―出会い―
僕の毎日は変わらない。
獲物を狩って、あとしまつをして、水浴びをして、ごはんを食べて、寝る前にお祈りをする。
何度も何度もずーっと繰り返しの毎日だ。
その日もいつも通り森の奥で狩りをする――はずだった。
「何だあれ」
遠くの方にちらっと白い布切れが見えた。
こんなに奥のほうまで人が来ることは滅多に無い。
見つかったら面倒だな――僕は辺りを警戒しながら木に登って、目を凝らす。
白い布には斑に赤い模様がついていた――血だ。金属の目隠しをした少女が横たわっている。
「運ばなきゃ…」
幸い、辺りに人の気配は無い。僕は少女に急いで近づいた。
「あ…ううっ…」
少女にはまだ微かに息があった。が、苦しそうに呻いて意識を失ってしまったようだ。
まだ生きてる――どうしよう。このまま放っておいたら死んでしまうかもしれない…でも僕の姿を見られたら…悩んだ。こんなに悩んだのはいつぶりだろう。でも今は時間がない。僕は覚悟を決めた。
―翌日―
「んっ…んん…」
私は目覚めると同時に痛みに襲われた。おまけに頭もぐわんぐわんしていて気持ちが悪い。
私は痛みで悲鳴をあげる体に鞭打ちながら状態を起こす。
そこで私の体の下に柔らかい草が敷き詰められているのに気づく。
「ここは…それに私…」
「あ亞、きガツ異たTAンダネ」
少し離れたところから音が響く。獣の鳴き声とも違う。人の声とも明らかに違っている。
なんだろう。とても不思議な音――いや声かもしれない。
「あ、あの…」
私は恐る恐る音の方に問いかける。
「ああ、ごめん。人と話すのはすごく久しぶりなんだ…これでわかるかな?」
返って来たのは、言葉。でもすごく聞き取りにくい。何かが擦れるよう声と、低い声が重なったような声。
「えっと…その、びょ、病気で…」
「え、ああ、すみません。失礼しました。」
私が怪訝に思ったのが相手に伝わったのだろう。声の主が説明してくれる。初対面の相手に失礼な事をしてしまった。
「あの、私どうしてここに?」
「昨日、森の中で怪我をして倒れてたんだ。結構血が出てたんだけど、命に別状は無いみたいで安心したよ」
その一言で記憶が蘇る。
「そうだバケモノ!」
私の大声に相手がビクッと怯えたのがわかった。
「驚かせてごめんなさい。」
「…大丈夫…」
「あの、シュリは…私の他にもう一人女性がいませんでしたか?」
「いや、あの辺りには君以外に人の気配は無かったよ。それから僕の家に運んで手当したんだ。家と言っても洞窟の中だし、居心地悪いと思うけど…」
「そうですか…助けていただきありがとうございます」
シュリはいない。その答えに私は落胆を隠せない。すると――
ーくぅぅぅー
空間にそんな音が響いた。音の発信源は私のお腹だった。
意識もはっきりして、周囲の状況が少し理解できた事で余裕ができたのかもしれない。
そういえば昨日から何も食べていない。
「すみません。私ったっらはしたない真似を…」
「気にすることないよ。誰だってお腹が空いたらなるもんさ」
心なしかその声は少し嬉しそうに聞こえた。
「…あの、好みにあうかわからないんだけど、よかったらこれ――」
相手がそう言うと奥の方からいい香りが漂ってきた。
「固形物が食べられるかわからなかったから、とりあえず野草のスープを作ったんだけど…どうかな?」
「頂いていいのですか?」
「もちろん…器は左手のすぐそば置いたから気をつけて取ってね」
「ありがとうございます」
器は左手に触れていたのですぐに取ることができた。
一口飲む。
「あったかい」
思わず感想をくちにしていた。
美味というよりは体の芯から温めてくれるような安心する味。
「とってもおいしいですよ」
「そっか…なら良かったよ」
相手が少し照れたように言う。
あっという間にスープを飲み干すと私は眠たくなってきた。
お腹が膨れたわけではないけれど、スープを飲んで安心したのだろう。
「すみません。私少し眠くて…」
「なら寝るといいよ。体を治すには寝て休むのが一番いいんだ」
「はい…では、お先に失礼します。おやすみなさい。」
―おやすみなさい―
そう言うとすぐに彼女の寝息が聞こえてきた。まだ本調子には程遠いのだろう。
―そうだバケモノ!―
彼女を見ているとさっきの言葉が胸に刺さる。
そう――僕はバケモノなんだ。思わずビクッとしてしまったけど怪しまれていないかな。いや、本当はもう十分に怪しまれているに違いない…最初に声を聞いた時彼女も不思議がっていたじゃないか。
「やっぱり連れてくるべきじゃなかったのかな」
目隠しをつけているからバレないとたかをくくったのが間違いなんだ。
姿は見えなくても僕はこんなにも人と違う――人とは違うんだ。
そんなことを考えていると、悲しくなってくる。
でも涙は出てこない。僕は、人じゃないからだ。悲しくて泣くのは人だけだから。僕は泣けないんだ。
所詮僕がやっているのは、人の真似事なんだと改めて思い知る。
はあ、気が滅入ってきたな―僕はひとまず考えるのをやめて眠りにつくことにした。
「おやすみなさい」
彼女へひと声かけてから僕は洞窟の暗闇に消えていく。