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第59話 弓坂と帰る放課後で意外な接近

 梅雨の季節に本格的に突入し、今週は月曜から雨が降り続いている。


 今日もざあざあ降りではないが、朝から雨が降っている。お陰で家の洗濯物が溜まる一方だ。


「なあ、ライトっちゃん。今日も雨が降ってるぜえ」

「そうだな」


 二時間目の授業が終わって、桂が机に突っ伏す。机から出した二冊の教科書を枕替わりにして、だらけながら雨の降る外を眺めているみたいだ。


「こういう日の放課後は、ゲーセン行くにかぎるよなぁ」

「そうだな」


 桂が俺に後頭部を向けながら下らない言葉を投げかけてくるので、適当にスルーする。昨日もゲーセン行っただろ! なんて突っ込みを入れたりしたら、また気持ち悪くからまれるからな。


 すると桂が急に上体を起こして、俺に身体を寄せてきた。


「ライトっちゃん、今日なんか冷たくねえ!?」

「うわっ、やめろ、バカ!」


 だから、その無意味な抱きつきが嫌だっつってるだろ。会話してほしかったらその気持ち悪い身体を近づけるな!


 俺が桂を引き離していると、左斜め前の席に座る木田が哀れみを込めた顔を向けてきた。


「ライトくんがきみに冷たいのはいつものことだろう?」

「うへぇ! トップまでそんなこと言うのぉ!?」


 アニメのシーンだったら今ごろ滝のような涙を流しているであろう桂が、木田に標的を変更する。がたっと音を立てて椅子を引いて、


「親友だろ!? 親友だろ俺らっ!」

「うわっ、きもいからやめろ!」


 桂が本当に涙を流しながら木田に抱きついた。雨の日でも騒がしいやつだよ、ほんと。


 売れない芸人の二流コントのようなやりとりにそっとため息をついて、窓際の席に座る上月を見やる。


 あの廊下の一件以来、中越は上月の前に姿をあらわしていないようだ。弓坂から経由して聞いた話によると、メールのやりとりも上月は一切していないらしい。


 だけど、俺はまだ上月と口を利いていない。


 マジ喧嘩をすると一週間以上はまず口を利かないから、そんなに心配はしていないけど、この辺りでそろそろ矛を収めたいというのが本音なんだよな。


 学校の授業とかでたまたま同じグループになって、授業の課題をこなすために仕方なく会話することにでもなれば、なんとなくわだかまりを収拾することができるんだが。


 だが、そんな都合のいい機会が訪れてくれることもなく、今日の学校生活も波音ひとつ立たずに過ぎ去りそうだ。


「ライトっちゃぁん、洗剤トップが漂白剤みたいに冷たいよぉ!」

「だから俺にくっつくなっつってんだろ! バカヅラ!」


 クラス中に思いっきり罵声を響かせても、上月はうつむいたまま見向きもしないな。でも替わりに端っこの席の妹原が俺の方を見て、くすりと笑ってくれた。


 口に手をあてて、上品な仕草で微笑むその姿は、まるで花だ。美しく咲いた、大輪の胡蝶蘭だ。


 ああ、妹原はやっぱり可愛いよ。そのひかえめな笑顔を見ただけで、陰鬱な空と気持ちがすべて吹き飛ぶんじゃないかと思った。



  * * *



 帰りのショートホームルームが終わって、ひとり昇降口に降りる。


 教室を出るときに桂に散々遊びに誘われたが、それは金欠を理由に断った。あいつは昨日もゲーセンで千円以上も使い込んでたのに、よく金が減らないな。


 桂と付き合っていると金を浪費する癖がつきそうだから、注意が必要だな。覚えているうちに、スマートフォンのメモ帳に残しておこう。


 ポケットから取り出したスマートフォンにメモを打ち込んで、下駄箱からローファーを取り出す。それを穿いて傘立てに目を向けると、そこに弓坂の姿があった。


「あれぇ、傘、差しておいたのにぃ」


 弓坂はかなり焦っているのか、傘立ての前でつぶやきながら傘を探している。一心不乱に、後ろで待っている俺の存在にもまったく気づかずに。


 どうやら朝に差してきた傘が見つからないみたいだが。


「弓坂」


 ずっと待っていても埒が明かなそうなので呼んでみると、弓坂がびくっと肩をふるわせてから振り返った。


「あ、ヤガミン」

「何してるんだ?」


 何してるっていうか、傘を探してるんだろ。当たり前な文言で話を切り出すの、そろそろ卒業したいよな。


「うん。それがね。……だれかが、あたしの傘をぅ、間違えて持って帰っちゃったみたいで」

「見つからないのか?」

「うん」


 やっぱりか。傘を探すのは面倒だが、弓坂が困っている場面に遭遇しちゃったからな。仕方ない。


「どんな傘だ?」

「うん。あの、こげ茶色のね、LとVの模様の入った傘なんだけど」


 LとVの模様……? ずいぶんと変わった柄の傘だな。そんなにレベル上げがしたいのか?


