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第58話 悪魔の素顔

 昼飯を食べ終えて、四階のかったるい階段を山野たちと昇る。午後の授業なんて受けたくないけど、帰宅したい気持ちをじっと耐えるしかない。


「午後の授業、かったりいな」

「優等生のくせにふしだらな発言をするんだな」

「優等生って言うな」


 なんていう実のない会話をしていると、弓坂が階段の踊り場で横にくるりと一回転して、


「あたしもぉ、ヤガミンのおうち、行ってみたいなぁ」


 なんの脈絡もなく言い出したから、一瞬ドキッとしちまったじゃないか。


「えっ、俺んちに来たいのか?」

「だめぇ?」


 だめぇって、親に甘える五歳児みたいな感じで言われてもな。


 弓坂に来てほしいのは山々だが、女子ひとりを家にあがらせるわけにはいかないだろ。俺には妹原っていう本命がいるんだから。


 俺が返答に窮していると、山野が歩きながら腕組みして、


「弓坂も家に招待してあげればいいんじゃないか?」

「お、おいっ」


 お前が無責任な発言をしたから、弓坂が「わあ」って満面の笑みになっちゃっただろ。


「なんだ、上月以外の女子とふたりでいるのは不安なのか?」

「不安っていうか、そんなことしたら、また妹原に誤解されるだろ」

「それなら、上月も呼べばいいんじゃないか?」

「あっ、それでぇ、ヤガミンと麻友ちゃんは仲良しだぁ」


 おい、ふたりで勝手に話を進めるな! 上月とは国交断絶中だっつうの。


 山野も弓坂もいいやつらなんだが、ふたりして突拍子もないことを言って話を進めるから、唯一の突っ込み役である俺の負担が半端ないぜ。


 そんなやりとりをしている間に四階に到着する。階段の昇り口に、男女のカップルと思わしきリア充どもが会話しているのが見える。


 男の方は、壁際に追いやった女子に身体を傾けて、キザったらしく壁に手なんかついている。まるで中越みたいだな。


「なあ、麻友。最近冷たくねえか?」


 ――って、上月と中越じゃないか!


「うそぉ」


 弓坂も口に手をあてて、信じられないという顔をしている。山野は表情を変えていないが、目の前で繰り広げられている壮絶な光景に見入っていた。


「前はメールしたらすぐ返してくれたのに、今は全然返してくれないじゃん。俺、なんか悪いことした?」


 中越が爽やか度マックスの笑顔とさらさらヘアで問いかけるが、上月はじっと口を閉ざしてそっぽ向いている。先生に説教を食らっているときみたいに。


「俺、悪いことしたなら、謝るよ? 麻友のこと大好きだから」


 中越はさらに顔を寄せて甘い言葉を投げかけるが、おいおい。公衆の面前でよくそんな臭い台詞を吐けるな。


 俺もこれだけ自信満々に口説けたら、妹原の心をつかむことができるのだろうか。


 その後も中越がしつこく詰問したが、上月は指先ひとつ動かさないで、じっと我慢していた。昨日、妹原と弓坂に伝えたことを身をもって証明するかのように。


「麻友ちゃん……」


 弓坂の悲愴な声に、上月と中越が振り向く。そして上月と目が合うと、あいつは目を大きく見開いて、この世の終わりを目撃したかのような顔をした。


「は、はなれてっ!」


 上月が両手を突き出して、中越の胸を力いっぱいに押し出す。突然の行為に中越が尻餅をつく。


「おいっ! 麻友!?」


 上月はかなり焦っていたのか、教室のない方向へ走っていこうとしたが、途中で気づいて踵を返していた。


 教室へと走り去っていくあいつの背中に、中越の悲鳴が虚しく響く。


 あいつは、俺を見て焦ったんだよな。きっと……。


 中越は俺たちの痛々しい視線に気づいてもテンパったりしないで、すっとその場に立ち上がった。そして、落ちついた所作で尻についた埃を払い、


「ちっ」


 前に俺に放ったあのうざい舌打ちを、これ以上なく苛立った顔で放ちやがったのだ。


 その凶悪極まりない顔を見て、俺の選択に誤りがなかったことを確信した。こんな何を企んでいるかどうかもわからないやつに、上月を近づけてはダメだ。


「なかなか衝撃的なものを見ちまったな。いろんな意味で」


 中越が階段を降りていくのを見送って、山野が他人ごとのように言った。


「うん。……でもぅ、麻友ちゃん。あたしたちにぃ、見せてくれたんだね。昨日のこと」


 弓坂の少し悲しげな言葉に、胸が強く締め付けられる。


「八神。これでもまだ、あいつを許さないつもりか?」

「そんなこと言われたって、知らねえよ。あいつから、あ謝られた、わけじゃねえ」


 苦し紛れに返答すると、山野が俺に聞こえるように嘆息した。


「お前たちは揃いも揃って強情だな。だから気が合っているのかも知れないが」


 ほっといてくれ。俺だって、好きで強情になったわけじゃない。でもな、はいそうですかとあっさり引くわけにはいかないんだよ。


「これなら、あいつが苦労するのもうなずけるな」

「は? なんだよそれ」


 山野がメガネのブリッジを押し上げて俺を一瞥する。


「妹原もそうだが、お前も相当鈍感なやつだな」


 すたすたと階段を昇る山野の後を弓坂がつづいていく。


 この俺が、鈍感? そりゃどういう意味だよ。


 意地悪い上月の浅はかな考えなんて、俺はだれよりも先に看破している。ひとつの文脈すら間違えずに。


 それなのに、間違えてるのは俺の方だっていうのかよ。


「あれぇ? あそこにいんの、ライトっちゃんじゃね?」


 背後から桂に声をかけられて、振り返ると桂と木田がそこに立っていた。ふたりとも昼飯を食べ終わったばかりで眠たそうな顔をしている。


 木田が長い前髪を中越みたいに掻きあげる。


「きみは、お昼はいつも山野といっしょに食べてるんじゃなかったのかね?」

「ん、ああ。ちょっとな」

「ええっ、もしかして、けんかけんかぁ?」


 桂が間抜けな顔を能天気に近づけてくる。お前はほんと、いつ見ても幸せそうな顔をしてるな。


「んなわけねえだろ。もう授業はじまるから、教室に戻んぞ」


 俺は桂の顔を左手で押しのけて、木田と階段をあがった。


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