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第66話 廃工場の激突!

 かんかんと甲高い階段の駆け上る音がフロア中に響きわたる。


「おいっ」

「だれだよ」


 階段の先からヤンキーどもの雑多な声が聞こえてくる。


 一階のフロアは吹き抜けになっていて、天井の高さが学校の三階くらいまである。二階のフロアは壁で仕切られていないから、下からでも覗ける構造になっている。


 二階にたむろしていたやつらは、何人だ? 人数なんてちまちま考えていられる状況と心境じゃないけど、ざっと見回しただけで五人はいるか?


 どいつも髪を金色に染めたり、耳や唇に太いピアスをしているような、できれば関わりたくないやつらだ。喧嘩が強いのかどうかは、まだわからない。


 強面こわもてのヤンキーどもの向こう――壁際に追い詰められている女子ふたりは、上月と宮代だった。ふたりは恐怖で顔面蒼白になっているが、服を脱がされたりはしていない。


「透矢っ!」


 上月が俺に気づいて声をあげてくれる。


 ……よかった。まだ窮地を脱したわけじゃないし、ここから帰還できるのかすら定かではないけど、とりあえずこいつの無事な姿が見れて、よかった。


「ぁあ?」

「だれだよてめえ!」


 威勢を張ってふり返ってくるヤンキーどもの先頭に、ひとりだけ見知っている顔の男が立っていた。そいつは傲岸とポケットに手を突っ込んで、顔だけを俺に向けて気持ち悪い流し目を送ってくる。


 そいつの今の顔は、あの鬼の形相の一歩手前の状態だった。学校中でうざったくまき散らしている例の爽やかメンズの笑顔は、今は見る影もない。


「やっぱりてめえの仕業かっ、中越!」


 中越は目を吊り上げ、まゆ頭を寄せて「ち」と舌打ちした。


「あん? だれだ、てめえ」


 だれだって、俺の顔すら覚えてねえのかよ。


「ああ、お前。この女の後ろにいつもくっついてた、あのうざったい芋虫野郎か。いけてないやつだったから、顔とかぜんっぜん記憶してなかったぜ」


 中越が嫌らしく冷やかすと、後ろの連中がバカみたいに爆笑しだす。ヘラヘラと低脳そうな顔で、つくり笑いってのが見え見えな笑い方だな。


 そんな嫌味ひとつを聞いたくらいで、俺と山野が切れると思っているのかよ。


 俺は近くに転がっている鉄パイプを拾った。


「俺の顔なんて覚えていなくていいから、てめえらはさっさと消えろ」

「あ? お前、まさかと思うが、俺らを倒そうっての? たったふたりで?」


 中越は不意に喜色を浮かべたかと思うと、腹を抱えて笑い出した。


「なに、お前、女の前だからってバカみたいにかっこつけて、まさかのヒーロー気どり? だっせ! 下らねえ戦隊もののアニメとかの見過ぎなんじゃねえの!?」


 中越が本性をむき出しにして罵倒すると、ヤンキーどもがまたバカみたいに笑い出した。「だっせ」とか「かっこ悪っ」というボキャブラリーの欠片もない語彙ごいを並べて。


 いつもだったら、こんな風に複数人から小ばかにされたら、すぐに頭に血が昇ってしまうかもしれないけど、今はなぜか怒りがこみ上げてこない。怒っているはずなのに、頭の中がいつになくクールなのだ。


 もし上月や死んだ母さんのことをネタにされても、今だったら全力でスルーすることができそうだ。


「中越」


 俺は冷めた目で中越を見やる。


 頭の悪そうなヤンキーどもを従えている中越は、それこそ特撮系のアニメに出てきそうな、三下の悪役みたいな顔をしていた。まわりのヤンキーどもは、役の名前すらないどこかのスタント会社のエキストラだ。


「俺も、お前を見て思ったことがある」


 初めて中越を見たときは、ひそかに羨ましがったり、上月との恋愛を邪魔してはいけないと想い悩んだりもした。


 さっきだって、こうして対峙するまではどこかで自分の憶測を疑っていたからな。俺は中越のことが嫌いだから、嫉妬心からこいつを真犯人に仕立て上げているんじゃないかと思って。


