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第49話 中越への深まる疑惑

 上月の恋愛を止める気持ちは少し薄れたが、それでも中越に対する一抹の不安が消えることはない。


 校門で俺と対面したときの、中越のあの不遜極まりない態度が目に焼きついているから、中越のことを信用することができないのだ。


 あのひどい姿があいつの本性で、上月は悪い男に騙されようとしているんじゃないか。そんな疑惑と不安が俺の心から消えないから、どうしても上月を素直に応援する気持ちになれなかった。


 それを昼食の席で持ち出してみると、


「えっ。中越先輩ってぇ、そんなひどい人だったのぉ?」


 きつねうどんを食べる弓坂の顔がすぐに蒼白になった。


「ひどいやつなのかどうかはまだわからないけどな。あのときは、俺の態度が生意気だったから、向こうもムカついてたのかもしれねえし」

「でもぉ、後輩でもぉ、初対面の人に、そんなに冷たくするかなぁ」


 弓坂は箸を持つ手を止めて「ううん」と唸る。弓坂はいいやつだから、中越の冷たい態度に首を傾げたくなるんだろうな。


 一方、弓坂のとなりに座っている山野は、今日も人型ロボットのような表情で黙々とカツ丼を口から取り込んでいたが、


「お前は、その中越先輩とやらに喧嘩を吹っかけるようなことをしたのか?」


 いつもの冷静な口ぶりで俺に問い質してきた。


「まさか。俺がそんなことをするタイプに見えるか?」

「いや。どちらかというと、喧嘩を売られても脱兎のごとく逃げ出すタイプに見えるな」


 脱兎のごとくとかうまい表現を使うな。それじゃあ俺がただの意気地なしに聞こえるだろ。


「ええっ!? ヤガミンってぇ、中越先輩に喧嘩を売られちゃったのぉ?」


 ほれみろ。お前が気の利かせたことを言うから、弓坂が横でまた変なことを言いはじめちゃったじゃないか。


 ――というか、弓坂は俺らの話をちゃんと聞いていたのか? ここは脱兎というキーワードに反応する場面だぞ。


「俺は中越と一回もしゃべったこともねえよ。そもそもあんなやつがひと学年上にいたことすら知らなかったし」

「それはまあ、そうだろうな」

「だろ? それなのに、親切心でちょっと教えてやったら、あの野郎、まんまとシカトしやがったんだぞ。許せねえだろ、こんなの」

「いくらなんでも、シカトはひどいよねぇ」


 弓坂は苦笑してすぐに同情してくれる。空気を少し読めないところはあるけど、弓坂はやっぱりいいやつだ。


 山野は澄ました顔でカツ丼を食べ終わると、給湯器で汲んでおいたお茶に手を伸ばして一服した。


「八神の言葉を聞くかぎりだと、その中越先輩というやつは信用に値しないやつのようだな」

「そうだろ? ひでえやつなんだよ、あいつは」

「でもそれはあくまでお前の感情的な意見であって、先輩の正当な評価であるかどうかはまだわからない」


 なにっ?


「なんだよそれ。それじゃあ俺の言っていることが間違ってるっていうのか?」

「間違えているとは思っていないが、お前の感情にまかせた意見だけでは説得力が欠けていると言っているんだ」


 俺が不機嫌そうに反論しても、山野は歯に衣を着せないで言い返す。


「気に入らないな。じゃあ俺が、中越に難癖をつけてるっていうのか?」

「そういう風にも聞こえるということだ。傍から聞いたらな」


 山野は諭すように言うと、澄ました顔でお茶を飲み干す。となりであたふたしている弓坂には目も暮れずに。


 山野の見方は相変わらず客観的で、仲間に対しても容赦がない。俺としては不意の反撃を受けていじけたくなるが、山野の意見に一理あると思う俺も心のどこかにいる。


「だから、証拠を集めればいいんじゃないのか?」


 俺の気持ちを察して、山野がそんなことを言った。


「証拠?」

「そうだ。お前の裏のとれていない意見だけでは上月はおろか、俺や弓坂すら充分に納得させることはできないが、証拠があれば別だ。中越先輩がそんなに悪いやつなのだとしたら、少し調べれば悪評なんていくらでも見つけられるだろ」


 そういうことか。さすがは俺の作戦参謀だ。俺の心に広がっていた晦冥かいめいに一筋の光が差し込む。


「中越先輩の身辺から過去まで全て洗いざらいに調べて、証拠に裏づけされた先輩の正体を上月に突きつけるんだ。そうすれば、あの聞き分けの悪い上月だって観念するだろ」


 聞き分けの悪いは余計だろうが、山野の言葉は至言だ。テストの点数は俺よりはるかに悪いのに、お前はすごいやつだよ。


「俺もまわりのやつらに少し聞き込んでみたが、中越先輩はあまりいいやつじゃないみたいだぞ」

「は? ていうかお前、もう調べてたのかよ」

「調べるという程でもないけどな。気になったから、それとなく聞いてみたんだ」


 その口で、さっきは俺の意見が信用できないとか言いやがったのか。この捻くれ者め。


 山野はすっくと立ち上がると、トレイの両端をつかんで、


「お前だったら、ものの数秒で中越先輩の正体を暴くことができるだろ。じゃあ、そろそろ時間だから教室に戻るぞ」


 となりで茫然としている弓坂を促して、空の食器を乗せたトレイを返却口へと戻しにいく。


 その後ろ姿を眺めて、山野は怖ろしいやつだと思った。こいつはいつも悠然とかまえていながら、その裏で先を読んで、俺たちの気づかないうちに二歩三歩先を冷静に歩いている。


 態度があからさまでわざとらしい中越なんかよりも、山野の方がよっぽど怖い存在だと俺は思ってしまう。


 あいつが俺の恋敵なんかになってしまったら、俺はいくらがんばってもあいつに勝てないんじゃないだろうか。


 でも今は、悩める俺にそっとナイスな助言を与えてくれる。少し厳しいのが難点だけどな。


 俺の心の持つべきものは、友……いい友人、とはよく言ったものだ。


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