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第85話 真夜中のダイニングにいるのは?

 妹原の演奏会が終わり、少し早いが就寝することになった。


 別荘の大浴場で身体を流して、一階にあてがわれた寝室へと戻る。


 明かりのついていない部屋に戻ると、途端に疲れが覆い被さってくる。堪えようのない何かを感じて、俺は脇に備え付けられているベッドに倒れ込んだ。


 ベッドの敷布団はマシュマロのような弾力で、俺の全身の体重をやわらかく受け止めてくれる。


 テレビで紹介されるような、一泊数十万円もする高級ホテルのベッドはこんな感じなのだろうか。高級ホテルになんて泊まったことないからわからないが。


 今日は朝から新幹線で移動して、その後もプールで遊んだりしたから、知らない間に疲れがたまっていたようだ。


 もうちょっと起きて夜更かしでもしようと思っていたけど、身体が動かないな。鉛でも食べたような重さだ。


 うつ伏せのまま両腕を広げていると、睡魔がどこからともなくやってくる。落ちていく気持ちにまかせて、俺は目を閉じた。



  * * *



 感情の昂ぶった俺が寝室にいる妹原に襲いかかったが、それが上月にばれて腕ひしぎ逆十字固めに遭うという、まったくもって意味不明な悪夢に耐えかねて、俺は目を覚ました。


 俺はどうやら部屋の照明をつけたまま、うつ伏せの状態で寝落ちしていたらしい。


 意識が覚醒してしまったので、のっそりと身体を起こす。疲れがとれていないから、身体がかなり重い。


 それにしても、さっきの夢は一体なんだったんだ。ストーリー展開といい、結末といい、気に入らない点がたくさんあるぞ。


 まず俺がなんで妹原を襲わないといけないんだ。そんな野蛮な気持ちは、俺の心のプールに一滴も入っていないというのに。ひどいじゃないか。


 さらに上月に絞め上げられて、まったく歯が立たないというのが、もう本当にあんまりだ。よりによってあいつに勝てないなんて、屈辱を通り越して物悲しくなってくる。


 他にも異議を申し立てたいところが何箇所かあるけど、あまりくどいのもどうかと思うので、とりあえず麦茶でも飲んで気分を落ち着かせよう。


 リビングの冷蔵庫に買い置きのお茶やジュースがあるはずだ。身体はだるいがとりに行くしかないか。


 寝室の扉を開けて廊下に出る。廊下の照明はついているが、就寝用に明るさが抑えられている。足もとがかろうじて視認できる明るさだ。


 寝落ちしていたから、時間はかなり過ぎていると思っていたけど、スマートフォンの時計を見るとまだ十二時三十分だった。気を失っていたのは一時間少々だったようだ。


 みんなが寝静まっている室内は、しんと静まり返っている。今日初めて泊まる別荘だから、夜に一人で歩くのは少し怖い。


 しかし霊的な何かは建物に憑いていないはずなので、気を張ってリビングへと向かう。


 キッチンからはなれたリビングダイニングが煌々と照らされている。だれかがいるのだろうか。


 ダイニングテーブルの向こうにおしゃれなフロアスタンドが置かれている。木の枝のような棒状の金属に、花のつぼみみたいな形の照明が三つついた照明器具だ。


 その照明の明かりがどうやらついているようだ。


 ダイニングテーブルに人影がぽつんと座っていた。その人は俺に背を向けて、上体を少しうつむかせている。


 フロアスタンドの逆光を受けているから、遠くからだとだれだかよくわからない。身体が細いから女子っぽいが。


 その子になるべく聞こえないように、キッチンの冷蔵庫をそっと開けてみたが、冷蔵庫を開ける音が聞こえたみたいだ。その子がびくっと反応してふり向いた。


「あ、ヤガミン……?」


 リビングダイニングに居たのは、どうやら弓坂のようだった。白い生地のパジャマを着ているみたいだ。


「悪いな。脅かしちまって」

「あ、ううん。びっくりしたけど、だいじょうぶだよぅ」


 弓坂が白い手を左右に振る。


「何してるんだ?」

「うん。ちょっとぉ、寝付けなくて」


 弓坂も寝られないから起きていたのか。


 冷蔵庫から二リットルのペットボトルに入れられた麦茶を取り出す。キッチン棚からコップをふたつ持ってダイニングテーブルへと向かう。


「ヤガミンはぁ?」

「俺か? 俺も似たようなもんかな」

「ふふ。じゃあ、いっしょだね」


 弓坂がいつものほんわかとした感じで微笑んだ。


 ダイニングテーブルの向こう側へまわろうかと思ったけど、わざわざまわり込むのが面倒だな。しかし弓坂のとなりの椅子に座るのは距離が近すぎるので、ひとつはなれた椅子の背を引いて腰かけた。


 ふたつのコップに麦茶を注いで、そのひとつを弓坂にわたす。ごくごくと麦茶を飲んでいると、プールで妹原と話したことを思い出した。


「あっ、そういえばお前、妹原に告げ口しただろ」

「えっ、告げぐちぃ?」


 両手でコップを抱える弓坂が小首をかしげる。


「そうだよ。俺がひとり暮らしをしてるとか、親がいないことを妹原にしゃべっただろ。あいつから聞いたぞ」


 うちの内部事情を漏洩させた弓坂にはお仕置きしないといけないんだった。とは言っても、物理的な制裁を与えることはできないが。


 弓坂が「あっ」と声をあげて、両手を合わせて謝罪する。


「そういえばぁ、しゃべっちゃったかもぉ」


 もう二言くらい責めようかと思っていたけど、素直に観念する弓坂を見ると、責める気持ちがなくなってきちゃうんだよな。


 今日は弓坂のおかげで別荘にも泊めてもらってるんだから、この辺で許してやるか。俺の個人情報なんて漏洩しても、学校は一円も損しないわけだし。


 俺は腕組みして弓坂に言った。


「妹原はたぶん他のやつに言わないから、別にいいけど、他のクラスメイトにはしゃべんないでくれよな。一応、俺の踏み込まれたくないプライベートなんだからな」

「ごめんねぇ」


 弓坂は申し訳なさそうに、また両手を合わせて謝った。


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