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第61話 中越の超最低な正体

「わかった。俺がなんとかしよう」


 しばらく考えてそうこたえると、宮代は少し驚いた感じで俺を見上げた。


「上月は、俺が頼み込めばきっと来てくれるから、俺があいつを誘い出してやるよ」


 今はあいつと喧嘩してる最中だけどな。そんなつまらないことにいつまでもこだわっている場合じゃないだろ。


 すると彼女は「えっ、でも」と俺の言葉をさえぎって、


「さっき、麻友先輩と喧嘩してるって、言ってましたよね。それなのに、いいんですか?」


 当然のように俺に気を遣ってくれた。この子はやっぱりいい子だな。


 彼女はなかなか可愛い顔をしているから、正面からじっと見つめられると照れてしまう。俺はとっさに視線を逸らして頬を掻いた。


「俺の方は、気にするな。どうせ大した喧嘩じゃないし。それに、仲直りしようと思えばいつだってできるんだから」

「そうなんですか」

「ちょっと言葉を間違えて、口げんかっぽくなっちまっただけだから、俺の方は全然気にしなくていい」


 上月とこの子の問題とくらべたら、俺たちの気まずい関係なんて、取るに足らない問題だ。本当に、バカみたいで笑えてくるほどに。


 それに、最近の俺がしたことと言えば、上月と中越のデートを後からつけたり、中越の悪い噂を学校中からかき集めたりと、人として褒められないようなことばかりだ。


 心に鬱積し出したこの自己嫌悪を払拭するためにも、彼女の力になってやりたいんだ。


「学校帰りじゃ、あんたも話しかけづらいだろう。だから、夕方の五時くらいにうちのマンションの近くで上月と待ち合わせればいいんじゃないか?」

「は、はい! そうしてもらえると、助かりますっ」

「よし、わかった。決行の日は、明後日の木曜くらいにすっか。天気予報でも晴れるって言ってたしな」

「はいっ、わかりました」


 宮代は鞄から携帯電話を取り出して文字を打ち込む。忘れないようにメモをとっているんだろう。


 この子と連絡することはないかもしれないけど、念のためにアドレス交換をしておいた方がいいよな。予定通りに進まなかったことも考えておいた方がいいだろうし。


「一応、予定通りにいかないこともあるだろうから、念のためにアドレスを教えてくれないか?」

「はい」


 彼女はふたつ返事で携帯電話を操作して、俺に電話番号とメールアドレスを見せてくれる。それを俺が素早く登録して、彼女にも俺のアドレスを伝えた。


 部外者の俺ができるのはこのくらいだ。あとは彼女がなんとかして上月を説得するしかない。


 あいつを説得するのは一筋縄ではいかないかもしれないけど、がんばってくれ。


「よかったねっ。ヤガミンに、協力してもらえて」

「はい! 本当に、ありがとうございます!」


 彼女は涙を拭きながら、弾けるような笑顔で言ってくれた。



  * * *



「あ、そういえば」


 話が終わったので、よっこらせと俺と弓坂が立ち上がったときに、宮代が不意に声を出した。


 弓坂が陸上の亀みたいにゆっくりした動作で首をかしげる。


「どうしたのぉ?」

「はい。あの、だいぶ前のことなんですけど、麻友先輩が中越先輩と駅で会話しているところを見てしまいまして」


 彼女はとんでもないものを見てしまったという顔つきで言ってくれたが、それは本当にだいぶ前のことだな。たぶん、俺が上月をつけたあの日のことを指しているのだろう。


 それはともかく、なんであんたまで中越を知っているんだ? 悪い意味の衝撃が脳天を貫きそうになったぜ。


 もしや、あいつと付き合ったりしていないだろうな!?


