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第35話 雨の日のあと

「えっ、妹原に告白しちまったのか……?」


 翌朝。俺は昨日のことを山野と弓坂にざっくりと話した。それに対してすぐに声をあげたのは山野だった。


 朝の登校の時間だが、山野は八時すぎに登校してきた。一方の弓坂は登校するのがいつも早いから、人が少ないうちに話しておこうと思ったのだ。


「別に告白するつもりなんてなかったんだけどな。つい、その、勢いで……」

「お前なあ……」


 山野は机に肘をついて落ち込んでいる。表情はほとんど変わっていないが。かなり器用な落ち込み方だ。


「一ヶ月かけて妹原と少しずつ打ち解けて、さあこれからというところだったのに、お前はなんていうことをしてくれたんだ」


 山野には何から何まで協力してもらったから、たくさん文句を言われても仕方ない。本当にすまない。


「妹原に気持ちがバレちまったら、次の一手が打ちにくくなるんだぞ。……せっかくいい感じになってきたのに、お前というやつは――」

「わかった。この通り頭を下げるから、許してくれよ」


 俺は机に両手をつけて、風邪でがんがん痛む頭を下げる。


 実は昨日、あれから風邪をこじらせて、帰宅した後に熱が出てしまったのだ。


 それから朝まで風邪薬を呑んで寝込んでいたが、熱はまだ三十七度五分もある。


 一方の弓坂は、山野の後ろの席できょとんとして、


「雫ちゃんは、なんて言ってたのぉ?」


 昨日の動揺が嘘のように落ち着いているみたいだった。


「返事は聞いてないよ。怖くて逃げちまったからな」

「そうなんだぁ」


 弓坂はがっくりとうな垂れて、静かに顛末を受け入れてくれる。弓坂みたいな友達がいてくれて、俺はうれしいよ。


「だから、その、山野に弓坂も、すまねえな。色々と協力してくれたのに、全部無駄にしちまって」

「いや、それは別にかまわないが」

「そうだよぅ。またぁ、がんばればいいんだしぃ」


 ふたりともふたつ返事で許してくれる。本当にありがとな。


 山野は一休み入れるように嘆息すると、教室をさっと見まわす。


「それにしても、妹原はまだ来てないな」

「うん。いつもあたしより早く来てるのに」


 八時が過ぎたばかりの教室は登校しているクラスメイトが少なくて静かだ。それでも妹原はいつも八時くらいには登校しているらしいが、教室に妹原の姿は見えない。


 昨日の説得は、意味を成さなかったのか。そもそも説得なんて全くできていなかったから、あんなことで成功できるとは思わないのだが。


「上月もまだ来ていないみたいだが」

「あいつが来るのはホームルームのはじまる時間ぎりぎりだろ? そのうち来るだろ」

「そうだな」


 上月のあの泣き顔を見た後だから、顔を合わすのは気まずいが、昨日のことはちゃんと謝らなければならない。



  * * *



 しかしホームルームがはじまっても上月は来なかった。妹原ともども。


 ふたりとも体調不良で休みだと担任の松山は告げたが、妹原はともかく、上月は絶対にずる休みだ。


 あの野郎、人にはちゃんと学校に行けと言っておいて、自分は休むのかよ。俺はまだ熱が下がっていないっていうのに、這って登校してきたんだぞ。


 まさか裏切られるとは思っていなかったから、途端に謝る気がなくなってくる。これだったら俺も家で静養していればよかったぜ。


 しかし四時間目まで粘って授業を受けたので、今さら早退する気にもなれず、結局昼休みまで俺は学校に残った。


「八神、昼飯食べに行くか?」

「俺はいいや。ふたりだけで食べてきてくれ」


 四時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、俺は机に突っ伏す。山野にお昼を誘われたが、体調が悪いので昼飯を食べる気にはなれない。


「ヤガミン、だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ、だ。……なんとか」

「今日はぁ、もう帰った方がいいんじゃないかな?」


 俺も帰った方がいいと思っているが、せっかくお昼までがんばったのだから、あとわずか二時間の授業を残して早退するのは勿体ない気がする。


 明日から四日間のゴールデンウィークだし、妹原に振られたのがほぼ決定的となった今となっては、ゴールデンウィークの間ずっと寝込んでいてもかまわないわけだ。


「俺のことは気にしないで、ふたりで昼飯食ってきてくれ」

「そうか」

「ヤガミン、無理しないでねぇ」


 机に伏したままふたりを見送って、一体何をやっているんだかな、と思う。


 入学してから山野や弓坂の力を借りて、妹原一筋でがんばってきたのに、ゴールデンウィークは結局風邪で寝込んで寂しい連休を過ごすのだ。


 上月とも衝突したから、ゴールデンウィーク中はきっとうちには来ないだろう。そもそも家族で旅行に行くかもしれないから、けんかしていなくても連休中に会うことはないかもしれないが。