 つまらない洒落しゃれはその辺に置いておいて、そんなに目立つ傘なら、あればすぐに見つかるだろう。


「じゃあ俺はあっちの傘立てを探してみるから、弓坂はそっちの傘立てを探してみてくれ」

「わかったぁ」


 傘が別の傘立てに移動するなんてことはないだろうけど、一応探してやらないとな。


 だが案の定、俺の想定が覆ることもなく、他の傘立てを探してみても弓坂の傘と思わしきものは見つからなかった。


「あったぁ?」

「いや、残念だがこっちにもないな」

「そっかぁ。お父さんに買ってもらった、お気に入りだったのにぃ」


 弓坂はしぼんだ果実みたいにしおれて、しゅんとしてしまった。そんなにお気に入りの傘だったのか。


 俺なんて、一年間使い込んだビニール傘がなくなってもちくりとも心が痛まないけどな。


 お気に入りかどうかはともかく、傘がないと今日は帰宅できないぞ。ざあざあ降りではないにしても、降水量で換算して一ミリ以上は降ってるんだから。


 俺は朝に差してきたビニール傘と、鞄に常備している折り畳み傘の二本を持っている。ビニール傘の方を弓坂に貸してやろう。


「俺の傘、貸してやろうか?」

「えっ、い、いいよぅ。そんな」

「いや、でも結構降ってるぞ。これじゃあ、傘がなかったら帰れないだろ」


 俺はビニール傘を弓坂にわたして、鞄から黒の折り畳み傘を取り出した。


「俺は折り畳み傘で帰るから、遠慮しなくて平気だ」

「わあっ、ヤガミンすごぉい」

「別にすごかないだろ」


 と言いつつ、心の中でがっつり喜んでいるけどな。心中でデフォルメされた俺が「っしゃー!」と雄叫びを発しているぜ。


「じゃぁ、ヤガミンの傘、借りてくね」

「そうしてくれ」


 弓坂がビニール傘を差して、俺の後につづく。


「ヤガミンといっしょに帰るの、初めてだね」

「そうだな」


 山野を含めた三人で行動することは多いけど、弓坂とふたりでいるのは、実は意外と少ない。


 この前に上月を後からつけたときも妹原がいたし、遊びに行くときだって弓坂とふたりで行かないからな。


 そうすると、ふたりでいるのは、これが初めてなのか? やばい、そんなことを思うと途端に背中から大量の冷や汗が分泌してきた。


「ヤガミンとふたりで帰るの、新鮮だねぇ」

「あ、ああ」


 弓坂とふたりで歩いていると、なんだか付き合いたてのカップルみたいだ。会話もなんかそんな感じだし。


 弓坂は肌が外人みたいに白くて可愛いし、スタイルもすごくいい。性格もおだやかで、きわめつけに髪がブロンドっぽいから、となりを歩いてくれるだけですごく華やぐ。


 通りかかったやつらも俺の方をちら見たり、もの欲しそうな目で見てくるしな。


 いや、何を考えているんだ。俺の本命は妹原なんだから、浮気なんてしちゃダメだぞ。


 心の底辺からむくむくと起き上がってきたよこしまな考えを必死に静めていると、


「麻友ちゃんとは、仲直りできたぁ?」


 弓坂がにこにこしながら聞いてきた。


「いや、まだだ」

「そっかぁ」

「俺もあいつも強情だからな。喧嘩したら、一週間以上はまず会話しねえよ」

「でもぅ、最後はちゃあんと、仲直りできるんでしょ?」


 弓坂は、俺が上月と百パーセント仲直りできると信じて疑ってないみたいだ。傘を持っていない左手を口に当てて、うふふと微笑んでいる。


「だって、ヤガミンはぁ、麻友ちゃんのこと、放っておけないもんね」


 う。柔らかい綿みたいな布で、俺の核心の部分をやんわりと包んできやがった。


「だからね、あたしも雫ちゃんもぉ、ふたりのこと、全然心配してないよぅ」


 ふたりが思いの他信頼してくれてるのは嬉しいが、ふたりの思い通りになるのはなんか悔しいな。


「仲直りできるかなんて、わからねえよ。このまま口を利かないで絶交するかも知れねえし」

「ええっ、そんなのあたしは嫌だよぅ」


 意地悪く返すと弓坂がまた焦りだしたから、つい笑ってしまった。弓坂はほんと、変わったやつだな。


 だらだらと歩きながら校門に向かうと、ひとりの女子生徒がピンク色のビニール傘を差して立っていた。


 その紺一色の制服は、間近で見ても色気がまったくなかった。ブレザーと中に着ているベスト、そしてスカートまで同じ色だから、可愛い女子が着ても全然可愛げがないのだ。


 中学生の頃は、このださい制服を毎日着てたんだよな。卒業するまでは、自分の学校の制服のよさなんて考えたこともなかったけど、卒業してみるとよくわかるもんだな。


「弓坂、あれ」

「どうしたのぅ?」


 俺が人さし指で彼女を指すと、弓坂が「ああっ」と声をあげて絶句した。


「麻友ちゃんの、後輩の女の子だぁ」


 校門の傍で立ち尽くす彼女は、この間から何度か見かけていた、上月の後輩。


 弓坂の声が聞こえたのか、彼女も俺たちの存在に気づく。そして笑みのない深刻そうな表情で俺たちを見やった。


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