「中越……先輩を、知ってるのか?」

「はい。小学生のときに同じチームにいましたので」


 そういえば、中越も小学校のときからの知り合いだって、上月は前に言ってたな。俺としたことが、テンパりすぎだ。


 彼女は眉間にシワを寄せて、ものすごく不満ですと言いたげに険しい顔をし出した。


「麻友先輩、中越先輩と付き合ってるんですかね」

「いや、付き合ってはいない。付き合う気も毛頭ないって、あいつが自ら言ってたぞ」


 毛頭ないとまでは言っていなかったけどな。


 でもそれを真に受けた彼女は、すぐに愁眉を開いて、


「ですよね!? 麻友先輩が、あんな人と付き合うなんて、絶対にあり得ないですし」


 えっ、あんな人……?


 なんか、ずいぶんな言われようだな。中越のやつ。


 小学校のサッカーチームの元後輩だった彼女が、中越をどう思っているのか。大層興味あるぞ。


 俺がベンチに座り直すと、弓坂もとなりにちょこんと座った。


「中越って、そんな微妙なやつなのか?」

「えっ、微妙なんてものじゃないですっ。超最低です!」


 超最低、か。言い切ったなあ。


 サッカーにたとえたら、ペナルティキックでキーパーを無視してど真ん中を蹴り抜くような爽快感だ。よく知らないが。


「だってあの人、いつも練習サボるし、うちがお金持ちだからって、お金でレギュラーを買ったりするんですよ。スポーツマンの風上にも置けません!」

「マジかよ」


 俺がうちの学校で聞いたのと、まったく同じ内容じゃないか。弓坂もぽかんと口を開けて、「ヤガミンが言ってたことと、おんなじだぁ」という表情だし。


 中越は、やっぱり最低野郎だったんだな。元後輩の彼女の言葉は、これ以上ない決定力が込められていた。


「ちなみにそれ、上月は知ってるのか?」

「えっ、はい。……というか、先輩の方が中越先輩のこと嫌いだと思いますよ。試合のときにいつも足を引っ張られて、文句ばっかり言ってましたから」


 あいつだったら、言いそうだな。へたれは大嫌いだからな。


 ……なんだ。あいつは全部知ってたのか。全部知った上で、俺や中越をからかうためにあえてデートしてたんだな。


 こんなにおちょくられて、いつもだったら怒り心頭とばかりにイラついているところだけど、もういいや。今は怒りよりも安心感が勝っちまっているから、怒りにまわす余力がない。


「それに、あの人、悪い人たちといつもつるんでるみたいですから、あんまり関わらない方がいいと思います」


 彼女のその言葉に、一瞬だが嫌な感覚が俺の背中に走った。


「悪い人? ヤンキーとつるんでるのか?」

「はい。あの、これもだいぶ前の話なんですけど、夕方くらいに駅の近くで中越先輩を見たんです。遠目だったので、よくわからなかったんですけど、怖そうな人たちがまわりにいっぱいいて、すごくおっかなかったです」


 マジかよ。あいつがヤンキーのツテを持っているのは聞いてたけど、リアルに付き合いがあるなんて予想していなかった。


 彼女の言葉を聞いて、階段の昇り口で上月にふられたときの中越の顔が、心の底からよみがえってきた。


 あのとき、中越は普段の爽やかな笑顔が仮面だと思えてしまうような、悪魔の形相で上月を恨んでいた。


 中越は、今でも上月を激しく恨んでいるのだろうか。そんなことを考えると、一抹の不安がまた心に広がってきちゃうじゃないか。


「わかった。ありがとう。肝に銘じておくよ」

「はい」


 ――卑怯でヤンキーのツテを持つ中越と、だれにも悩みを見せない孤高な上月。


 ふたりのデートを陰で見ているときは全然気づかなかったけど、よくよく考えたら、ふたりはタイプがまったく異なっているんじゃないか。なぜ今まで気づかなかったんだろうか。


 この正反対なパズルのピースが、妙なところでくっつかなければいいが。俺は柄にもなくアーティスティックなイメージでふたりをとらえてしまった。


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