 俺だって下手なりに一応がんばっているのに、どうしてこんなに空回りするんだろうと思う。ビギナーズラックなんていうしょうもない言葉を発案したやつを殴り飛ばしたい気分だぜ。


 ゲームやアニメの世界だったら、作者やプレイヤーの都合よくストーリーが進行して、いくら可能性の低いふたりでも恋愛が成功するのかもしれないが、現実はそううまくいかないわけで。


 そう思うと、アニメの二次元キャラとかアイドルにはまる男たちの気持ちが、なんだかわかる気がする。現実ではどうしても叶わないから、二次元キャラに恋をしてしまうんだ。


 ……わかる。今だったら痛いほどよくわかるぜえ。なんていうことをぼんやりと考えていたら体調がさらに悪化してきたから、今日はもう早退した方がいいかもしれない。


 仕方ない。じゃあ職員室に行って、担任の松山さんに早退を告げてくるか。――そう思って席を立ったときだった。教室の前の扉が不意に開いたのを見て、俺は目を疑った。


 妹原だった。彼女が学生鞄を肩に下げて登校してきたのだ。


 ……親に許してもらって、学校に来ることができたのか。そうか。よかった。


 でも、ほっとするのも束の間で、次には告白してしまったことが脳裏からよみがえって、顔が赤くなってくる。


 妹原は俺と目が合うと、気まずそうにうつむいて自分の席に着く。鞄を机のフックにかけると携帯電話をとり出して、液晶画面をしばらく眺めていた。


 だが二つ折りの白の携帯電話をぱたんと閉じると、意を決したように立ち上がって、俺の方に歩いて……ななっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ、心の準備が――。


「八神くん」


 妹原のか細い声が鼓膜に鮮明に響く。


「昨日、あれからお父さんにお願いしたら、許してくれたの。仕方ないから、学校に行きなさいって」


 そうだったのか。ということは、俺の無謀な突撃は奇跡的に功を奏していたのか。


「友達と遊ぶのは控えるようにって、釘を刺されちゃったけど、八神くんや麻友ちゃんと話をするのはいいって、言ってくれたから。だから、ありがとう」

「あ、ああ」


 いや、そんな。俺の方こそ妹原の音楽の夢を邪魔してしまって、申し訳ないと思っている。


 妹原の親父さんにはひどい文句を言ってしまったから、もう一度家に行ってちゃんと謝りたいが、俺なんかが顔を見せてもあの人は喜ばないだろうな。


「それにね、わたしはわかってるから」


 ドキッ。話の脈絡のない切り返しに心臓が跳ね上がる。


「な、何が、わかってるんだ?」


 ついに振られてしまうのか。妹原の口から正式に、あなたはただの友達でしかないと。


 妹原は教室を見渡すと、他の生徒が聞き耳を立てているのに気づいて俺にそっと顔を近づける。そして、聞き取れないようなかすかな声で、


「八神くんが本当に好きなのは、麻友ちゃんだってこと」


 ……は?


「八神くんは、お父さんを説得しようと思って、あんな風に言ったんでしょ? 初めて聞いたときには驚いちゃったけど、でも八神くんは優しい人だから、わざと嘘をついてお父さんを納得させようと思ったんでしょ」


 ちょっと待て。なんだ、その訳のわからないシナリオは。そんなまわりくどいシナリオを一体だれが考えたんだ?


「いやいや! ちょっと待て妹原。それは誤か――」

「ううん。だいじょうぶだから。わたしはふたりを応援してるから」


 そうだった。妹原は俺が上月のことを好きなんだと勘違いしているんだった。焦りすぎていたから、すっかり忘れていた。


 妹原はまた教室を見渡すと、両手を小さくにぎりしめてぎこちなくガッツポーズをする。応援してくれているつもりなのだろうが、その純粋さがとても悲しくなってくるぞ。


「そういえば、麻友ちゃんと未玖ちゃんは今日は学校に来ていないのかな? メールたくさんもらったのに全然返信できなかったから、謝りたかったんだけど」


 妹原は俺に満足したのか、もう上月と弓坂に意識が向いている。彼女が無事に学校に来れたのは嬉しいが、これでは振られる以前の話だ。


 妹原……そりゃないぜえ。


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