹の真ん中だ。三歳年上の兄と二歳年下の妹がいる。そして両親を加えた五人で暮らしている。
同じ村のなかには、おじいちゃんとおばあちゃんや親戚も住んでいる。
村の名前は楽園の村という。
程好い気候で、空気は澄みわたり一年中様々な種類の花が咲いている。穏やかで住みやすい、居心地のいい村だ。
この村は、人間以外も色々な種族が住んでいる。
なんと天使、悪魔、竜、精霊、妖精、人魚、獣人などが仲良く暮らしているのだ。
天使と悪魔なんて仲が悪いんじゃないかと心配したが、普通に仲が良かった。
心配が杞憂に終わってよかった。
わたしの村での生活は単純だ。
朝起きてご飯を食べてから家の手伝いをする。わたしとミーナが出来ることはだいたいお昼までに終わるので、お昼ご飯を食べたら自由時間だ。お兄ちゃんは、午後からお勉強がある。
この村には学校とかはないけれど、毎日時間の空いている大人が五人ほどで代わる代わる勉強・その他生きるのに必要なことを教えてくれる。子どもたちはわたしとミーナを入れても二十人以下なので出来る方法かもしれない。
わたしとミーナは「まだ小さいから」と免除されているが、六歳になったらわたしもお勉強に参加することになる。
お兄ちゃんに聞いた時間割りだと、約三十分ごとに先生が代わる。日によって来られる先生も違うので、厳密にやる授業が決まっているわけではないそうだ。
この村の人は色んな種族がいるので、話を聞くだけでもためになるってお兄ちゃんが言っていた。
……何て言うか、発言が優秀そうな感じだよねー。
実際にウチのお兄ちゃんは頭がいいらしい。顔も良くて頭もいいなんて、ウチのお兄ちゃんはすごいね!
毎日来られない先生もいるが、毎日来られる先生もいる。
その中の一人がマオーおじいちゃん。パッと見は威厳のある顔立ちで近寄りがたいけど、笑うと目尻にシワが出来る笑顔が素敵なおじいちゃんだ。若い頃はさぞかしモテただろう美老人である。いや、その甘い笑顔を見るだけで今でも十分モテそうな気がする。
なんでも、以前の役職を辞めて息子さんに譲ってからヒマなんだそうな。子どもたちに色々と教えるのが楽しいって言っていた。
マオーおじいちゃんは、会うといつもお菓子をくれるので大好きだ。
たまに「孫の嫁にならないか?」と悩殺スマイルで聞かれるけど、お断りしている。わたしまだ五歳だよ? 気が早いよねー。
さて、午後の自由時間だ。
童心にかえるとはこのことか、私は子どもとして生活をするうちにすっかり前世で培った大人の理性を捨て去っていた。
……せっかくの子ども時代、精一杯遊びたいと思います!
前世で仕事ばかりしていたとき、ふと「子ども時代に戻りたいなぁ」と考えることがあった。楽しかった子ども時代を思い出していただけで、別に本気で戻りたいと思っていたわけではないが、今その願いが叶っている状態だ。遊ばなきゃ損だろう。
よし、まずは妹とかくれんぼをしよう。最近のホットな遊び場は、セタおじいちゃんのところだ。
お母さんに遊びに行くことを告げると、「大人のいるところで遊びなさいね?」と言われた。わたしは元気よく返事をして、ミーナと手を繋いでセタおじいちゃんのいる森へ出掛けていった。
森に入りしばらくすると、木々が途切れていきポッカリと広い場所に出る。草と花が咲き乱れるそこに大きな金色の山があった。
……いや、山じゃないけどねー。
わたしとミーナは大きく息を吸い込んだ。
「セタおじいちゃーん、こんにちは。遊びに来たよー」
「こんにちは。きましたよー!」
「ふぉ?」
閉じていた目が開き、大きな金色の身体が動く。動いたときに鱗が陽の光を反射してキラキラと光った。
セタおじいちゃんは、巨大な黄金の竜なのだ。
「お主ら、また来たのか」
「そうー! お母さんが森の中は危ないから、誰か大人のひとの目の届くところで遊びなさいってー」
「……そうか。好きにせい」
セタおじいちゃんは快くここで遊ぶ許可をくれた。
「やったー! じゃあミーナ、かくれんぼしよう!」
「わーい! やるでしゅ。おねーたんにまけないでしゅよ!」
かくれんぼはわたしが妹に教え、村にも広めた。この村には娯楽になるようなオモチャとかがないので、子どもたちはとても喜んでくれた。
まずわたしが最初に鬼をやる。毎日遊んでいるからか、だいたいどこに隠れているかわかる。何度か交代し、今度はわたしが隠れる番だ。
……どこか、いつもと違う場所ないかなぁ。
隠れるにしても同じような場所しかない。あまり遠くに行くわけにもいかないし、と考えていると名案を思いついた。
「セタおじいちゃん、ちょっと隠れさせてー」
「ふぐぉっ?」
わたしはぐいっとセタおじいちゃんの口を空ける。セタおじいちゃんはびっくりしていた。
……あ、ちゃんと入る時に靴は脱いだよ!
とてもいい場所に隠れられたと思ったのだが、妹にすぐに見つかってしまった。妹よ、やるな!
外に出て靴をはいていると、セタおじいちゃんがなんとも言えない顔をしていた。
「……お主、飲み込まれたらどうするんじゃ?」
「とりあえず、消化される前に這い出てくるかなー?」
「ふぉっふぉっふぉっ。お主はおもろいのぅ」
「そうかなぁ」
真面目に答えたのに、セタおじいちゃんは大笑いした。やめて、息で飛ぶから!
