冬の蝶
久々の投稿です。今回で二回目です(・ω・。)
暇潰し程度に読んで下さると光栄です。
「お母さん、こんなに寒いのにチョウチョが飛んでるよ」
五歳の娘が指差す方に、一匹の蒼く光る蝶が庭の隅で疲れたようにヒラヒラと飛んでいた。
こんな真冬にとても不思議なことではあるが、私には懐かしく、胸にグッとくるものがあった。
あの時も同じ、とてもとても寒い雪が降る季節だった。
当時、中学生の私はクラスの学級委員であり、活発な性格だったので男女関係なくとても仲良しだった。
クラスのみんなからは、『ゆっこ』と呼ばれていた。
一人を除いては。
その一人は、クラスでとても大人しい女の子の山川さんという、クラスのいじめられっ子だった。
私もそのいじめの一人だった。
山川さんはいつも一人で下を向いている事が多く、声も小さければ話してるところなんてほとんど聞いたこともなかった。
私は大の仲良しの、まりちゃんとれい子の三人組でいつも一緒に行動していた。
「ねぇ、ゆっこ。宿題してきた?」
「うん、してきたよ」
「ごめん、見せて」と、まりちゃんがすまなそうな顔をして頼んできた。
「良いよ」
「ありがとう」
いつもの事だった。
「私も見せて!」
れい子もまりちゃんと一緒にノートを写していた。
本当は自分でしてきなよって言いたい。
でも、私は二人から嫌われるのが怖くて何も言えなかった。
活発な私だけど、一人になるなんて怖い。山川さんみたいにはなりたくなかった。
「ねぇねぇ、あの人いつも一人だよね」
れい子が山川さんを見ながらそう言った。
「友達いないんじゃない?だって喋れないんだもーん」
まりちゃんもクスクス笑いながら話していた。
「ねぇ、ゆっこはどう思う?」
一日一回は山川さんの話題をしていた。
「…いないんじゃない」
私もそう言って一緒に笑っていた。
単なるその場の雰囲気で話していた。本人の事なんか考えず、みんな言ってるんだからという感じで。
それに、山川さんにも原因があるんだ。私だって自分で居場所を作ったんだから。
帰り道、私達三人は家も同じ方向でいつも一緒に帰っていた。
そんな時、日直だった私は黒板を消すのを忘れて帰ってしまい、
「ごめん、先に帰ってて!黒板を消すのを忘れたから」と急いで学校へ走った。
学校の玄関に入ると、山川さんが一人ポツンと立っていた。
靴が片方しか無いのに気が付いた。きっと誰かが靴を隠したのだろう。
でも、私はそのまま無視をして教室へと向かった。
悲しそうな表情だった。多分、泣いてたと思う。
教室へ行ってみると、黒板は綺麗に消されていた。パートナーの男子は消すはずもないから、誰かが消してくれたんだろう。
前にも同じことあって、その時も誰かが消してくれてた。
下駄箱に戻ってみると、山川さんの姿はなかった。
靴箱を見てみると一足の靴が入ってた。上履きが無かったから、上履きを履いて帰ったのかな。
不意に近くのゴミ箱を覗いてみると、一足の靴が入っていた。山川さんの靴だった。
私は付いてるゴミを叩いて、靴箱にそっと入れてきた。
自分がされたら、もう学校なんて怖くて行けない。
でも、山川さんは、今回が初めてではない。男子が隠しているのを見たことあるから…。
次の日、私はいつもより早めに登校した。
辺りは真っ白な冬景色。
歩いていると、フッと体が軽くなった。まるで飛んでいるかのように。
周りを見ると、私の鞄が下に落ちていた。
近くの店のガラス窓を見てみると、そこに映っていたのは、蒼く光る一匹の蝶だった。
「どういうこと…私はどうなったの?」
信じられないが、私は蝶になっていた。
私はパニックになった。それにとても寒い。
周りにいる人が私を不思議そうに見ていた。
こんな真冬に蝶なんていないからだ。
私は家に戻り、庭でヒラヒラと飛んでいた。
母が庭に洗濯を干しに出てきた。
「お母さん、気付いて!私、蝶になってしまったよ」
私は母の元でヒラヒラと飛んでいた。
「あら、珍しい…蝶なんて」
母は私を見ていたが、気付くわけもない。
家に入ろうとすると、手で払われてしまった。
「私、これからどうなっちゃうの」
泣いているのに、蝶の私に涙なんて出ない。
今度は学校へ行ってみた。
まだ誰も居ないだろうと思っていたら、教室に人が居た。
「山川さん…」
学校に来るのなんて嫌なはずなのに、一番早く学校に来るなんて…。
山川さんは教室の花の水をかえていた。
そういえば、毎日綺麗な花が添えられていたのは、山川さんが持ってきていたものだったんだと初めて知った。
私は先生が持ってきていたものだと思っていて、全く気付かなかった。
徐々に教室にはクラスのみんなが入ってきた。
みんなの声が聞こえる。
