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第83話 夜はみんなでバーベキュー

 日が暮れるまでプールで遊んで、気づいたら夕食の時間になっていた。


 夕食は自分たちでつくるとか、だれかが言っていたような気がするけど、食材の買い出しなんて行っていないぞ。どうするんだ?


「そういえば、夕飯のことをすっかり忘れてたな」


 プールからあがった山野もどうやら気づいたようだ。


「ここの別荘って、駅から遠いよね。どうしよっか」


 じわじわと落ちていく夕陽を見て妹原の顔にも影が差す。いよいよマジでやばいかと思ったら、


「うん。だからぁ、松尾にお願いしてね、買ってきてもらったよぅ」


 弓坂がいつものほんわかとした笑顔で言った。


 俺たち四人がプールで浮かれている陰で、しっかりフォローしてくれていたのか。弓坂、ありがとう。


「松尾さんに何を買ってきてもらったの?」

「えっとね、バーベキューだよっ」


 しかもバーベキューなんて、文句のつけどころがないじゃないか。お金持ちのお嬢さんなのに、なんて気が利くんだ。


「でも、どこで食べるんだ? 表の庭か? それともテラスか?」

「うーんと、ここで食べれば、いいんじゃないかなぁ」


 このプールサイドでバーベキューするのか。それはまた海外のセレブみたいでおしゃれだ。


 水着は着替えずに上着のシャツを一枚だけ羽織る。


 食材とバーベキューのセットは執事の松尾さんに持ってきてもらった。


 コンロは変哲のないものだったけど、食材はかなりたくさん用意してくれたみたいだ。


 買ってきたばかりの野菜は食べやすい大きさにカットされて、人参や玉ねぎは金属製の串に刺されている。


 肉は牛肉や鶏肉、あとはスーパーで売ってなさそうなソーセージがビニール袋にてんこ盛りになっていた。十人前は軽く超えそうだが、この量はとても食べ切れないぞ。


 しかもよく見ると、ぶ厚いヒレステーキとかフォアグラまであるけど、目の錯覚なんじゃないか? フォアグラなんて生で見るの初めてだぞ。


「すごい。こんなにたくさん買ってきてくれたんだ」


 妹原も次々と運び込まれてくる食材の山を見て、きょとんとしているみたいだ。無理もない。


「お腹いっぱい、食べられるように、松尾にたのんでおいたからぁ。好きなものを、いっぱい食べてねぇ」


 弓坂だけはいつもの遅口で微笑んでいるが、執事や使用人の人たちを含めても余裕でお腹いっぱいになれる量だぞ。


 お金持ちの感覚は、俺たち庶民とやっぱり違うな。そんなことを身をもって痛感するしかない。


「なんか、すみません」


 松尾さんが無言で食材を運んでくれているので、通りがてら感謝すると、松尾さんはかかとをそろえて頭を深々と下げて、


「いえ。皆様に快適にすごしていただくのが、私たち使用人一同の責務ですから」


 かなり渋キメに言われてしまった。この人プロだ。


 それはともかく、バーベキューの開始だっ。


 缶ジュースで乾杯して、コンロに火をつける。網が熱せられた頃に山野が油を塗りつける。


 バーベキューの準備ができたが、バーベキューなんて小学校の夏休み以来だから、食材を焼く順番とかわからないぞ。


 とりあえずソーセージでも入れておけばいいのか? そう思ってビニール袋からソーセージの入ったプラスチックケースを取り出すと、


「ダメよ。あんたがやると火事になるから」


 横から上月に掠めとられてしまった。


 上月はふてくされた顔で食材を取り出して金網の上に置いていく。まずは野菜を置くのか。


 次にソーセージを取り出して、手早く網の上に並べる。さすがは上月だ。俺なんかより十倍以上も手慣れている。


「そういえば、八神は料理ができないって言ってたが、バーベキューなんかでもダメなのか?」


 山野がコンロの上の野菜を眺めながら聞いてくる。


「微妙だな。できるかもしれないけど、自信はあまりない」

「微妙なのか。そうか……」


 バーべキューなんて食材を金網に並べるだけだろと言いたげな感じで山野が絶句したが、できないものはできないんだから仕方ないだろ。


 野菜とソーセージが焼けてきたみたいなので、近くのピーマンに箸を伸ばしてみる。左手には、バーベキューでつかう紙の取り皿をすでにスタンバイしてある。


 取り皿に入れた焼肉のたれをつけていただいてみる。ただピーマンを焼いてたれをつけただけなのに、いつもの三倍くらいおいしい気がする。


「あ、おいしい」


 妹原もソーセージをかじって驚嘆する。そもそも食材が高級だから、よりおいしいのかもしれない。


 山野や弓坂も肉や野菜に箸を伸ばして、楽しいバーベキューパーティがはじまった。


 真夏の夜にみんなでしゃべりながら夕飯が食べられるなんて、夢のようだ。楽しすぎてひそかに発狂してしまうかもしれない。


 妹原と弓坂も楽しそうに談笑しているのに、隅にいる上月だけはむすっと口を閉ざしている。どこか浮かない顔だが。


「どうした? 具合でも悪いのか?」

「別に」


 仕方ないから声をかけてやったのに、こいつはぷいっとそっぽ向いてさらに悪態をつく。その様子を弓坂が見てクスクスと笑った。


 どうしたんだよ。水泳対決で山野に負けたから拗ねてるのか?


「山野。水泳対決はお前が勝ったのか?」


 山野が無言でトイレに向かったので、追いかけて話を切り出してみると、山野はメガネのブリッジを人さし指でさすって、


「いや、五十メートルを三回勝負して、二回はあいつが勝ったから、負けたのはむしろ俺だぞ」


 悔しいのか悔しくないのか全然わからない顔で言ったが、五十メートルを三回も泳いでたのかよ。


「上月はやはりすごい逸材だな。改めて痛感した。あんなアスリートの原石を帰宅部にしているなんて、実にもったいない」


 改めて痛感するな。何かの競技の監督みたいな顔になってるぞ。


「上月はもうサッカーをやるつもりはないみたいだが、残念でならないな」

「まあ、そうだな」

「それでも、八神が言えば、あいつを説得できるかもしれないが――」


 山野が不意にそんなことを言って、はたと言葉を止める。どういう意味だよ、それは。


「俺なんかが言っても意味ねえだろ」


 俺が言ったら、あいつはむしろひねくれるだろ。妹原や弓坂が説得すれば、多少は考えなおすかもしれないが。


 山野はいつもの冷淡な顔でしばし俺を見ていたが、


「すまん。さっきのは俺の失言だ。気にしないでくれ」


 なぜが俺に詫びを入れて別荘の中へと消えていった。


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