忘憂
何かが、あったわけではないんだ。
ただ、なぜだろう、少し話がしたくてね。
君は、冬が好きかい?
はは、そうか。嫌いか。
…うん、私は冬が好きでね。凍えるような寒さも、指先の痛くなるような冷たさも、なぜが私には「ちょうどいい」気がするんだ。
雪が降るのもいい。松の雪下ろしをするのも好きなんだ。
それに、空気も澄むだろう?月が、綺麗に見える。
冬の風を感じながら、雪を見て、月を見て、酒を呑むのも好きだ。
熱燗?いや、冷酒かな。酒が温くならないのも冬のいいところなんだ。
「酒は忘憂の徳」ってね。ん?曽我物語だったかな。
彼は、酒は忘憂の「友」って言ってたっけ。
聞き間違えか何かだろうけど、私にはそっちの方がしっくりきてね。
盃を濡らす日本酒でも、グラスに揺れるジンでもいい。飴色のスコッチでも、壜のままのスタウトでも。
忘れたい、忘れられない、やっぱり忘れたくない、忘れてしまうのは悲しすぎる。
そういうことも、こういう狭間のような時間にはついと思い出してしまうだろう?
思い出させて、それでも酒は・・・慰めて、幾度ともなく忘れさせてくれる。
この厳しく優しい友人と付き合う時間は、私にとって大切な時間なのさ。