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仲良し兄妹は夜会に行く

 今宵、軍事国家であるハノーファー帝国の軍部を掌握しているヴィッツレーベン侯爵家の夜会が盛大に行われる。軍の主だった者を招き、慰労と親睦が目的だが、帝都の貴族も大勢招待されていた。そして軍に所属する私にも招待状が届き出席する事になっていた。


 我が家の玄関ホールで、私は軍の正装をして父と共に、夜会に同伴してもらう妹を待っていた。


 「オットー、お前のお蔭でフロイデンベルク男爵家は復興しそうだ。あのヴィッツレーベン侯爵家の夜会に呼ばれるなんて大したものだ」

 「父上は大袈裟すぎます。今回の夜会には軍に所属する将校クラスは、全て招待されていますよ」

 「それでもだ。私が不甲斐ない所為で家族に苦労ばかり掛けていたが、オットーがこんな立派になって嬉しいんだ」


 そう言って涙ぐんでしまう父親。昔からお金に苦労して来たせいか、若い頃は白皙の美青年だったが、今はすっかり老け込んでしまっていた。

 

 「そんな暗い顔をしては、ロッテが気にして夜会に行かないと言い出しますから、笑って下さい父上」

 「そうだった。あの娘は私に似て後ろ向きだから、気を付けないといかんな」


 父は今度は不自然なほどにニコニコとし始める。

 

 そして2階から立てつけの悪くなった階段を軋ませながら、母とドレスアップした妹のシャルロッテが下りて来た。


 「二人ともお待たせ。シャルロッテの綺麗な姿を見てあげて」


 母が自分の後ろに隠れる妹を前に押し出す。

 玄関ホールの暗い照明だが、妹は美しく光り輝いていた。



 「とても綺麗だよロッテ」


 

 月並みな言葉だが、それしか思いつかない。

 目の前に着飾った妹のシャルロッテに思わず釘づけになってしまった。

 社交界デビュー以来、5年ぶりにドレスアップした姿は、これまで見て来たどの貴族のご令嬢たちよりも美しく、まさに皇女のような優美さを備えていた。


 「ありがとうお兄様」


 白い透き通るような頬に、仄かに赤く染まり恥ずかしがる。

 大きな緑の瞳はどんな宝石よりも美しく、赤い唇は薔薇の花びらのように柔らかそうだ。

 私と同じ赤毛は美しく結われている。母の手によって念入りに巻かれた巻き毛が垂らされて、大きく開かれた豊かな胸元に落ちていた。そしてウエストは今にも折れそうなほど細い。5年前のあどけなさが抜け、すっかり大人になったのに今更ながらに気付かされた。


 だが水色のドレスは少し古めかしさは否めない。何しろ5年前のドレスをサイズを直したもの。母と二人でレースを買い求めて胸元と裾に付け加えていた。その上、身を飾る宝石は母の唯一持っているエメラルドの小さな石のイヤリングとネックレスのみだ。もう少し我が家に余裕があれば良かったのだが、没落した男爵家は裕福層の一般階級より貧しかった。


 「私からのせめてもの贈り物だ」


 今朝、市場で買い求めて来た真っ白な大輪の薔薇を妹の髪にさす。更に花が添えられて妹の美しさが増した。


 「まぁ……綺麗。 この季節外れに高かったのではないの?」

 「そんなにしないよ。それより私とパーティー会場に参りましょか。お姫様」


 おどけた口調でエスコートをする為に手を差し出すと、妹はそっと白くたおやかな手を添えるが、美しい顔を曇らせる。


 「お兄様たら、私がお姫様なんておかしいわ……。 だけど……こんなみすぼらしい私が、ヴィッツレーベン侯爵家の夜会などに行っても良いのかしら」

 「何を言ってるんだ。ロッテは誰より綺麗で会場の男たちの注目の的になるはずだよ。私が保証する」

 「オットーの言う通りよ。私の娘なんだから美人で当たり前でしょ」

 「そうだよロッテは我が家の素敵なお姫様だ。久しぶりに華やかな世界を楽しんでおいで」


 両親に励まされ漸く笑顔を取り戻した。


 「はい。お父様、お母様、行って参ります」


 何故か妹は自分を醜いと思い込んでいた。特に赤い髪を気にしている。確かに、この国では、金髪に青い瞳が好まれるが、赤い髪が忌避されている訳でもなかった。どうも幼い頃から赤い髪をからかわれていたのが起因らしく、学生時代も何かあったらしい。


