第80話 軽井沢の別荘に到着
軽井沢駅の駅前は車の交通量が多かったけど、駅をはなれると自然の多いのどかな町だった。
片側一車線の細い県道は車が数台しか走っていない。信号も心なしか少ない気がする。
道のまわりは鬱蒼と茂る樹木ばかりで、コンビニやレストランなどのお店はほとんど建っていない。数メートル置きに一軒ずつ建っているだけだ。
生えている木はよく見ると、都心ではまず見かけないような針葉樹ばかりだった。高い樹木から生えた細長い枝に、針のような葉がたくさん生えている。
木や造園については悲しくなるほどくわしくないので、これ以上の詳細な説明はどうやらできそうにない。
町をひと言であらわしてみると、北ヨーロッパの田舎町をそっくりそのまま移植してきた感じなのだろうか。有名な観光地なだけあって、景観が地元の繁華街とまったく違う。
建物も木造のペンションみたいなものばっかりだし。なんていうか、無駄におしゃれだ。
上月たちが乗っている前の車が、信号のない交差点を右折する。俺たちの乗る車もつづいて小道に入る。
コンクリートで舗装されていない砂利道は地図のアプリにも登録されていなそうな感じだけど、こんな薄暗い先に別荘が建っているのか?
けれど針葉樹林のトンネルをくぐるなんて、なんだかしゃれているな。窓を開けると涼しいそよ風がかすかに流れてくるし。
避暑地で森林浴するのは、意外と海に匹敵する楽しさかもしれない。いや、確実に匹敵しているな。間違いない。
俺の拙い感想はともかく、鉄柵で囲まれた敷地の門を車が通過する。そして白線の引かれていない地面に停車した。
運転手の長内さんが、停まった車と同期して身体をぴたりと制止させたけど、弓坂の別荘に到着したのかな。
トランクに入れていた荷物を受け取って、「ここだよぉ」と微笑む弓坂の後をついていく。
針葉樹林の爽やかな空気の間をだらだらと歩いていくと、巨大な木造建築が目の前に姿をあらわした。
「わあ、すごい」
妹原が別荘を見上げて、フルートの入った鞄を落としそうになる。となりの上月も同じように絶句していた。
別荘は一見するとログハウスのようなつくりだったが、まず規模が異常だった。二階建てだから高さはそれほどでもないが、横幅が田舎の旅館くらいもあるのだ。
木造の壁は自然に溶け込むような黄茶色で、ベランダの長大な窓ガラスからおしゃれな室内が姿を覗かせている。
屋根のついたテラスには、丸いテーブルのまわりをおしゃれな木の椅子がとり囲んでいる。左の方には離れと思わしき建物まで別に建てられていた。
別荘なんていうから、一体どんな感じなんだろうとあれこれ想像していたけど、俺のちんけな想像力をあっさりと超越しているじゃないか。あまりにすごいので、この驚きを伝える方法はもはや絶句であらわすしかない。
画家や作曲家が自然に囲まれた別荘をアトリエなんかにしているけど、その気持ちが少しだけわかるような気がする。
こんなにおしゃれで自然にあふれたところに来れば、都会の嫌な喧騒なんてきれいさっぱり忘れることができる。だからきっと別荘をほしがるんだ。――なんていうことをつい考えてしまった。
「じゃあ、みんな、入ってぇ」
普段のふわふわとした弓坂に従って室内へとお邪魔する。
室内もまた木のぬくもりにあふれた素敵な空間だった。
玄関をあがると木床の広いリビングダイニングが姿をあらわす。広さは何畳あるのだろうか。十畳くらいは優にあるのか?
リビングにはアンティークなウッドテーブルがあって、後ろには木製の高そうな家具棚が置かれている。
リビングの手前側にはキッチンがあるが、俺の家と同じセミオープンキッチンだ。といっても豪華さや大きさは比較するまでもないが。
「ああ、すごい。なんだか木の匂いがする」
上月がそれらしい感想を述べたが、お前はそんなにネイチャーな趣味をもっていたか?
「靴は脱がないでねぇ。靴が嫌だったら、スリッパもあるからぁ」
別荘の中はどうやらヨーロッパ人よろしくの土足であがるスタイルであるらしい。
「お部屋はぁ、一階と二階に、用意してるから。ヤマノンとヤガミンは、一階でいいよね?」
親切に聞いてくれる弓坂に山野がうなずく。
「俺はかまわないぞ。八神もいいよな?」
「ああ。泊めてくれるんだったら、どこだっていい」
女子たちとひとつ屋根の下で暮らせるだけでドキドキするんだから、寝室の場所なんてどこでもいいだろ。
それに間違いが起きてもまずいから、男女で分かれてた方がいいよな。
「ありがと、ヤマノン、ヤガミン」
弓坂がほっと安心した感じで微笑んだ。
「じゃあ、麻友ちゃんとぅ、雫ちゃんを先に案内してくるからぁ、ちょっと待っててね」
「ああ」
リビングダイニングの隅に設置されている階段を弓坂たちが上がっていく。その後ろ姿を見送って山野が言った。
「別荘なんて言うから、どんなところかと思ってたけど、かなりいいところだな」
「ああ」
「軽井沢がこんなにしゃれた場所だったなんて、知らなかった。美容業のいい肥やしになるかもしれないな」
山野のおしゃれレーダーもこの別荘にかなり反応していたようだ。旅行先で美容師のことを考えてるなんて、お前はやはりストイックな男だよ。
「妹原と上月もずいぶん気に入っていたようだし、ムードづくりは満点だろう」
ムードづくりねえ。また気障ったらしいことを口にしたな。
「なんだよ、ムードづくりって。また姉貴の入れ知恵か?」
「そうだな。正確には姉貴の友だちの知り合いから教わった情報だが」
その辺の細かい経緯はどうでもいいから、要点だけを早く教えてくれ。
「夏は気分が開放的になるし、海や旅行に行けばさらに気持ちが高揚するからな。妹原の気持ちを変えさせるチャンスだ」
「そうだな。このままずっと恋愛対象外でいるのは悲しいからな」
「それに――」
山野がメガネのブリッジを押し上げながら意味深な間を開けて、
「間違えて上月の方に転がり込んでも面白そうだからな」
ものすごく気に入らない提案をしてきたが、ちょっと待てよっ。
「間違えてってなんだよ。あいつはそもそもそんな関係のやつじゃないだろ」
上月は間違ってもただの幼なじみだ。それ以下でもそれ以上でもないぞ。
山野が俺を見て、やれやれと言いたげに嘆息する。
「まあ、そう怒るな。俺は人数的な観点で考えた上の可能性を述べただけだから、お前はお前のやりたいようにすればいい」
当たり前だ。上月なんぞはいくら勧められても彼女になんてしないからな。
「外にはウッドデッキや庭もあるからな。夜に花火でもやったら、かなりいいムードがつくれるかもしれないな」
しばらくして弓坂がフロアに降りてきたので、俺たちの寝室へと案内してもらった。