「あれ?ゆっこは?」
「休みかな?」
まりちゃんとれい子が二人でそう話していた。
「私はここだよ」
声なんて届くはずもない。誰も私の声なんて聞こえない。
昼休み、まりちゃんとれい子は校庭に出て二人で仲良く話していた。
「私も、一緒に喋りたい」
私は二人の近くへと飛んでいった。
「あっ蝶々」
「本当だ、珍しい」
二人は不思議そうに見ていた。
「私だよ、ゆっこだよ」
そう叫んで二人の前をヒラヒラと飛んでみたが、手で払われた。
すると、向こうから男子の軍団が二人の元に寄ってきた。
私に気付いた男子が、捕まえようとしたり、蹴ったりしてきたので私はその場から離れた。
「そういえば、ゆっこは?」
その中の一人の翔太くんという、私の好きな人だった。
「知らない」
まりちゃんとれい子が首を振った。
「お前ら友達だろ?」
すると二人は微妙な表情を浮かべた。
「私達二人はすっごい仲良しだけど、ゆっこはそうでもないよ」
「だね、合わないしね」
私は二人の言葉がとても信じられなかった。
「三人仲良いじゃん」
また別の男子が驚いたように聞いていた。
「合わせてるだけだもん。ねーまりちゃん」
「うん、二人で居るときが楽しいし」
二人はクスクスと話していた。
「女子怖えー」
本当に怖い…。
「でも、あいつって目立ちたがりだよな」
「そうそう、学級委員も私がやりますって手を上げてたしさー」
違う、私は本当はやりたくなかった。
でも、誰もやりたがっていなかったじゃない。
私はただ、あのままじゃ家になかなか帰れないし、みんなは知らん顔してたから。
勝手なこと言わないで!何も知らないくせに!
「そういえば、ゆっこは翔太くんが好きなんだよ」
「れい子ちゃん、ヤバイよ言ったら」
二人は楽しそうに私のことを話していた。
「マジでー翔太どうする」
男子もバカにして笑う。
「うるせー」
翔太くんは迷惑そうだった。
みんな楽しそうに笑っているけれど、私の悪口。
私の居ないとこでは悪口を言っているんだと悲しくなった。
「昨日、山川さんの靴をゴミ箱に捨てたんだけど、朝来たら戻ってたんだよね」
「ゴミ箱を探ってるの見たかったな」
あれは、まりちゃんとれい子の仕業だった。
「うえ、汚ねー」
みんな楽しそうに話していた。
もう、聞きたくない。
私は別の場所へとヒラヒラと飛んだ。
悲しくて、死んでしまいそうだ。
仲が良いと思っていたのに、みんな私のことで笑っていた。
私も笑っていた。
人のことも考えず、本人が聞こえてるのも構わず、私も同じように笑っていた。
きっと、神様からの天罰だ。
放課後、みんなは帰って誰も居なくなった。
黒板は消し忘れていた。
すると、誰かが黒板を消している。
私は息が止まりそうだった。
そう、黒板を消していたのは山川さんだった。今日の当番はれい子だったから、山川さんではない。
今まで、消してくれてたのは山川さんだったんだと。
それだけではなく、金魚の水槽も綺麗にしてくれていた。
私は無意識に、帰る山川さんの後ろをヒラヒラと付いていった。
本屋さんへ寄り道をして漫画を買っていた。
近所の人に明るく丁寧に挨拶をしていた。
ニコニコと笑顔で猫を撫でていた。
学校では見れなかった彼女の色んな一面。
すると、山川さんは公園のベンチに座った。
先ほど買っていた漫画本を読んでいた。
とても楽しそうだった。
すると、山川さんは私に気付いて、優しく微笑んだ。
私はもう疲れていた。どこにも私の居場所なんてなかった。
「こんな寒い日に蝶なんてめずらしいね」
私はほとんど会話をしたことが無かったから、少し緊張してしまった。
「なんだか、疲れてるみたい。私の肩においで」
嬉しかった。蝶の私に優しくしてくれた。
「この時間が唯一の私の時間、この場所が私の居場所」
彼女はそう微笑んで話した。
「両親は帰りが遅くて、私はほとんど一人。学校は、私は嫌われてるからどこにも居場所がない」
ごめんなさい。私は酷い人間だった。
「でも昨日、靴が無くなっていて、一人で探していたの。もう、諦めて帰ろうとして、先生に伝えなきゃいけないことがあったから職員室に行ってたの」
私は静かに聞いていた。
「そして、下駄箱に行ったら、ゆっこちゃんがゴミ箱から私の靴を取り出して、ゴミを叩いてもとの場所に返してくれてたの」
見てたんだ…。私のこと、ゆっこちゃんと呼んでくれるんだね。
「嬉しかったの。今日、ありがとうって言うつもりだった。でも、休みだったから言えなかった…居ても言えなかったかな…」
ちゃんと聞いてるよ。ありがとうなんて私には勿体なくて、私は貴方に酷いことをしたのに。
「でも、今日、言わないといけなかった」
どうして?