 そして両親に見送られ、私たちは待たせていたタクシーに乗り込むと会場に向かう。

 車中の妹はパーティ会場のヴィッツレーベン侯爵邸が近付くにつれ緊張して来たのか、膝の上で握り締めている手に力が籠っていた。私はその手にそっと手を添える。


 「会場では私がエスコートするから安心しなさい。でもきっとロッテにはダンスの申し込みが押し寄せて、私の出番はないかもな」

 「そんな……」

 「大丈夫、絶対に素敵な出会いがあるさ」

 「はい」


 実は今回は密かに私の友人のディルクを紹介する計画を立てていた。

 未だ婚約者すらいない妹は、このままではいき遅れになってしまう。それだけは避けたかったので両親と相談して決めた事。勿論、妹には内緒だ。


 事情を知ったら、やっと同行を承知させた苦労が水の泡になってしまうだろう。

 

 妹の相手に選んだのは子爵家の次男で、同じ年齢だが既に大尉に昇進していた。初陣で同じ部隊で知り合って以来の戦友。貴族にありがちな傲慢さも無く、人也も素晴らしく有能で将来性もあった。思い切って妹の写真を見せて、今度の夜会で妹をダンスに誘ってくれないか持ちかけると、身を乗り出して引き受けてくれた程だ。


 『是非紹介してくれ!! 流石にオットーの妹さんだ。こんな可憐な美しい女性が居たなんて信じられない。 社交界でも一度も噂にならないなんて奇跡だ!』


 思った以上の反応だが少し気懸りな事がある。


 『だが妹の髪が私同様に赤いのだが……』

 『俺は全く気にしない。寧ろ、情熱的な赤い髪にこの清楚な顔立ちなんて、益々お会いしたくなった』

 『気に入ってくれたなら嬉しいよ』

 

 ディルクは食い入るように写真を見て、別れ際には欲しいと言い出す。了承すると写真を懐に大事にしまい持って帰ってしまった。この勢いなら直ぐにでも婚約まで話が進むのではないかと内心期待している。妹も必ずディルクを気に入るはずだ。


 車で30分ほど走ると、帝都でも広大な敷地を有する侯爵家の立派な門が見えてくる。すると既に高級車がずらりと列を作って門に入るのを待っていた。まさに帝都中の貴族が集まって来ている様子。そして思いがけず会場に入るのに時間が掛かるが、無事に会場に入る事が出来るのだった。


 会場には煌びやかに着飾った貴族が集まっている。男性は軍服姿が圧倒的に多く、女性は大きな宝石を身につけ流行のドレスを身に纏い華やかな様子。妹は建物の豪華さにも圧倒されていたが、あまりの人の多さと煌びやかな雰囲気にのまれ、私の腕にしがみ付いてしまう。


 「お兄様、私帰りたい」


 妹は貴族のサロンや小さなパーティーにも呼ばれた事が無く、怖気づいてしまっていた。


 「駄目だよロッテ。今来たばかりだ。その内に、ここの雰囲気にも慣れるから我慢してくれないかい」


 何時もなら妹に甘い私だが、既に20歳の女性なのだからと厳しくする。


 「そうね。私も貴族の娘ですもの。お兄様に恥をかかせないようにするわ」

 「その意気だ」


 パーティー会場に入り、例の友人を早速探そうと周囲を見渡す。すると数人の若い軍服の男たちが妹に熱い視線を送り伺っている。矢張り、我妹の美しさはかなりのモノだと分かり安心した。


 本当のところ少々不安だったのだ。


 シャルロッテは美しいだけでなく気立ても良い自慢の妹。それなのに今だに求婚者が一人も現れず、父もそれとなく知り合いに縁談を打診したが、誰もが良い返事は返さなかったそうだ。

