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第29話 遊園地アプローチ作戦を決行したが

 今週の退屈な授業が終わり、遊園地に行く日がやってきた。


 事前に山野から伝えられた予定表によると、今日は十一時に遊園地の前で集まって、園内で一日を過ごすことになっている。


 最初は五人でジェットコースターや船の形をしたアトラクション――正式名称は知らない――などの定番なアトラクションを楽しみ、飽きた頃にお化け屋敷に入って別の恐怖を堪能して、後半は観覧車などでまったりするプランを予定しているようだ。


 観覧車では、妹原とふたりきりになれるチャンスがあるかもしれないな、と山野が含みのある言葉を残していったが、好きな子と観覧車でふたりきりだなんて、そんなのもう想像しただけで鼻血が出まくりで、出血多量で死んでしまうじゃないか。


 夕暮れの寂しさが少し残る観覧車の中で、向かいに座る妹原が恥ずかしそうにしていて、でも何か話をしたいから、俺にかける言葉を必死に探していて――だめだ。これ以上は俺の恋愛脳の限界値を超えてしまうから、妄想することができない。


 そんなこんなで昨日はろくに睡眠をとれず、眠気を振り切って家を後にした。


 遊園地の最寄り駅は、電車で四十分ほど乗車した先にある。途中でJRに乗り換えるだけの簡単な乗車ルートだ。


 しかしゴールデンウィークの前の連休だけあって、車内は満員電車のように混み合っている。


 どいつもこいつも連休で浮かれやがってと舌打ちしたい気分だが、俺も連休で浮かれている野郎なので、文句を言うのは筋違いだ。


 酸素の薄い電車から押し出されるように駅を降りて、カップルや家族連れであふれる道を歩いていくと、視界の向こうに映る遊園地がぐんぐんと近づいてきた。


 あの向こうに妹原が待っているのかと思うと、まずい。さっきまで平静を保っていた心臓の鼓動がみるみる早くなってくる。今日という一日を無事に過ごすことはできるのだろうか。


 今から弱気になってどうする!? しっかりしろ!


 震える心を叱咤して遊園地の入り口に向かうと、チケット売り場の前で妹原以外の三人が待っていた。


「あっ! ヤガミン」

「おっす」


 笑顔を向けてくれる弓坂に挨拶して、さり気なく合流する。もう一度見回してみたが、妹原だけはまだ来ていないみたいだ。


「妹原は?」

「雫ちゃんは、まだ来てないよぉ」


 妹原の到着が一番遅いなんて、珍しいな。といっても、まだ集合時間の十分前だから遅刻ではないが。


「きっと電車が遅れてるんだろう。ゴールデンウィークの前半だけあって、今日は車内が混んでたからな」


 山野がメガネのブリッジをくいっと押し上げて、いつもの分析家のような口調で洞察する。そうやっていつでも冷静でいられるお前がうらやましいよ。


「遅刻魔のあんたじゃないんだから、雫ならすぐに来てくれるわよ。うだうだ言ってないで、そこで座って待ってなさいよ」


 上月はスマートフォンをいじりながら悪態をつくが、遅刻魔で悪かったな。まあ反論の言葉は何ひとつとして浮かばないけどな。


 でも上月の言う通り、妹原は真面目なやつだから、万が一にも遅刻することはないだろう。そう思って俺も左のポケットからスマートフォンをとり出して、インターネットの画面を開いた。



  * * *



「遅いなあ。雫。何やってるんだろ」


 それから三十分が経過して、集合時間の十一時から二十分が過ぎたが、妹原があらわれない。


 上月がスマートフォンを操作する手を止めて、駅の方に目を向けるが、向こうからやってくるのは顔の知らないカップルや家族連ればかり。妹原の姿はどこにも見えない。


 仏頂面の山野も珍しく眉をひそめて、


「電車が遅れているにしては妙だな。何かトラブルでも起きたのか?」


 なんていうことを言うから、いよいよ妹原のことが心配になってきた。


「トラブルって、なんだよ。たとえば」

「たとえば? そうだな。人身事故に巻き込まれたとかか?」


 人身事故か。その可能性は否定できないな。そう思い、スマートフォンで電車の運行情報を検索してみたが、電車はどの線も平常通りに運転している。ダイヤの乱れも起きていない。


 電車の遅延の可能性が否定されたとすると、次に疑うべきは、妹原に今日のことがちゃんと伝わっているかどうかだ。


「ちなみにだが、弓坂」

「なあに? ヤガミン」

「いや、その、弓坂を疑うようで悪いんだが、今日のことは妹原に伝えてる、よな?」


 すると弓坂が困惑するより早く上月が俺をにらんできた。


「あんた、未玖を疑ってんの?」

「疑ってねえよ! 確認だよ。念のための」

「嘘ばっか。あんたさっき、疑うようで悪いんだがって言ったじゃない」


 上月が不機嫌さを募らせて、捲し立てるように俺に八つ当たりしてくる。だが苛立っているのは俺だって同じなんだ。


「やめろ。こんなときに喧嘩するな」


 山野がすかさず仲裁に入ったので、上月はそこで口を止めたが、ぷいっとそっぽを向いて悪態をつきやがった。


 見かねた山野が「ふう」と嘆息する。


「上月がここに来てるんだから、妹原に伝え忘れているのは考えにくい。しかし、可能性をひとつずつつぶしていこうとする八神の考え方も間違っていない」


 その通りだ。俺は妹原が来てくれない原因をつぶしていきたかっただけだから、断じて弓坂を疑ってなどいない。


「だが、念のために弓坂に確認しておこうか。妹原にはちゃんと伝えたんだよな?」


 顔の青くなっている弓坂は、「うん」とか細い声でうなずいて、


「麻友ちゃんと、三人でいるときに、ちゃんと伝えたから……」


 そうだよな。弓坂がそんな失敗をするわけないよな。弓坂、すまない。


「じゃあ、もう妹原に電話してみるしかないか。だが俺と八神は妹原の電話番号を知らないから、悪いが弓坂からかけてくれないか?」

「うん、わかったぁ」


 弓坂がスマートフォンを人さし指で操作して、妹原に電話をかけるが、


「だめ。雫ちゃん、電話に出てくれない」


 一分くらい電話をかけても妹原の携帯電話にはつながらないみたいだった。


 妹原はどうして来てくれないのだろうか。それとも、妹原の身に何かあったのだろうか。


 真面目で友人想いの妹原のことだ。当日にドタキャンなんてするわけがないし、仮に別の用事ができてしまったとしても、妹原だったら事前に伝えてくれるだろう。


 しかし、上月や弓坂にすら何も連絡がいっていないらしい。かといって電車が遅延しているわけでもない。


 だとすると、他に考えられるのは、急に風邪でも引いてしまったことくらいだろうか。


 だが弓坂の話によると、一昨日の土曜日に上月の家で例のクッキー女子会を開いたらしいのだが、妹原は元気だったみたいだ。しかも今日のことを心待ちにしていたらしい。


 考えれば考えるほど、わからなくなってくる。じゃあなんで妹原は来てくれないんだ?


 それから妹原に電話やメールを打ちつつ、一時間待ってみたが、妹原は結局あらわれなかった。

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