第56話 上月の後輩?
山野にうまく言いくるめられてしまったが、あいつの言うことはいつだって客観的で正論だ。
一日が経っても上月に対する怒りは治まらないけど、いつまでも意地を張っていてはいけないことくらい、俺だってわかっている。
だから、あとは適度な時間が経過するのと、会話するきっかけさえできればいいのだが、はて。都合よく流れを引き寄せることはできるのだろうか。
そんなわけで、今はあれこれと考えていても埒が明かない。よって今日は、ひたすら遊びたおして気分転換だっ。
「ほいじゃ、トップにライトっちゃん。ゲーセンに行っこうぜぇ!」
「はいはい」
帰りのホームルームの挨拶が終わるのと同時に桂がはじけ飛ぶ。それを俺と木田は冷めた目で見つめて、かなりのローテンションで返事する。
俺たちふたりも、こいつのようなアホ一門の門下生だと誤解されたらたまったものじゃないからな。だからここは冷めた反応で返すのが吉だ。
だがアホの桂はそんな俺たちの気持ちが理解できないのか、不思議そうに首をかしげて、
「あれぇ? ふたりとも、テンション低くねぇ?」
「そんなことねえだろ」
非常にぶっきらぼうな俺と木田を困惑した目で見ていた。
友達とはいっても、アホ一門に入門するわけにはいかないからな。桂よ、すまないな。
そんな非リア充を地で行く俺たち三人のわきで、帰り支度をしている上月に妹原が駆け寄っていった。
「麻友ちゃん。今日はいっしょに帰ろう」
「あ、うん」
音楽のレッスンがあるから、妹原はいつもひとりで帰っているが、今日は上月といっしょに帰るみたいだ。
俺たちが喧嘩していることを山野が……いや、弓坂だな。たぶん告げ口したのは。
今日の上月は明らかにテンションが低かったから、そりゃふたりとも気になるよな。
そんなことを考えると、また胸に棘が……いや、鋭く研ぎ澄まされたレイピアで刺し貫かれたような激痛がしてしまう。
これで妹原に嫌われたら、終わりだな。まあ、身から出た錆だから、もしそうなっても妹原を責めることはできないけどな。はあ……。
俺はやっぱりバカだ。木田と桂に悟られないように、俺はひとり項垂れるしかなかった。
* * *
その後、弓坂もふたりと合流して、女子三人で今日は下校するみたいだ。
俺は三人に気づかれないように、そして木田と桂にもバレないように、女子三人の少し後に自然な足どりで教室を出る。
こんなことをしているとストーカーみたいでかなり気持ち悪いが、それは許してほしい。妹原のこともあるし、そして何より昨日の一件があるから、上月のことがやはり気掛かりなのだ。
しかし喧嘩しても、俺は上月のことを気にしまくっているじゃないか。……不覚だ。最近いつも思ってることだが、不覚すぎるぞ。
様子を見るのは校門までだ。校門までは帰路が同じなんだから、そこまではいいだろ? いいよな?
だれに聞いているのかさっぱり意味不明だが、何も知らない木田と桂を連れて俺は校舎を出た。
「そして、私が華麗に打ち負かしたら、となりのやつがいきなりライドオンしてきやがって――」
木田のどうでもいいカードファイトの話を聞き流しつつ、前を歩く上月たちの様子を注視する。
だが上月たちは、話好きの弓坂を中心に学校の何気ない会話で盛り上がっているだけだ。他に変わった様子はない。
俺の悪口でも盛んに言われるのかと思ってたけど、そんなことはしないか。三人とも俺より大人だからな。
そっと胸を撫で下ろしていると、校門に他校の女子高生の姿が見えた。
その子は、紺のブレザーを着た、ショートカットの髪型の女子だった。遠くだから顔はよく見えないが、肌が健康的に日焼けしている。
この前から何度か見かけている子だな。たしか、駅の改札の前で上月と話していた。
「おい、ライトくん。あれ」
木田が話を止めて、俺の肩を叩いてくる。
「知ってるのか? 木田」
「知ってるのか、ではないだろ。あれは私らの中学の制服だろ?」
うちの中学の制服!? そうか。見たことある制服だと思ったら、あの紺色の少しも可愛げのない制服は、俺らの中学の制服だったのか。
おいおい、この間までその中学に通ってたのに、何をやってるんだ俺は。そんなこともど忘れちまうくらいに動揺してたのか。
その中学生の女子は、上月が通りかかると駆け寄って、上月に話しかけだした。遠いから会話の内容は聞き取れないが、真剣な顔で何かを訴えかけているような感じだ。
それに対して上月は、妹原と弓坂がいる手前もあるのか、なんだか迷惑そうに相槌を打っている。面倒な客のクレームを応対しているファミレスの店員みたいに。
うちの中学の後輩で、あんなに日に焼けてるということは、上月のサッカー部の頃の後輩だろうか?
俺は、あいつのサッカー部の知り合いのことなんて何も知らないから、あの子のことも当然だが全然知らない。黒髪で、目がくりっと大きくて、肌が白ければアイドルになれそうなほど可愛い子だが。
そもそも、上月がなんでサッカーを辞めたのか、それすら俺は知らないからな。
俺の死んだ母さんの話によると、上月はサッカーがすごくうまくて、なんでも男顔負けなくらいにレベルが高かったらしい。
小学校のときのクラブ? だかなんだかに所属していたチームでも、二年の頃から常にレギュラーだったらしいからな。
レベルの高さはいまいちよくわからないが、俺の母さんを毎週試合の応援に駆り出せるほどだったんだから、サッカーが相当うまかったのだろう。
山野は美容師になるためにバスケを辞めたって言ってたけど、上月もそういう理由があったのだろうか。
あいつの、サッカー以外の夢って、なんだ? 今から女子プロレスのジムにでも入団するんじゃないだろうな。
後輩の女子は顔を真っ赤にして、嫌がる上月をがんばって説得しているみたいだった。けど上月は、終始苦笑しているだけで、彼女をうまくあしらっているだけだった。
やがて諦めた彼女に上月は手を振って、妹原と弓坂をつれて校門に背を向ける。その姿を、後輩の子はしょぼくれた感じで見送っていた。