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第32話 妹原がいなくなってしまった訳

「実は、妹原さんのご両親から学校に苦情が届いたのよ」


 苦情? なんの話だ? 


 妹原の体調が悪化した原因を学校になすりつけようとしているのか?


 松山はまだ言うべきか迷っているのか、俺から目を逸らして言葉を選んでいる感じだった。


「ええ。……うちの高校に入ってから、妹原さんが音楽のレッスンをさぼるようになったから、しばらく学校には行かせられないって言うのよ」


 なんだって!? あの真面目な妹原がレッスンをさぼっているだって。そんなバカな!


 あまりに予期していない事実を知った上月も、唖然と言葉をなくしている。いつも毅然としているのが嘘のように。


 でも、俺もきっと同じ表情になっているんだろうな。


「妹原さんのご両親が言うには、娘が悪い友達にそそのかされているから、レッスンをさぼるようになってしまったみたいで」


 えっ。それって、つまり……。


「うちのクラスのだれかが娘をそそのかしているんじゃないかって、妹原さんのご両親は思っているみたいなのよ」


 そんな……。


「勿論、先生だって反論したわよ。うちの生徒にかぎって、そんな悪さをはたらくはずがありませんって。でも、妹原さんのご両親も全然聞いてくれなくて」


 そんなの、ありかよ。


 妹原を頻繁に連れまわしているのは、俺たちだ。土曜日にボーリングをしに行って、カフェに行って、学校帰りにゲームセンターに行って。


 そして一昨日の月曜日には、みんなで遊園地で思いっきり遊ぼうと計画していたんだ。


 妹原は、上月や弓坂からのメールを無視してたんじゃない。連絡するのをきっと親から禁止されていたんだ。


 まわりの凍りついた空気が一斉に割れ落ちるような、愕然とした感覚が心を支配する。


 俺は、なんていうことをしてしまったんだ。己の欲望を満たすことしか考えられずに、恣意を彼女に押しつけて、とんでもない失態を犯してしまった。


 そうか。だから妹原は危惧していたんだ。こうなることが容易に想像できたから。


「八神くん?」


 ああ、妹原。すまない。


 俺たちの、いや俺が変な気を起こしたせいで、妹原に迷惑をかけてしまったんだよな。


「八神くん、ちょっとぉ!?」

「透矢! 何ぼけっとしてんのよ!? 透矢ってば!」


 そうだ。きっとそうだ。だからこれは、俺がなんとかしなければならない。


「先生」


 俺が言葉を発すると、上月て松山がなぜか怯えるようにビクっと反応する。


「な、何? 八神くん」

「妹原の家を、教えてくれ」

「……へっ?」


 わざとらしく身体を仰け反らせる松山の肩を、俺は力いっぱいつかんだ。


「妹原の住所を、俺に教えてくれ!」



  * * *



 それから大急ぎで学校を飛び出して、今は県道沿いの通学路をひた走っている。止めようとした上月を振り切って。


 我ながらかなり先走った行動をしていると思う。これから妹原の家に押し入って、親に謝罪と弁解をしようというんだからな。


 でも、そもそも俺が妹原に近づこうとしなければ、こんな問題は起きずに済んだんだ。だから、悪いのは俺なんだ。


 妹原の家は学校から徒歩で十五分くらいの場所にあるから、走れば十分くらいで着くはずだ。


 妹原の親に会ったら、なんて謝罪すればいいのだろうか。二、三発殴られるのは覚悟した方がいいのだろうか?


 これから自分が行おうとしていることが、妹原や学校にどれだけの影響を与えてしまうのかすら、わからない。こんな無責任な考え方で謝りに行っていいのだろうか。


 でも、俺のせいでこんなことになってしまったんだから、俺が責任をとらなければいけないんだ。


 松山から教えられた道案内に従って、大型のスーパーが隣接する交差点を右折する。空はぶ厚い雨雲が敷き詰められているから、まだ夕方でもないのにかなり薄暗い。


 朝の天気予報はチェックしていなかったけど、夜は雨が降るかもしれない。


 しかし折りたたみ傘なんて、当然ながら用意していない。そんなことに気をまわす余裕はなかったから。


 雨が降る前に平穏無事で帰れるだろうか。


 中央線のない狭い道に入り、閑静な住宅街に差しかかる。この道をしばらく進み、いくつかの交差点を曲がれば妹原の家に着く。


 合間にスマートフォンの地図を表示するアプリケーションで現在地を確認する。住宅街は目印がないから、道が合っているのかとてもわかりにくい。


 何回も道に迷って、家々につけられている住居表示の看板と妹原の住所を突き合わせながら走ること数十分。


 妹原の家にたどり着くことができた。


 家は、白を基調としたデザイナーズハウスだった。日本の標準的な家屋ではなくて、ヨーロッパの西部に建っていそうな斬新な建物だ。


 二階建てで、壁は新雪のような純白だ。新築なのだろうか、建ててまだそれほど月日が建っていないような気がする。


 門はなく、玄関は正面の五段の小さな階段を上がった先に見える。恐る恐る玄関に上がると、扉の左に「妹原」と書かれた表札が貼り付けられていた。


 どうする? 俺なんかが本当に妹原の親に会ってもいいのか?


 表札の近くに、どこのうちにもついていそうなインターフォンがあるから、そのボタンを押せば妹原の親が出てくるだろう。


 どうする? この丸いボタンを押してしまってもいいのか?


 早くなっていた心臓の鼓動が最高潮に達する。胸に手を当てなくても、全身の血管にものすごい速さで血が流れているのがわかってしまう。


 ええい! ここまで来て今さら何を迷う必要があるんだ。ちょっと顔を見て、一言挨拶して、深々と頭を下げるだけじゃないか。その程度のことで怖気づいてどうするんだ!?


 押せ。そのボタンを早く押すんだ。


 俺は二度深呼吸をして、丸まった背筋をぴんと伸ばして、インターフォンのボタンを人さし指で押した。


 妹原の家の中にチャイムが鳴り響いているのが外から聞こえてくる。


 そして、十秒くらいの間があったのだろうか。しばらくしてインターフォンのスピーカーから、ガチャっと応答が返ってきた。


『はい。妹原ですが、どちら様ですか?』


 ……がんばるんだ、俺。

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