「……わし、これでも古代竜なんじゃけどなぁ」
「知ってるよ? つまり、おじいちゃんってことでしょ?」
「まぁ間違ってはないのぅ」
セタおじいちゃんはよくわからないことを言う。
かくれんぼにも飽きてきたので、次に周囲に咲いている色とりどりのお花で花冠を作ってみた。
「おねーたん、ミーナにもつくってくだしゃい」
「はいよー」
「──お前たちまたここに来ていたのか」
夢中になって花を編んでいると、渋イイ声がかけられた。声の方を見ると、森の中から銀色の大きな狼がやって来た。銀狼のシルヴィおじいちゃんだ。声を上げようとしたとき、上空からも声がかかった。
「貴女たちは、私たちが怖くないのですか?」
優雅に音もなく飛んで来たのは白梟のハクおじいちゃん。ハクおじいちゃんもとても大きい。体長五メートルくらいはある。
セタおじいちゃんとシルヴィおじいちゃんとハクおじいちゃんはよく三人(?)でつるんでいる。仲が良いのだろう。
「シルヴィおじいちゃん、ハクおじいちゃん、こんにちは。怖くないよー」
「こんにちはでしゅ。こわくないないなのでしゅ」
まずは挨拶をすると、シルヴィおじいちゃんに呆れた目で見られた。……何でだ。
「ふん。お前たちは、本当に変な子どもだな。こんなところにいると危ないぞ」
「危ない?」
私はよくわからなくて首をかしげる。
「えぇ、本当に。こんな極悪竜に近寄ると食べられてしまいますよ?」
笑顔(?)で毒を吐く、ハクおじいちゃん。
「なんじゃとぅ? お主らに言われとぅないわ! この悪逆じじぃども」
「我もお前に言われたくはないわ!」
セタおじいちゃんとシルヴィおじいちゃんが口喧嘩を始める。
……喧嘩するほど仲が良いってやつだね。
しばらくするとハクおじいちゃんが実力行使で止める。そうしないとちょっと動いただけで森の木々がなぎ倒されてしまうのだ。
森を愛するハクおじいちゃんは、森が傷つく前に二人を止める。いつものパターンだ。
「はいはーい、おじいちゃんたち、私が特別に作った花冠をあげるからケンカはやめよーね!」
私が声をかけると、二人はピタリと身動きを止めた。まずはセタおじいちゃんに被せる。
「ふぉっふぉっふぉっ。ありがたくいただこうかの」
「我はいら──」
「はいどーぞ!」
シルヴィおじいちゃんに無理やり被せ、ハクおじいちゃんにも背伸びして花冠を被せようとするが……届かない。精一杯伸びても届かない。ハクおじいちゃんはわたしの手が届くように頭を下げてくれた。
「どうもありがとうございます」
ハクおじいちゃんは笑って(?)受け取ってくれたが、身長差がありすぎて、ハクおじいちゃんに土下座のような格好をさせてしまった。……ごめんね!
三人仲良く花冠を被っているおじいちゃんたちはメルヘンな感じになっている。うん。なかなかの出来ね。
私は満足した。
このあと、セタおじいちゃんの巨体を滑り台にしてツルツルの鱗を滑ったり、シルヴィおじいちゃんの艶やかなしっぽをモフモフしたり、ハクおじいちゃんのふわふわな胸におもいっきり飛びついて胸元の柔らかな体羽に埋まってもふもふしたり忙しかった。
あまりに楽しくて時間を忘れていたので、家に帰ったらお母さんとお兄ちゃんに「こんな時間までどこにいっていたの?」とヒンヤリと怒られた。
笑顔で、声をあらげることなく淡々と怒られ、半泣きになっていたらお父さんが庇ってくれた。
そうしたら、なんと、お父さんの方がみっちり叱られた。
「本当は、あなたが叱ってくれませんと困ります」
「……俺には、こんなに可愛い娘たちを叱ることは出来ない!」
情けないことを力説するお父さん。
その瞬間、ピシリと空間に亀裂が入った。
「あなた。ちょっとあちらでお話ししましょうか」
お母様は、ニッコリと、とてもとても美しい笑顔を作りました。
……お父さん、頑張って。
そんな風に余裕ぶっこいていたせいだろうか。
「まだ、ニーナへのお話しは終わってないからね?」
お母様似の美しい笑顔でお兄様がわたしの後ろにたたずんでおりました。
あぁ、振り向きたくない。
しかし時は無情にも待ってはくれなかった。
きちんと晩ご飯の支度をするまでに戻って来なければ、おやつ抜きの刑になると聞き、わたしは神妙にうなずいた。
ちなみに、わたしがお説教されている間、ミーナはすでにすやすやと眠っていた。私も寝る支度をしてベッドに入る。
……今日も楽しかったなぁ。明日は、なにをしよう。
久しぶりに人魚のシィさんのところに行って泳ぐのも良いし、悪魔のロッテさんと一緒に魔界巡りをするのも楽しそう。あ、そういえば、猫の獣人のミケさんに子供が生まれたってのも聞いたな~。仔猫触らせてくれないかな……。妖精のエトと一緒にお兄ちゃんたちに悪戯を仕掛けるのも面白そうだ。
楽しいことが次から次へと浮かんでくる。
前世は、途中で終わってしまった。だから、今世では色々なことをしたい。悔いが、残らないように。
あれもしたいこれもしたいと考えているうちに、わたしの意識はふわりと溶けていった。
明日も一日楽しく過ごせますように……おやすみなさい。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。