―目隠し姫の散歩―
「シュリ、今日は晴れていますか?」
ここ最近雨が多い。昨日も一昨日もその前も雨だった。
私は精一杯の願いを込めてシュリに尋ねる。
「今日は…晴れていますね」
「本当!?じゃあ早速お散歩に行きましょう?」
「今からですか?まだ朝食すら食べていないのに」
「最近雨ばかりだし、明日また雨が降るかもしれないじゃない?だから今日はいつもより長く歩いて、たくさん外の空気を感じたいの…そうだ!朝食は森の中で食べましょう?ピクニックです!ねえ、いいでしょう?」
「ふう…仕方ないですね。すぐに用意をしますから少しお待ちください」
「はい!ねえ、シュリ」
「何ですか?」
「いつもありがとうございます」
「仕事ですから」
シュリはいつも通りの落ち着いた口調でそう返して部屋を出た。
もう少しぐらい照れてくれてもいいのに――なんて思ったりもしたけど、いつも通りのシュリで安心した。
事故にあってから――というよりはその頃の記憶が無いから、目隠しをつけるようになってからだけど、私の世界が私の見えないところでどんどん変わっていくのが怖かった。そんな中でいつも変わらずに接してくれるシュリは大切な存在。
それにあの落ち着いたよく通る声と話すと、なんだか一人っ子の私にも、頼れるお姉さんが傍にいてくれるようで安心するのだ。
「シュリとピクニック…楽しみだなー」
それから少ししてシュリが部屋に来てくれて、お散歩に連れて行ってもらう。
城の裏手の森林のなるべく平坦な道をゆっくり歩くのがいつものコースだ。
「あーあー雨の日も少しぐらいお散歩出来たらいいのに」
「ダメですよ。雨の日はよくないものが出るんです」
「よくないもの?それって皆さんが噂しているバケモノのことですか?」
「知っていらしたんですか?」
「ええ、お城の中でどなたかが話していたのを聞いたことがあります」
「はあ…仕事中にそんなことを話して、誰か知りませんけど後で皆に注意しておきます」
「ふふ、お手柔らかにお願いしますね…あ、分かった!もしかして雨の日に窓を開けちゃいけないのは、そのバケモノが入ってくるからでしょう?」
「いえ、それは雨が入ってくるからです」
「あはは…」
恥ずかしい。考えれば当たり前のことだ。私はごまかすように苦笑する。
その時ふと違和感を覚えた。
「ねえ、シュリ?」
「何ですか?」
「この道…いつもと違いませんか?」
「わかるのですか?」
「はい。なんとなくですけど…」
「実はここ最近の雨でせいでいつもの道はぬかるみがひどく、歩きにくいうえにお召し物も汚れてしまいますから、先程からコースを変えているんです。黙っていて申し訳ありません」
「謝らないで。そういうことなら納得ですから」
「お詫び…というわけではないですが、この先に休むのにいい場所があるんです。開けたところなので風が気持ちいいと思いますよ。少し上り坂になりますが、私が支えているので安心してください」
「はい。お願いします」
やっぱりシュリは優しい。いつも、これが仕事ですから――とか言うけど、歩きやすい道を選んでくれたり、私の事をちゃんと気遣ってくれている。
しばらく歩き続けていると急にシュリが立ち止まった。
それからすぐにガサガサと茂みをかき分ける音が聞こえる――瞬間、シュリの短い悲鳴が聞こえると同時に私の体を支えていたシュリの手の感触がなくなった。
私は訳の分からない事態に声を荒げる。
「シュリ!どうしたのです!?何が――」
―バンッ―何かが木に叩きつけられたようなそんな音が私の言葉を遮った。
「うっ…フェ…クシア…様…お逃げ…くださ…い」
シュリの声。でもこんなに苦しそうな声を聞いたのは初めてだ。
「シュリ、シュリ!」
―バンッ―さっきと同じ音がする。
「バケモノめ…」
シュリの声。
何?何が起きているの?――恐怖が私の体を支配していく。動くことも、言葉を発することもできなかった。すると――
―ドンッ―鈍い衝撃と痛みが私を襲った。
踏みしめていた大地の感触がなくなる。浮いている――いや、落ちているのだ。
体のあちこちに痛みが走る。
痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い――
枝が、葉が、私の体を傷つける。そして――
「あ…ううっ…」
落下が終わり、私の意識は途絶えてしまった。