第30話 妹原の行方は
妹原の欠けた四人で遊園地には入れないので、「今日は出直そう」という山野の提案に異をとなえるやつはひとりもいなかった。
お昼をすぎたので、近くのファミレスで昼食をとることにしたが、みんな表情が暗くてろくに言葉を発しないものだから、ファミレスの席はお通夜みたいに静かだった。
それでも大して弾まない会話を二つくらいして、なんの盛り上がりもないまま俺たちは帰路についた。
「雫、どうしたんだろう」
山野、弓坂と別れて、上月とふたりでマンションに向かって歩く。まだ午後二時をすぎたところだが、どこにも遊びに行く気分になれない。
「考えられるとしたら、急に具合が悪くなっちまったことくらいしかないよな」
「うん」
「でも、妹原だったらきっと、どんなに具合が悪くてもお前や弓坂に連絡するよな」
「うん」
だめだ。意味はないとわかっているはずなのに、妹原が来ない理由をあれこれと考えてしまう。
妹原、なんで今日は来てくれなかったんだ。たのむから教えてくれよ。
上月も最初は俺に八つ当たりしたり痩せ我慢をしていたが、今は返事がか細くなっている。妹原のことがよほど心配なんだろうな。
でも心配なのは俺も同じだ。あり得ないとは思うが、妙な事件に巻き込まれていなければと思う。
「まあ、明日は普通に学校があるから、直接本人に聞いてみよう。きっと俺たちの知らない、全うな理由があったんだろうからさ」
「うん……」
そう言ってマンションのエレベーターで上月と別れた。
* * *
だが翌日、妹原は学校にも来なかった。
朝のショートホームルームの出欠席の確認では、妹原は体調不良で欠席していると担任の松山から告げられた。
「妹原は本当に風邪引いて寝込んじまったのか?」
「さあ、それはどうだろうな」
休み時間に俺が思わず声をあげると、それに反応するように後ろの席から意味深な応答が返ってくる。
「じゃあ妹原が嘘ついて学校をさぼってるっていうのかよ」
俺がすかさず突っ込みを入れると、山野はいつもの表情のない顔で俺を正視して、
「俺も妹原がそういうことをするやつじゃないと思っているが、ついこの間まで元気だったらしいからな。少し妙だと思わないか?」
「あのなあ」
そうじゃないと言っておきながら、やっぱり妹原のことを疑っているんじゃないか。
「俺やお前と違って、妹原は真面目なんだぞ。それなのに、妹原が嘘ついて学校をさぼるわけねえだろ」
「いや、それはわかっているが、しかし――」
「ならお前は、妹原が昨日、体調不良を理由に俺らの約束をすっぽかしたと言いたいのか?」
「それは……」
いつも冷静な山野が言葉を詰まらせる。
「俺は、妹原がそんなことをするやつじゃないと思ってる。それは、上月と弓坂も同じなはずだ。だから、余計な言葉で俺の気持ちを掻き回すのはやめてくれ」
山野もよかれと思って、あらゆる可能性を模索してくれているのはわかっている。けれども、それでも妹原を疑いたくはない。
俺がはっきりと伝えると、山野はいつもの表情のない顔のまま「わかった」とだけ言って引き下がった。……山野、すまないな。
「弓坂、妹原から何か連絡はあったか?」
俺が声をかけると、スマートフォンの画面を見ていた弓坂が困り果てた面持ちで、
「ううん。雫ちゃん、あたしの電話に出てくれないの」
今にも泣き出しそうな感じだった。
「昨日はあれから電話したのか?」
「うん。……夜に、一回だけ」
夜に電話しても出てくれないのか。一体どうなっているんだ。
「でもね、あんまり何度も電話するのは、迷惑かなって思うからぁ、今日は電話しないで待ってるんだけど、メールも何も来なくて……」
弓坂も彼女なりに気遣いをしてるんだな。そう思うと余計に不憫だ。
「ヤガミン、あたし、雫ちゃんに嫌われちゃったのかなぁ」
「いや、そんなことはない。きっと何か訳があるんだ」
「訳……?」
弓坂の悲しそうな顔を見るのは辛い。俺は窓の景色に視線を向けて頬を掻いた。
朝の校庭には、体操着を着たどこかのクラスの生徒たちが思い思いにおしゃべりしている。パンツの色が赤いから、きっと二年生だろう。
普段だったら、朝から体育なんて、かわいそうなやつらだなと余計なことを考えているところだが、今日は全然そんな気分になれない。
「ねえ、ヤガミン」
「なんだ? 弓坂」
「うん……」
弓坂が思いつめた様子でうつむく。
「今日は、雫ちゃんから電話が来なかったら、あたしからまた電話してみた方がいいかなぁ?」
これはなかなか判断しづらい問いだ。
上月からも妹原に電話やメールをしているはずだから、何度も連絡するのはあまりよくないと思う。
なら今日は電話しないで、様子を見た方がいいのではないだろうか。そんな気がする。
「今日は電話しないで、様子を少し見てみよう。妹原から電話が来るかもしれないしな」
「うん、わかったぁ」
弓坂はほっとした感じでこくりとうなずいた。