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第88話 弓坂と山野が気になる

 朝食の時間になって、妹原と山野がリビングダイニングに集まってきた。


 登場するなり山野は、ダイニングテーブルの椅子に腰かける俺と上月を見やり、


「八神と上月はもう起きてたのか。ふたりそろってずいぶんと早起きだな」


 いつもかけているメガネの縁をさすって言った。


 俺の向かいの席に座っていた上月が「ふん」とそっぽ向く。


「別に、起きた時間が偶然重なっちゃっただけよ。示し合わせてたわけじゃないからね」

「いや、そんなことは思っていないが」


 それから少し遅れて弓坂がリビングダイニングへとやってきた。


 弓坂はほとほと困り果てた様子で、ブロンドのふわふわした髪を両手でおさえている。


「髪が、なかなかまとまらなくてぇ」


 そう言って上月のとなりの椅子の背を引いた。


 今日の席の配置は、窓側の席に俺と山野が座り、上月や妹原はキッチンの方に並んで座っている。


 山野が俺の右側にいて、俺の正面に座っている上月の右側に弓坂は腰を下ろしている。山野と弓坂は対角線上の遠い席に座っている。


 朝食の席の配置なんて、昨夜までまったく意識していなかったけど、今は気になって仕方がない。


 泣きそうになっている弓坂に、山野がため息交じりで言った。


「ブローの仕方がよくなかったんじゃないか? トリートメントはちゃんとつけたのか?」

「あ、うん」

「弓坂の髪は広がりやすいから、こまめに手入れしないと痛むぞ」


 山野のこの美容的なアドバイスが的確かどうなのか、俺には判別できないが、山野の言葉に弓坂がか弱くうなずく。


 一見すると落ち込んでいるように見えるけど、頬には少し赤みが差している。両サイドの髪で隠しているからわかりにくいが。


 弓坂は、山野のことが好きなんだよな。今まで全然気づかなかったけど、昨夜の告白を聞いた今は意識が自然とふたりに向いてしまう。


 弓坂の気持ちが山野にばれないように配慮しないといけないけど、好きな男に声をかけられて、弓坂は今どんな気持ちでいるのだろうか。そんなことをつい考えてしまう。


 正面の上月が見かねるように頬杖をつく。


「簡単そうに言うけど、いくらこまめに手入れしてもね、髪がまとまってくれないときがあるのよ」

「そうなのか?」

「そうよ。男子は髪が短いから、わかんないと思うけど、女子はみんな朝の鏡の前で格闘してるんだから」


 上月のとなりで聞いていた妹原が口に手をあてて苦笑する。


「髪をまとめるの、大変だよね。雨の日なんてすごい広がっちゃうから、わたしも悩んじゃう」

「だよね。あたしも嫌いだから、髪を切っちゃおっかなって、いつも思うもん」

「うん。わたしも思う」


 妹原と上月がくすくすと笑って、女子の髪の悩みトークがはじまってしまったけど、せっかく肩まで伸びているきれいな髪を切るなんてもったいないよな。


 女子の髪型は長い方がいいに決まっているのに、それをあえて切るなんて、自分の魅力を意図的に消しているだけじゃないか。そんな無意味な行為はしない方がいいと俺は主張したいぞ。


 しかしここで俺が浅はかな意見を出すと、上月に即行でたたき落とされるので、頑固そうに腕組みしながら朝食が来るのを待つことにしよう。


 今朝のご飯は、食パン二枚とレタスのサラダ、そして生ハムが五枚乗っかったワンプレートだった。


 食パンと言っても、スーパーで売られているような安っぽい食パンではない。イタリアのミラノあたりでつくられていそうな、パンの耳の厚いおしゃれな食パンだ。


 焼きあがったばかりのパンにバターがまんべんなく塗られて、香ばしい匂いがリビングダイニングに広がる。朝からイタリアンのおしゃれなご飯が食べられるなんて、本当に贅沢だ。