「ゆっこちゃんてね、とても明るくて、みんなに好かれてて私とは正反対」
そうじゃないよ。私は好かれてなんかいなかった。
「ゆっこちゃんは、みんなが嫌がってた学級委員を自らしてくれた、優しい人なんだよ」
どうして、みんなは目立ちたがりだと決めつけたことを、山川さんは分かってくれてたんだろう。
私はどうして、いじめられてるのは山川さんの原因でもあるだなんて思っていたのだろう。
私は貴方の良いとこなんて見ようともしていなかった。
ただ、自分の居場所が欲しかったばかりに、人を傷付けた。
「そろそろ、帰らなくちゃ…蝶々さん、貴方の居場所が見付かると良いね」
優しい笑顔で私を見つめて帰っていった。
私にはもうどこにも行く場所も、居場所もない。
もう、このまま消えてしまいたい。
空には大きな満月、優しい光が私を包んだ。
軽かった体が急に重くなった。
「あれ?戻った」
私はとにかく家へ帰った。
母にどうして学校をサボったのかと注意をされた。
私はサボってはいないけど、明日からは学校には行きたくなかった。
「そういえば、鞄を山川さんってクラスの女の子が届けてくれてたわよ」
そうだ、私は明日ちゃんとお礼と、今までのことを謝らなくちゃ。
なんて話そうかと考えているうちに、疲れていたせいか、すぐに眠りについた。
次の日、私は早めに登校したけれども、山川さんの姿はない。
徐々にクラスの生徒が集まってきた。
「ゆっこ、おはよー」
「昨日はどうしたの?」
聞いていたのを知らない二人は友達のように声をかけてきた。
男子は私を見てクスクスと笑っていた。
私が翔太くんを好きなのはみんな知っている。
山川さんは時間になっても来なかった。
先生が教室へと入ってきた。
「急な知らせですが、昨日山川さんが転校をしました」
みんなはいっせいにざわつき始めた。
私も突然のことで驚いてしまった。
休み時間、みんなは山川さんの話題だった。
「きっといじめが嫌になったんだな」
「居ても居なくなっても変わんねーし」
「てか、誰だっけ?」
みんなはバカにして笑った。
「この間、靴を隠したからかな」
まりちゃんとれい子も笑って話した。
「ねぇ、ゆっこ宿題みせて」
相変わらず頼んできた。
「私はしてないから、ごめんね。それに今度からは自分でしてきて」
二人は驚いたような顔をした。
許せなかった。私も含め、このクラスに。
「委員長からなにか一言」
男子がはしゃいだようにそう言った。
「分かった。私から一言。」
みんな私がなんか悪口を言うのを期待してるようだ。
「最悪だった。このクラスは一人の人を傷付ける、最悪なクラスだった」
みんな、一気に静まりかえった。
「毎日、花や金魚のお世話。黒板の消し忘れを消してくれる。漫画が好きで、本当は元気な笑顔で笑う優しい子だった」
みんな、私のことを軽蔑したように見ていた。
「私も気付かなかった。彼女のことも知ろうとせず、この教室から彼女の居場所を奪っていった」
私は涙が止まらなかった。
山川さんが居なくなって、変わったことは花は教室から無くなり、金魚の水槽も汚くなることが多くなった。
黒板も消し忘れた生徒は次の日先生に怒られていた。
私はまりちゃんとれい子と話さなくなり、クラスでは一人になった。
これで良いと思った。
次は高校生になる私は人に優しく生きていきたい。
そう、私は心に約束した。
「お母さん、ちょうちょが疲れてるよ」
娘が心配そうに言った。
「肩においでといってあげなさい」
私は娘の頭を撫でた。
「ちょうちょさん肩においで」
すると、その蝶は娘の肩にそっと休んでいた。
「お母さん、ちょうちょさんはなんっていってるの?」
娘は目を輝かせながらこっちを見ていた。
「ちょうちょさんはね、私に居場所をくれて、ありがとうっていってるよ」
「居場所?」
すると、蝶はヒラヒラと飛んでいった。
そこには、人が立っていた。
「ゆっこ、久しぶり。ちょっと早く着きすぎたかな」
「お母さん、だあれ?」
娘が私の後ろに隠れた。
「私に居場所をくれたお友達よ」
昔、クラスにいじめられてる女の子がいました。
私もいじめてた一人でした。
でも、今は私にとってとても大事な親友になりました。
最後まで閲覧ありがとうございました。
よくニュースでいじめによって、自殺で命を絶ってしまうのを耳にするようになり、とても悲しいです。
いじめは子供だけではなく、残念なことに大人の世界にも存在します。
何気ない言葉でも、深く傷付く人もいます。
いじめられる側は、毎日死ぬ思いで過ごしています。
いじめてる人は、その人の生きる居場所を奪っていきます。
グループを作って、大勢で一人を苦しめるのではなく、むしろ、大勢でその一人を救ってあげれるような、そんな優しい世界になれるといいなと願っています。
もし、周りにいじめられている人がいたら、どうか貴方だけはいじめ側にならないでほしい。
私も一人でも多く救えることが出来るようになりたいです。