 もしや私達家族は妹を欲目で見ていて、実は美しく無いのだろうかと悩んでいたくらいだった。


 「お兄様、誰かを捜していらっしゃるの?」

 「友人をちょっとね」

 「私なら一人で待っていますから、ご友人を捜しに行ってらしゃって下さい」

 「その内に会えるさ。それより先ず私と1曲踊らないか」

 「はい。喜んでお兄様」


 今夜初めてシャルロッテが嬉しそうに微笑むと周囲の男たちがどよめく。

 どうやら妹を今一人にしたら、男たちが押し寄せてダンスに誘いそうで危険だと踏む。

 友人以外の男と躍らせる心算は無かった。


 そして妹の手を取りダンスホールに向おうとすると知らない男が話し掛けて来た。


 「失礼ですが、オットー・フォン・フロイデンベルク少尉殿ではありませんか」

 「はい。そうですが、貴殿はどなたです」


 見れば軍服には私と同じ少尉の徽章を付けている。


 「私はディルクの同僚でギルベルト・フォン・ベルネットと申します。彼から伝言を預かってきました」

 「ディルクは?」

 「彼は急な任務で今夜の夜会を欠席する事になりました。フロイデンベルク少尉にすまないと伝えて、これを渡してくれと頼まれたのです」


 男が差し出す封書を受け取り、中の手紙を読む。

 内容は男の言う通り、極秘の仕事で今夜帝都を離れなければならなず、約束を守れず申し訳ないと書いてあった。そして追伸に、後日改めて会いたいので、シャルロッテを他の男に絶対に紹介するなと懇願してあった。


 どうやらディルクの為にシャルロッテを死守しなければならないようだ。現に手紙を持って来た男も、あまり男性免疫のない所為で恥ずかしげに俯いているシャルロッテに見惚れて立ち尽くしていた。


 「わざわざ有難うございますベルネット少尉。貴殿も夜会を楽しんで下さい」


 謝辞を述べて敬礼すると、ベルネット少尉の方は何か言いたげだったが、敬礼を返し大人しく去って行った。


 「何の手紙でしたの」

 「ちょっとした仕事の連絡事項だよ。それより踊ろう」


 ダンスホールは既に若い男女が優雅なワルツの曲に乗りダンスを楽しんでいた。私は妹の腕を取りその中に入り踊り出す。暫く踊るが妹のダンスは羽が生えているかのように軽やかで、まるで妖精が舞い降りたかのよう。それを証明するかのように近くで踊っている男たちは、自分のパートナーをよそに妹を盗み見ていた。


 「ロッテがこんなにダンスが上手だとは知らなかった」

 「お兄様のリードがお上手だからよ。それに、この日の為に、お父様と猛特訓したの」


 恥ずかしそうに告白した。


 「そうだったのか。当分戦争は無いだろうから、これからのパーティーにもロッテを誘う事にするか」

 「そんなの駄目よ。そんな事をしたら恋人ができないわ」

 「暫く女性は懲り懲りだ。しがない男爵家では結婚相手にはならないらしい。それより先にロッテの方が相手を見つけるんじゃないか」


 実際に恋人には振られたばかり。結婚を申し込んだが女性の親に貧乏男爵の嫡子に娘はやれないと断れてしまった。それを理由に妹をこの夜会に引っ張り出す事に成功したのだから、案外良かったと思っている。


 「私なんか無理……」


 途端に自信の無い妹は俯いてしまい踊るステップも重くなる。


 「こら、ロッテ。ダンスの最中は顔を上に向けて笑顔を絶やさないで踊るんだ。 そうしないと幸せを逃してしまうよ」

 「はい」


 妹は素直に頷くと、憂えた笑みを浮かべた。

 周囲は、そんなシャルロッテに目を奪われていると言うのに、本人は鈍いくらいに全く気が付いていない。恐らく私が教えても信じないだろう。困った妹だがディレクを紹介するのだから、今は他の男には用は無い。よって今夜は妹と楽しい思い出を作る事にするのだった。


 2曲続けて踊ると、シャルロッテの息が上がり休憩する事にした。ダンスホールの壁際に置いてある椅子に妹を座らせる。


 「何か飲み物を取って来るから、ロッテは、ここで待っていてくれ」

 「ええ。お願いします」

 「変な男が近付いても相手にせず、この場から動かないように」

 「私はそんなに子供じゃなくてよ」


 少しむくれたように言う。どうやら会場の雰囲気に馴染んで来たらしい。

 それどころか私の方が妹を一人ホールの片隅に残すのが心配なくらいだ。男が近付かない内に早く飲み物を手に入れようと給仕を捜すのに、妹の傍を離れるのだった。





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