―――006―――
本日6話目です。
読み飛ばしにご注意ください。
ここだ!
偶然、本当に偶然だが、竜の尻尾に薙ぎ払われた木の1つが竜自身の頭へと飛んでいった。
そしてその木はすぐ近くにあった木だ。
竜の頭へと向かう木を使い、竜の視界から隠れるように動く。
そして竜に近づいたところで、横へ飛び出す。
その瞬間に見えた竜の視線は木へ向いていた。
そしてその後の動作で顔を振り上げようとしていると分かった。
これは最後のチャンス。
竜の顔が止まるだろう位置を予想して針を突き刺す。
まだ振り上げきっていない。
それでも、ここで狙うしかない。
そして、竜の目へ針が刺さる直前、その動きを一瞬止めた。
竜が対策を取っていないはずは無い。
竜の対策が1つだとは思えない。
一番簡単な対策、瞼を閉じること。
その考えの通り、竜の目は瞼によって隠された。
そして、次の瞬間には薄らと開け始めた。
その隙間へと針を刺す。
今度はさらに奥へ。
そして針を放し離脱する。
竜のその眼が開く前に。
竜の片目がこちらを捉える前に。
竜から離れたところで、竜は前足を使い針を吹き飛ばした。
抜くのではなく、吹き飛ばしたのだ。
それ程にあの攻撃は脅威だったのだろうか。
深く刺したのが良かったのか、毒が効いているのか。
今は分からない。
針を吹き飛ばした竜はこちらへと向き、大地を爪で強く掴んだ。
そして開けられる口。
初めて開けられたその口。
もう相手に油断は無い。
もう相手に余裕は無い。
もう相手は全力を出すしかない。
口を開ける動作が見えた瞬間、竜へと突き進む。
この状態でのブレスの弱点。
空を飛んでいれば無かったであろう弱点。
竜の口から緑と紫の煙のような何かが漏れている。
そして、それを見た直後僕は竜の足元へと滑り込んだ。
竜の足元を右へ抜け、すぐに竜が向いていた方向を確認する。
先程までは青々と生い茂っていた木は広範囲に渡り吹き飛び、さらに先の吹き飛ばなかったであろう木は力無く枯れていた。
その光景を見て、これが真白へ向けられなくて本当に良かったと思った。
時間を掛けて少しずつ離してきたが、この範囲では見えなくなってから真白が逃げていたとしても巻き込まれていただろう。
遠くであれば威力は減衰するようだが、それでも木が枯れるほどなのだ。
転生したばかりで耐えられるとは思えない。
そして、この攻撃で竜が毒竜である可能性は高くなった。
木を枯らせる力。
僕の知識では毒くらいしか当てはまらないのだ。
何にしても受けてしまえば終わりな事に変わりはないだが。
ここからどうするか。
毒が効くのを待ってもいいし、針を回収に行ってもいい。
ブレスの前に吹き飛ばしされた位置が良かったのか、右針は近くにある。
だが、少し離れてもいる。
……竜がこちらを向いていない今、回収するべきだろう。
もしかしたらブレス後は硬直があるのかもしれないし、可能性は低いが僕を仕留めたと考えているのかもしれない。
この隙は逃すべきでは無い。
そう決断し、針へと一直線に向かう。
あの針の位置ならば確実に視界に入ってしまうが、そこから攻撃に移っても間に合いはしないだろう。
地面に落ちた針を手に持ち、すぐに急上昇する。
少し上昇したところで竜の方を見てみると、翼を広げ、動かしている。
広げることさえ無かったその翼を。
その行動に次のブレスの回避方法を考え始めたが、一向に飛ぶ気配は無い。
……これはチャンスだろう。
再度異次元倉庫で毒を混ぜ始める。
そして、上空から竜の行動を観察する。
今近づくのは危険だ。
竜が飛ぼうとしている事から、この高度への攻撃手段が無いのだろう。
あるいはブレスを吐いても避けられると分かっているか。
そしてこちらを待つのではなく、飛んでくる選択をした事から毒が効いている可能性は高い。
ならばこちらは待てばいい。
そして攻撃を行うにしても、毒を注入する為の一撃。
だが、まだ安心はできない。
僕の勝利条件は、あくまで真白の安全だ。
ここで竜が真白へと攻撃の矛先を向けた場合、最終手段を取る必要がある。
現在、真白のいる方角しか分かっていない。
その為、ブレス自体を中断させるか向きを変えさせるしか方法は無い。
さらにそれも真白が動いていなければだ。
動いていた場合、その方角も分からない。
今確実に分かることは、真白がいない方角だけだ。
その方角、先程ブレスを吐かれた方角には真白が移動していないことは分かる。
近くを通ってはいないし、遠回りをして抜かせるとは思えない。
それに逃げるのならば一直線に竜から離れるだろう。
そして、加勢するならば僕の視界に入ることだろう。
できれば逃げていてほしいのだが、真白の場合は……。
このまま毒によって倒すことができれば、それが一番いいのだ。
針へ混合毒の注入が完了した。
これで、攻撃は可能になった。
だが、それは必要ないかもしれない。
眼下の竜は既に地に伏せている。
まだ動いている事から倒せていないのは分かっているが、もう立つことすらできないだろう。
ここで危険を冒す必要は無い。
あとは待つだけだ。
早く楽にしてやりたいと思わない訳では無いが、優先順位が低い。
こちらが格下の今、生き残る事を優先したい。
それに、別の理由もある。
あの竜がどう考えているか、意識があるかすらわからない。
だが、その強さが本物であった故に僕は追撃できず、見ている事しかできない。
最初は油断、嘲りがあっただろうが、最後はこちらを認め、ブレスまで使用したのだ。
その認めた相手のまま、最後までいたい。
僕が強敵と認めた相手に最後まで認められていたい。
故に迂闊な行動は取りたくない。
最後まで、油断なく。
ついにその竜は動かなくなった。
だが、まだ待つ。
最後の力と恐ろしいものだろう。
動かないはずの体さえ動かす程に。
あと少しでいい。
待つべきだ。
真白の元へ駆けつけたいとしても、ここは待つべきなのだ。
竜が動かなくなってから数十分程経過しただろう。
僕の感覚なので、もしかしたら数分も経過していないかもしれないが、確認する手段は無い。
ただ、あの竜にはもう魂が宿っていないだろう。
先程、僕の中に何かが入ってきた感覚があった。
その何かに敵意は無く、感謝が感じられた。
多分これが倒した魔物の魔力を吸収する事なのだろう。
その力を僕は受け入れた。
拒絶すれば弾けたかもしれないが、それは行いたくなかった。
未知の感覚に、恐怖も勿論あった。
だが、それ以上にあの何かから感謝が感じられたからだ。
そして受け入れた瞬間、僕の中で何かが変わった。
それは小さい変化だが、確かに変わったのだ。
この力、ありがたく使わせてもらおう。
念の為、竜の近くに降り、竜が動かない事を確認した後、真白の元へと向かう。
まずは移動していない事を考えて、元の場所へ移動しよう。
方角だけは分かるので、いずれ辿り着ける。
真白は移動していなかった。
いや、動いていなかった。
目の前で頭を抱えて蹲っている。
危なかった。
あと少し遅ければまた戻ってしまう。
あの頃へ。
でも、まだ間に合うはずだ。
すぐに人間形態へと変化する。
そして、目の前で頭を抱えて蹲り、震える少女を抱きしめる。
「真白、安心して」
腕の中の震えが止まった。
これでもう大丈夫。
少し戻ったかもしれないが、すぐに戻ってこれる。
また少しずつ手を引いてあげればいい。
「僕はここにいるよ」