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第68話 高校退学……からの急変

 床に転がる中越が左の頬の痛みを抑えて、半狂乱になって泣き叫ぶ。


「痛え! 痛えよお! 親父にだって、殴られたことないのにっ」


 本当に殴られたことがないのか、目から大量の涙を流している。後ろから「ださっ」という上月のつぶやき声が聞こえた。


 フロア中に響き渡る中越の泣き声。そして、じわりじわりと痛みがこみ上げてくる俺の右手。怒りが少しずつ静まってきて、やがて冷静な思考が頭を占めてくる。


 やってしまった。怒りにまかせて、中越を殴ってしまった。


「お前は、なんてバカなことをしちまったんだ」


 そう言って長嘆したのは山野だった。


「俺たちが我慢して、あいつだけでも見逃してやれば、ひょっとしたら丸く収めることができたかもしれないというのに。それなのに、お前っていうやつは――」

「別にいいじゃない。退学になったって。別の学校に転入すればいいだけでしょ」


 山野に対して上月がしれっと言い放つ。こいつは山野みたいに慎重じゃないから、ずいぶんと思い切りがいいな。


「転入すればって、簡単に言ってくれるな。退学になった生徒を別の学校がすんなり入れてくれると思っているのか?」

「そんなの知らないわよ。ていうか、あんた、高校なんて興味ないっていつも言ってるじゃない。それなのに、退学って言われたら未練たらたらになるわけ?」

「そう言われると返す言葉が思いつかんが」


 図星を突かれて山野があっさり引き下がる。どうやら覚悟はできたようだ。


 泣き止んだ中越が身体をがばっと起こす。大して怖くない顔で俺を睨んできた。


「てめえら! さっきから聞いてれば、くっちゃくっちゃと、ふざけたことばっか抜かしやがって! もう許さねえぞおっ!」


 怒り狂った中越が叫びながらポケットに手を突っ込んで、スマートフォンを手荒くとり出す。


「そんなに退学させてほしいならな、させてやんよ! てめえらみんな、地獄行きだよっ!」


 肩をぶるぶると震わせながら、中越はスマートフォンを操作する。そして親父の電話番号を表示させたんだろうというタイミングで、スマートフォンを右の耳に当てた。


「ほらっ、親父に電話しちまうぞっ。土下座すんなら今のうちだぞ。ほら、ほら! 早く土げ――」

「やれよ」


 中越がバカみたいにもったいぶるのが、むしろ面倒くさくなってきた。こいつの下らない茶番に付き合うのもいい加減に飽きてきたから、止めの一言をくれてやる。


「ここに来たときから、俺たちはもう覚悟ができてる。お前が何を言おうと、俺たちはお前に屈しない」

「な……!」

「それに、もう夕飯の時間だからな。早く終わりにしてほしいんだよ。……そういや上月、今日の夕飯は何をつくってくれるんだ?」

「はあ? これから夕飯なんてつくるわけないでしょ。何言ってんのよ、あんたは」


 俺がやんわりとボケると、上月が狙いをはずさずに突っ込みを入れる。横にいる宮代がぷっと口に手を当てて失笑した。


 一方の中越は、開いた口が塞がらないという顔をしてるな。


「言ったな! もう土下座しても許してやんねえからな!」

「ああ、わかったわかった。早くおうちに帰りたいから、政界のおじさんによろしく言っちゃってくれ」

「てめえ! もう殺す! ぜってえぶっ殺してやんよっ!」


 激高する中越がスマートフォンの通話ボタンを押した。


「あ、親父? また島流しにしてほしいやつができたんだけど」


 中越が電話の向こうの父親に身勝手な要求を伝える。


 本音を語ると、こいつの言葉はただの脅しで、実際には電話しないと淡い希望を秘めていたんだけどな。本当に電話するとは、見下げ果てた根性だ。


 これで俺たち三人は、政界のお偉いさんの逆鱗に触れて、うちの高校を退学になっちまうのか。


 桂や弓坂と仲良くなって、妹原への恋もなんとか実らせようと心に秘めていたのに、それがすべてなくなってしまうのか。そんなことを想うと、目頭に熱いものを感じずにはいられなかった。


「ああ、そうだよ。だからこの前みたいに、うちの校長にチクって、そいつらを退学に……は?」


 ずけずけとふざけた要求をしていた中越の口が、そこで妙な止まり方をした。


「お、おい、ちょっと待てよ! お前に協力できねえって、なんだよ!?」


 お前に協力できない……?