 でも、今だったら……何も迷わずにお前を殴り飛ばすことができる。


「今のお前は、二流ドラマに出てくる悪役そのものだ」


 すると中越の目尻が、床から三十度くらいの高さまで吊り上った。


「あーあ。なんだよこいつ。せっかくこれからお楽しみだっつうのに、どっかのヒーロー気取りがうざくて超むかつくんだけど。どうにかなんねえのかなあ」


 中越が身体を向けて、文句を滝のように浴びせてくる。


「俺様の楽しみを邪魔したんだから、こいつらはもう死刑だよな。なんなら遺体を東京湾にでも沈めちまおうぜ」


 できるものならやってみろ。


「目障りだから、消えろっつってんだよ。もてねえ非リア充どもがっ。じゃねえと、俺らがぼこぼこにして、パンツを脱がした超恥ずかしい写真をがっ……こっ!?」


 中越が不意に語尾を強めて、なぜか股間を抑え出した。


「おお……っ」


 中越はほとんど声にならないような呻き声を発して、その場で悶絶し出している。あまりの急変だったから、俺と山野はおろか、まわりのヤンキーたちも異変を察知して中越の方を向いた。


 中越がなんでかっこ悪く内股になって、股間の激しい痛みを堪えているのか。


「さっきから、なに調子こいてるのよ!」


 上月だ。あいつがひらひらのミニスカートの裾を捲れ上がらせて、中越の股間を後ろから思いっきり蹴り上げたのだ。


 股間の痛みなんて知らないやつの、手加減なしの蹴りだからな。あれは痛いぞ。


「あんたなんかに、あたしたちが負けるわけないでしょ!」


 その言葉が合図となって、乱闘の火蓋が切って落とされた。


 手前にいる腰パンの野郎が調子に乗って殴りかかってくる。俺は後ろに引いてそれをかわして、鉄パイプをにぎりしめてそいつの肩を殴打する。


「いてえ!」


 腰パンの野郎は一見すると強面だが、一発殴っただけで拳を下げて怯んだ。俺がかまわず蹴りを入れると、びびってもっと後ろに下がった。


「てめえ!」

「調子に乗ってんじゃねえよ!」


 後ろのふたり――いけてない野球帽をかぶったやつと、マンガのキャラみたいな赤い髪を逆立てたやつが入れ替わりに襲いかかってくる。


 ふたりがかりでこられたら、間違いなくやられる――! そうとっさに判断した俺の脚が身体を後退させる。そのわきから山野が飛び出して、突進した勢いのまま右脚を前に突き出す。


 山野の足の裏が赤髪の野郎の顔面にクリーンヒットして、そいつはかなり呆気なく気絶した。


「これで俺らの停学は決定だな」


 いけてない野球帽を見据えて、山野が涼しそうな顔で言い放つ。喧嘩だっていうのに、一ミリも緊張していないんだな。


 でも、さすがは元バスケ部のキャプテンだ。運動能力と神経の太さは、俺や帰宅部だろうと思われるこのヤンキーどもの比じゃないな。


 この喧嘩は、はじまってみると意外なほどにあっさりしていた。


 このヤンキーたちは見た目こそ怖いが、喧嘩は大して強くなかったのだ。


 ヤンキーぶっているから無駄に威嚇ばかりしてくるけど、運動なんてきっとしていないんだろうから、動きは遅いし、そもそもビビってるせいか、積極的に殴りかかってもこない。


 実は喧嘩をあまりしたことがないんじゃないのか?


 拍子抜けとは、まさにこのことだな。


 見た目だけで中身が全然ともなっていない感じが、中越にそっくりだ。類は友を呼ぶということか。


 背の低い金髪のガキが、ダンボールの空箱を持って俺に殴りかかってくる。


「うわあ!」


 それを冷静にかわして、山野みたいに右脚を思いっきり突き出してやる。俺の脚がそいつの鳩尾みぞおちを正確に抉って、そいつは腹を抑えて悶絶した。


「ふん!」


 上月の方も問題はなさそうだ。あいつはさっきまで怖がっていたのが嘘のように生き生きして、襲いかかってくるヤンキーどもに蹴りを食らわせている。


 あいつが脚を上げるたびにミニスカートがめくれて、中が見えちまいそうになるけど、喧嘩中とはいえその辺は少し考慮しておいた方がいいんじゃないのか?


 一方で宮代はひとり壁際に座り尽くしていた。彼女は上月に守られながら、ブルーのハンドバッグを抱えて震えあがっている。


「ま、麻友先輩っ!」

「栞は手を出しちゃダメ! 手を出したら夏の大会に出られなくなる!」


 上月は、やっぱり後輩想いのいいやつだった。……俺の目に狂いはなかった。


 ――などとぼんやり眺めているわきから、


「くそがっ!」


 最初に襲いかかってきた腰パンの野郎が、鉄板みたいな分厚い板を持ち上げて突進してきた。そんな板、どこから持ってきたんだよ!?


 粗方片付いてきたから、つい油断してしまった。この至近距離だと下がっても避けきれない――。


「ちっ!」


 山野がとっさに殴りかかり、そいつを殴り飛ばしてくれた。そいつは昏睡した頭でふらふらと下がって、後ろの壁に頭を激突させた。

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