はじめてのともだち
青空の中、いつものように森へと足を踏み入れる。こんなに天気がいいのなら、きっと服もすぐに乾くだろう。小鳥のさえずりに合わさるように口笛を吹きながら、泥にまみれた手を降って歩く。
あと少しで川に着くはずだ。そうしたら、まずは川に飛び込んでしまおう。そうして、汚れた服も洗ってしまおう。それから次に服を乾かして、日向ぼっこをして眠ろうか。そうすれば、今日もきっといい日になるはず。
目の前の椿の木をくぐり抜けて、いざ飛び込もうと走り出した先に、珍しく先客がいた。
紫色の艶のある髪に生える、黒々とした角。わたしをしっかりと捉えた金色の瞳。彼もまた、水浴びをしていたのだろうか。何も着衣していない色白の背中には、棘のようなものがある。
「あなた、だぁれ? 」
身構えるように後ずさる彼の方へと、手を差し伸べる。
「わたしと、お友達になりましょう」
彼は、ピクリとも動かない。そうか、わたしの手が汚れているのがいけないのか。
「それなら一緒に、水浴びでもしましょうか」
迷うことなく川へと飛び込むと、彼はやっと口を開いた。
「お前、人間じゃないのか」
見かけよりもずっと低い声は、少し震えている。その瞳は、いまにも泣いてしまいそうだった。
「みて、この髪。綺麗な緋色でしょう」
胸まである水面からすくうように、長い髪を持ち上げた。
「この瞳は、あなたと同じ金色」
しっかりと見開いて、彼の瞳を見つめる。そして、ゆっくりと泳ぐようにして彼に近寄った。
「みんなと違うけれど、わたしはちゃんと人の子よ。これはね、お母さんとお父さんからもらったわたしだけの宝物なの」
今度は、差し出した手を拒絶されはしなかった。ふっと優しく風が肌を撫でるのと同時に、わたしは一度小さく笑ってから、勢いよくその手を引いた。
短い悲鳴のようなものが聞こえてしばらくすると、彼は川の底から勢いよく顔を出した。
「なっにすんだよ! 」
「なにって、水浴びをしようと思って」
驚いたように、彼はその瞳を大きく見開く。それから、何か言いたそうに唇を少し噛み締めながら、わたしにむかって水を思いっきり掛けてきた。わたしも負けじと水を掛けると、彼もまたわたしへ水を掛け返してきた。声をあげてはしゃぐ彼の顔には、いつしか笑顔が広がっていた。
「俺は、この川の向こう側に住んでる鬼の子だ。俺たちは、昔から人間には近寄るなって教えられてきた。人間はみんな野蛮なんだって」
ふいに、手を止めて彼が話しはじめた。川面に映る太陽の光が眩しくて、表情があまり見られない。
「でも、お前はいいやつだな」
急に腕を掴まれて、さっき座っていたところへ連れられる。彼は一度川から上がって、もう一度わたしの方へ近寄ると、何かを耳の上にそっと差し込んだ。
「お前が母ちゃんたちからもらった宝物、この花そっくりで綺麗だ」
照れ臭そうに笑う彼に向けて、わたしもちょっぴり笑う。
「ありがとう」
夕焼けがかった空になると、彼はもう帰らなくちゃと、わたしとは違う方へと歩き出した。だんだんと遠くなる背中を見送りながら、わたしも帰ろうかと振り返る。すると、後ろから彼の声が響いた。
「またな! また、遊ぼうな! 」
弾かれたように振り向くと、彼もまた、わたしの方をまっすぐに見つめていた。
「また、遊んでくれるの? 」
聞こえるかどうか、わからないほどの声でそう言うと、彼はすかさず応える。
「何言ってんだよ。友達になろうっていったろ? 」
その顔は、夕日の中でもはっきりと見えた。
「うん、またね!! 」