唐突で無茶な話
こんにちは。STBです。
今回は軍事の民営化された世界とそこで生きる高校生たちの話です。
まだ一話ですが、温かい目で読んでいただければ幸いです。
とてもとても、昔の話だ。
世界で初めて出来た職業は、娼婦だったといわれている。
では2番目は?
それはスパイだ。
では3番目は?
これには諸説あるが、一説には傭兵だという見方が強い。
金で雇われ、金のために人を殺める、正規軍とは異なる兵士。
しかしそれはあくまでも正規軍の補佐的存在。
彼らが〈本物の軍隊〉にとって変わることはないと思われていた。
つい、数年前までは。
十数年からだろうか。
第三次世界大戦こそなかったものの、世界各地で中規模紛争が同時発生した。
中には中国とロシアの中央アジアにおけるパイプライン紛争のように現在まで続いているものも少なくない。
終わりのみえないこのタイプの戦争は、泥沼化すると国民生活を圧迫するまでに金がかかった。
こうなると、国民の支持を得られなくなった大国は戦争から手を引いていく。
特にアメリカ、EUなどNATO構成国軍の撤退は戦争を余計に長引かせた。
止める者がいない、血と硝煙の匂いのする時代。
人々はその数年を「憎悪の時代」と呼んだ。
民間軍事会社(PMC )が本格的に台頭し始めたのは、そんな風に世界が血生臭かった頃だ。
もともと彼らは、正規軍の後方支援を担当し、戦闘には参加していなかった。
しかしPMCはいつしか大国に雇われ、世界各国で正規軍の代わりに戦ったのだ。
そして、国が自分の軍隊を捨てる日が来た。
アメリカ、イギリス、ロシア、中国。
各国は自国政府と契約するPMCに国防を任せ、「暴力の独占」を放棄した。
もはや兵士たちに愛国心は存在しない。
アメリカの国益を守るためにロシア人が戦い、ロシアの国益のためにアメリカ人が死ぬ時代が、やってきたのだ。
珍しい蝶だった。
見る者を魅力する、オレンジ色の羽。
この場所以外ではおそらくお目にかかることは出来ない種なのだろう。
目の前の蝶を捕まえようと、そっと手を伸ばし、
「日影! 何をしてるんだ!? 応戦しろ!」
その怒声が、彼――三ノ月 日影(みのつき ひかげ)の意識を〈戦場〉に引き戻す。
そうだ、と日影は思い出す。
ここは中央アフリカ共和国。
今まさに、内戦によって燃え上がっている国。
「っ、すいません!」
日影は急いで手にしているAK103アサルトライフルの銃口を数十メートル先の「敵」に向ける。
社会主義民族解放同盟。
時代遅れなマルクス主義を振りかざし、軍事独裁の敷かれたこの国で革命を起こそうとする反政府武装勢力。
今、日影が銃口を向けている者たち。
いつも通り引き金を引き、敵がまるで糸の切れた人形のように倒れていくのを見届ける。
だが、一人倒れてもまた一人、敵は現れる。
「隊長、弾が切れました! 余りありますか!?」
「ほらよ! 大事に使え!」
隊長が投げた弾倉を左手で受け取り、慣れた手つきで交換する。
ヘリの近づいてくる音が聞こえた。
救援がきたのだ。
「やっと来やがった。何分の遅刻だ?」
「8分です。でも、来ただけマシですよ」
日影を含めて味方の兵士は9人。
最初からこの人数だっただろうか。
いや、何人か減っている。死んだのだろうか。
そもそも、自分は何でここで戦っているのだろうか。
ここまで来た過程が、思い出せない。
確か、輸送機に乗り、ブリーフィングを受け、基地に着き、装甲車に乗せられて、それから
「まずい、ヘリが墜ちるぞ!」
仲間の一人が叫んだ。
見ると、対空ミサイルの攻撃を受けた救援ヘリが火だるまになって墜ちてくる。
「おい、日影! 退避しろ!」
誰かの声が聞こえた。
火だるまになったヘリが、日影の視界いっぱいに広がった。
「と、いうわけで、アメリカ政府が国防を完全にPMCに委託したのを皮切りに、先進国の軍事民営化が一気に進んだわけだ。」
そこは教室だった。
室内にいるのは、30名の学生。
その中で、一人の初老の教師が教鞭をふるっていた。
「これによる影響は大きかった。自国を守るのは自国民で構成された自国の軍隊、という時代は終わり、ロシアを守るアメリカ人。アメリカを守るロシア人という、冷戦期では冗談にしか聞こえなかった話が……」
そこで、教師が話すのを止める。
理由はごく単純。
教室の廊下側、前から2番目の席の少年が机に突っ伏して寝ているのを見つけたからだ。
「あー……三ノ月、起きろー」
その声を聞いて、日影が眠気眼をこすって目を覚ます。
「おはよう三ノ月。いい夢みたか?」
「全然。3日前の中央アフリカの夢を見てました」
「夢の中でも戦争か。兵士の鑑だな」
溜め息混じりに教師が言うと同時に、いつものチャイムの音が5限の終了を告げた。
「……では、今日はここまで。〈戦争請負会社〉の読書レポートは月曜が締め切りだ。留年したくなければ必ず提出するように」
言って、教師は教室から出ていく。
それを見届けてから、日影は再び机に突っ伏して、
「……今週も、これで終わりか」
そう。日影が今いるのは学校だ。
三ノ月 日影。その正体は兵士であり、一人の高校生である。
アレクサン・ミリタリー社。