 なんだなんだ? 中越の耳もとでどんな会話が展開されているんだ?


 唖然と後ろに振り返ると、上月も拍子抜けした感じで口をぽかんと開けていた。山野は相変わらずの仏頂面にエロメガネだが。


「待てよ! 意味がわからねえよ。ちょっと待て! 電話切るなよ、おいぃっ!」


 その後も中越は電話先の父親に向かって叫んでいたが、どうやら通話が切れてしまったみたいだ。中越の手からスマートフォンがするりと抜けて床に転がる。


 終いには愕然と膝を折って力尽きてしまった。


「ええと、だいじょうぶか?」


 落胆ぶりがあまりに酷かったので、仕方なく声をかけてみるが、中越からの返答はない。人生最期の日を迎えたような顔をしているけど、そこまで落ち込まなくてもいいんじゃないか?


 とりあえず俺たちは助かったみたいだが、なぜ助かったのか、意味がまったくわからない。俺や上月が中越の親父さんの知り合いであるはずがないし、宮代の方を見ても彼女はふるふると首を横に振っている。


 なんでだ? なんで中越の親父は中越を見放したんだ?


 意味のわからない沈黙がしばらく流れて、後ろからスマートフォンの着信音が鳴った。


「ん、だれからだ?」


 どこかからの電波を着信したのは、どうやら山野のスマートフォンのようだった。俺と上月が見守る中、山野がスマートフォンをとり出して電話に出る。


「ああ……ああ。……は? なんだそれ? どういう意味だ?」


 すると今度は山野が電話をしながら、電話先の話し相手に対して疑問の声をあげはじめた。


 さっきから何が起きているんだ? 電波でつながった遠い先で、マントルが地表から飛び出しちまったのか?


「ああ、ああ……。わかった」


 しばらくして話を終えた山野が、通話中のスマートフォンを俺に差し出してきた。


 一体だれからの電話なんだよ。意味がわからなすぎて気味が悪いぞ。


 山野のスマートフォンを受けとって、すぐさま液晶画面に表示されている通話の相手の名前を見やる。上月も横から覗き込んできた。


 白のゴシック文字で書かれているのは、弓坂未玖――なんだ、弓坂じゃないか。驚かすなよ。


 えっ、弓坂? なんで弓坂が電話してきたんだ?


 さらに意味がわからなくなったが、あいつを無駄に待たせるにはいかない。疑問符を頭上に十個ほど並べながら、俺はスマートフォンの受話口を耳に当てた。


「もしもし」

『あ、もしもしぃ。ヤガミン? お怪我はぁ、だいじょうぶぅ?』


 電話先の相手はまぎれもなく弓坂だった。眠たくなるようなおっとり口調は、やや乱れている気持ちに少し堪える。


 まさかと思うが、俺たちのことを心配して電話してきただけじゃないよな? そんなことができる状況じゃないっていうのは、あいつだってわかっているはずだし。


「あ、ああ。だいじょうぶだ」

『あ、ほんとぉ? よかったぁ。……それとね、ヤマノンにはぁ、さっきね、言ったんだけどお、中越先輩のことならぁ、お父さんがなんとかしてくれたから、気にしなくてもだいじょうぶだよぅ』


 受話口から聞こえてくる声は相変わらずのんびりしているけど、ちょっと待て。最後の方、今なんて言った?


「ちょっ、ちょっと待て、弓坂!」

『なあにぃ?』

「中越のことはなんとかしてくれたって、さっき言ったけど、それはどういう意味だ!?」

『お父さんのことぉ?』

「そうだ」

『うん。だからね、中越先輩のお父さんとぅ、あたしのお父さんはね、知り合いなの』


 弓坂の遅口から、とてつもない一言が宣告された。


『それとね、お父さんに電話したらぁ、百十番にも電話しておいた方がいいって、言ってたからぁ、電話しておいたよ?』


 全身にサンダーストームみたいな雷が轟音を立てて急落下する。


 うふふと笑う弓坂の声が聞こえたのと同時に、パトカーのサイレンが開け放たれた窓から聞こえてくる。


 俺も思わずスマートフォンを落としそうになったが、山野の所有物だったことにぎりぎりのところで気づいて、俺は両手でスマートフォンを抑えた。


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