 サラダも、サニーレタスの上にトマトやチキンが乗っかった、都会のカフェで出されていそうなサラダだ。新鮮な野菜は臭みや苦味がなくてすごくみずみずしい。


 セットの飲み物はコーヒーと紅茶を選べるみたいなので、俺はコーヒーを頼んだ。すると山野と上月もコーヒーを注文した。


 妹原と弓坂はコーヒーが苦手なようだから紅茶にするみたいだ。俺も紅茶にすればよかったかな。


 上月がブラックコーヒーにスティックシュガーをどばっと投入する。そんなものを二本も入れたら相当甘ったるくなっちまうぞ。


 ミルクを入れてスプーンでコーヒーをかき混ぜている仕草を何気なく見つめていると、上月とはたと目があった。「あっ」と上月が声をあげる。


「そういえば、未玖に聞きたいことがあったんだ」


 上月の言葉で、俺も今朝の散歩のことを思い出した。離れのような外れの小屋について弓坂に聞こうと思っていたんだ。


「なあにぃ? 麻友ちゃん」

「あのさ、門のそばに物置みたいな小屋があるでしょ。あれって、何につかってるの?」


 すると妹原も紅茶の入ったティーカップをソーサーの上に戻して、


「あの小屋みたいな建物は、わたしも気になってた」


 俺たちの話題に興味を示してくれた。山野はひとり無表情でテレビのニュースを見ているが。


 弓坂もティーカップを置くと、少し困った感じで言った。


「あの小屋はね、そのぅ……お父さんの、秘密の部屋なの」

「お父さんの秘密の部屋?」


 上月と妹原が食い入るように声をそろえる。


「あたしもぅ、よく、知らないんだけどね。お父さんが、大事にしてるものがね、いろいろあるみたいなの」


 あの小屋には、弓坂の親父さんの宝物が所蔵されているのか。アーキテクトの社長は一体どのようなものを大切に保管しているのだろうか。


「お父さんが大事にしてるものって言うと、ゴルフクラブとか?」

「うん。たぶん」


 アーキテクトの社長がたかがゴルフクラブなんぞを大事に保管したりしないだろ。きっと時価数十億円のダイアモンドとか、価値のよくわからない掛け軸なんかが山のように保管されているんじゃないか?


 または今期の経営方針や、新作タイトルの極秘情報が記載された社外秘の極秘資料があったりして。弓坂を説得して見てみたいぞ。


「お父さんからね、あそこにはぁ、近づいちゃだめって、言われてるからぁ、近づかないでねぇ」

「あ、いやいや」


 アーキテクトの極秘情報をあわよくばゲットできるんじゃないかと画策していたけど、そんなことが許されるわけはないか。ゲットできたらクラスの英雄になっていたところだが。


「おい、八神。これを見ろ」


 俺が肩をがくっと落胆させていると、山野が小突いてきた。朝のつまらないニュース記事のどれかがお前の脳みそにヒットしたのか?


「どうした?」

「またこのニュースがやってるぞ」


 山野が指さした先の画面には、灰色のスーツに身を包んだ男性キャスターが映っている。どこかの住宅街で現場中継をしているみたいだ。


 テレビ画面の左上に、『女子大生殺人事件』という文字が黄色の太字で書かれている。長野で起きた殺人事件の現場中継をしているのか。


「この間の事件の犯人がまだ捕まっていないようだな。早く捕まってほしいが」

「犯人の人はまだ長野県内にまだいるんだよね。ここのそばだったら、どうしよう」


 妹原もニュースの画面を見て不安がっているみたいだ。気の利いたひと言で妹原を安心させたいが、そんな輝かしい決め台詞は思いつくはずもなく。


「犯人の逃走ルートを見ると、少しずつ北上しているみたいだな。間違えて軽井沢のそばまで戻ってこなければいいが」


 山野がメガネのブリッジを右手の人さし指で押し上げながら、状況を冷静に分析する。


 テレビ画面は、現場中継から犯人の逃走ルートを分析する画面へと切り替わっている。街のあちこちに設置されている監視カメラに映っていた犯人の映像から、彼は長野県の北部へと逃げているようだ。


 軽井沢は右隣の群馬県のそばにある。そして犯人が潜伏していると思われる場所は、長野県の真ん中の辺りだ。軽井沢との距離は、それほど遠くない。


 この事件の犯人がたまたま軽井沢まで逃げてきて、俺たちの前に姿をあらわすなんていうことは、万が一にもないと思う。けど、形容しがたいこの不安感は、なんなのだろうか。


 自分の文学的な才能のなさに辟易しつつ、ブラックコーヒーの残りを一気に飲み干した。


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