イギリス陸軍特集空挺部隊(SAS)の元隊員4名が創立したそのPMCが世界に知られるようになったのは、他の同業者たちと同じように「憎悪の時代」の頃だ。
ラテンアメリカ諸国の紛争で名を馳せたアレクサン社はその勢力を拡大。
今や陸、海、空の三軍を持つ巨大PMCとなったアレクサン社は、イギリスの地に「社員教育施設」を設立。
そこは、子供兵のための学校だ。
小、中、高の付属学校。ここでは、教育、食事、娯楽、とにかく様々なものが保障されている。
ただひとつ。命の保障を除いて。
ホームルームも終わり、生徒たちが教室から次々と出ていくのを横目に、日影は学生全員に支給されている情報端末を操作していた。
はっきり言ってしまうと、日影に友達はいない。
そもそも日影自身友達を作る気など毛頭なかった。
この学校の生徒は皆、兵士だ。
友達など作ったところで、3日後にはその友達が、いやもしかしたら自分が、送られた戦場で死ぬかも知れない。
ならば、最初から作らないほうが精神的に楽、というのが日影の持論である。
今日のニュース一覧をざっと見た後、今晩の夕食の参考にと日影が料理サイトを見ていると、
「……あれ? メール?」
突然画面に現れるメール受信画面。
送り主の名は〈カナ・シンザキ〉。
それは、日影もよく知る名前だ。
「新崎……先輩か。一体どうして……」
取り敢えず日影はメールを開く。
〈生徒代表室に至急来てほしい。なるべくなら10分以内がベスト。用件はそこで話す。〉
実に簡潔で、あの人らしい文章。
10分以内がベストと書いているということは、それを過ぎて来ることは許さない。ということだ。
あの人との関係も長いから、日影は嫌というほど分かっていた。
「面倒だけど……行くしかないか」
今の彼に、他の選択肢は存在しない。
仕方なく日影は重い腰を上げる。
生徒代表。
それは文字通り、生徒の代表。一般的な学校では〈生徒会長〉と呼ばれる役職である。
この学校でその役職についている人物こそ、日影を呼び出した張本人、新崎 香奈だ。
現在高校三年生。一年生の日影にとっては2年上の先輩だ。
日影が彼女と知り合ったのは3年前。
この学校に日本人は日影と彼女の二人しかいないということもあり、最初に接触してきたのは香奈の方だった。
香奈はいわゆるお嬢様の類いである。
日本唯一の兵器製造会社〈新崎重工〉社長の一人娘として生まれた彼女は、幼少期より戦術論に魅せられていた。
10歳で孫子とクラウゼヴィッツを読破。
12歳でアレクサン社の軍事戦術学校で戦略論を学び、実際に南米エリアでの戦闘を指揮。
今や世界で5本の指に入る名指揮官といわれる少女である。
4階まで階段を上がると、日影は生徒代表室の前にたどり着いた。
コンコン、と2回ドアをノックする。
「どうぞー。入って」
中から香奈の声がする。
ドアを開けると、いつものように彼女は椅子に座っていた。
茶色の長い髪をツインテールにまとめた、顔にまだ少し幼さの残る少女。
「やあ。よく来てくれたね」
「いやいや。僕に来ないという選択肢は無いですから」
香奈の手には日影の持っているものと同じ携帯情報端末。
今まさに、地球のどこかの戦場を彼女は指揮しているのだろう。
「もしかして……指揮中でしたか?」
「ああ、これ?」
香奈は手にしている端末を振って、
「ペルーでの戦闘を臨時指揮していてね。相手は〈ラインアイク社〉。なかなか手強いよ」
現場の兵士たちは知っているのだろうか。
自分たちの命を預けた指揮官が、まだ未成年の少女だということを。
いや、知らない方がマシか。と日影は考え直す。
「忙しいんだったら、僕はまた今度でも構いませんけど」
「あー、いやいや。用件はすぐ済むから」
香奈は何度か画面をタッチした後、端末を机の上に置いた。
「じゃあ、本題に入ろう。ところで日影、UNITというものを知ってる?」
UNIT。
もちろん、日影はその言葉を知っていた。
「4名から8名で構成された特殊任務部隊ですよね。爆破とか暗殺とか基本は軍事作戦をなんでもやるって。確か今は……」
「14のUNITが組まれている。そして今日、15番目のUNITをこの学校の生徒から組んでほしいと本社から連絡があってね」
「それで?」
「いや、ここまで言ったら何となくは予想がつくでしょ」
「……全然」
日影には香奈が何を言いたいのか全く分からない。
やれやれという顔をすると、香奈はビシッと日影を指差し、
「君に、UNIT15のリーダーをやってもらいたい」
「…………は?」
「だから、次のUNITのリーダーは君だ、ってことだよ」
「…………はい!?」
この日。
この瞬間。
後に世界中にその名を知らしめるUNIT15――通称〈Afterschool troopers〉の創設が、半ば、いや完全に強引に決まった。
いかがだったでしょうか。
軍事の民営化というのはなにも空想の話ではなく、実際に世界のあちこちで起こっていることです。
さすがに完全民営化はまだないですが。
では、また2話で会いましょう 。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。