第25話 八神くんは麻友ちゃんのことが好き?
「ほら」
かろうじてゲットできたレトリバーのぬいぐるみを妹原に差し出す。こういうのって、照れくさいよな。
「ありがとう」
妹原も恥ずかしそうだったけど、受けとってくれた。こんなことでもよろこんでくれるのだろうか。
ずっと立っているのも微妙だから、どこかに座ろう。
エレベーターの近くに休憩できるスペースがあったので、そこの空いているベンチに妹原をエスコートして、俺もとなりに座った。
いっしょにベンチで座っていると、なんかカップルみたいだ――なんていうことを思うとまた緊張してきた。
「ゲーセン来るのは、初めてなのか?」
「うん」
「そっか」
そっか、じゃねえよ。早くも会話が終了しちゃったじゃないか。
「女子はまあ、アレだよ。ゲーセンには、あんま行かないから」
「うん」
だめだ。話題を広げようにも技術力が絶対的に足りていないから、会話が全然広がらない。話題のつくり方を山野に聞いておけばよかったな。
無言の空気に早くも押しつぶされそうなので、店内を意味もなく見まわしてみる。エスカレーターの付近で、山野が弓坂に教えられながらゲームをやっていた。……あいつ、本当にゲームやらないんだな。
しかもやっているのが格闘ゲームとかではなくて、男があまりやらなそうな、お菓子を落とすゲームだったが、お前はそんなに小腹が空いているのか? ――と心の中で無駄に突っ込みを入れていると、
「八神くんは、こういうところにはよく来るの?」
妹原に気を遣われてしまった。
「あ、ああ。たまに、その、同中のやつらと」
「そうなんだ。さっきも未玖ちゃんと楽しそうにゲームしてたもんね」
弓坂に全敗したところを見られていたのか。
「まあ弓坂と対戦して、ぼろぼろに負けちまったけどな」
「ふふっ、未玖ちゃんって本当にゲーム上手なんだね」
そう言って妹原が口に手をあてて、くすりと笑って――おっ、微妙に受けてる、のか? ならば、この線で攻めるしかない。
「ああそうだよ。もう、うまいっていうレベルじゃないぜ。神だよ。あそこまでいくと」
「神って、ゲームの神様ってこと?」
「そうそう。ゲームマスターの俺よりうまいんだから、弓坂はもう人智を超えた神様、すなわちゲーム神だ。ああ俺も、弓坂の力にあやかりたいぜ」
「なにそれっ」
俺が適当にふざけてみたら、妹原がまた笑ってくれた。ああ、なんかいい感じかもしれない。
妹原はしばらく屈託のない笑顔で笑っていたが、気持ちが落ち着いてくるとうつむいて、いつもの遠慮しているような顔に戻った。
「八神くんは、いいなあ。だれとでも仲良くなれて。未玖ちゃんも山野くんも、八神くんといると楽しそうだもん」
そうなのか? 上月と弓坂の女子三人でいるときだって、充分に仲良さそうだったけど。
「わたしは、音楽しか知らないから、友達といっしょにこういうところに来ても、どうしたらいいのか全然わからないし、いても迷惑をかけるだけだから」
妹原はやっぱり、有名人なんていう言葉とはかけ離れた女子なんだな。となりで耳をかたむけていてそう思った。
学校できっと一番なんじゃないかと思うくらいに有名なのに、調子に乗ろうとか、目立とうという考えはこれっぽっちもなくて、いつもまわりのことばかり気にしている。
俺や山野なんて、妹原からしたら顔と名前が一致しない、どこにでもいるクラスメイトAとBでしかないんだから、引け目なんて感じる必要はないのにな。
でもきっと、俺や山野では感じられないような悩みや不安を、妹原は抱えてるんだよな。でなければ、こんな憂いを帯びた表情にはならないよな。
「妹原は、数Iの授業の前に、ちやほやされるのは嫌だって言ってたけど」
思い切って話を切り出してみると、妹原がはっと顔をあげて俺の方を向いた。
「人から期待されるのって、そんなに怖いのか? 俺は妹原みたいに多くの人に注目されたことはないし、人前で演奏なんかもしたことないから、全然わかんねえけど」
少し棘のある言いまわしになっているかもしれないけど、許してくれ。
かなり突拍子もない質問だったのか、妹原はしばらく困惑している様子で俺を見てたけど、やがて何かに観念するように自嘲した。
「この前、テレビで生演奏したっていう話をしたでしょ。わたし、そのときの記憶が全然ないの」
「全然……?」
「うん。スタジオで演奏するときはすごく緊張するから、いつもそうなんだけど、収録のときは失敗しても録りなおしができるから、まだかろうじて平気なの。だけど、生演奏はだめ」
妹原がぬいぐるみを両手でぐっとにぎりしめる。
「収録の時間になって、カメラの前に立った瞬間、頭が真っ白になって、全身から汗が噴き出るくらいにふるえた。まわりにはスタッフの人や芸能人の人たちがたくさんいたんだけど、顔なんて見れる余裕がなくて。……たおれるかと思った」
生演奏って、そんなに緊張するのか。
「後でクラスの友達から、わたしの演奏を見たって聞いて、心臓がはち切れそうだった。演奏は、無事にこなしてたみたいだったけど、細かいところできっとたくさん失敗してたんだと思う。うちに帰ったら、お父さんにいっぱい怒られたから」
それでテレビ出演の話をすると嫌そうな顔をしていたのか。
「だから、テレビに出るのは、怖い。お父さんも、やっとわかってくれたから、最近はテレビ出演を断ってくれてるみたいだけど、また出ろって言われたら、どうしよう……」
そうだったのか。
テレビに出れるなんて、すごい。うらやましいって思っていたけど、実際はそんな単純な話じゃないんだな。
親がオーケストラ奏者で、幼稚園の頃から英才教育を受けていて、音楽の類い稀な才能で有名人になっても、得られるのは周囲の過剰な期待と緊張の瞬間ばっかりで。そんな生活って、改めて考えたら幸せなのだろうか。
上月は、妹原のことをベタ褒めした俺に向かって、「きもい」と一言で切り捨てていたけど、妹原のそんな気持ちにあいつは気づいていたのだろうか。そう思うと、返す言葉が喉につっかえてしまった。
* * *
「八神くんは、麻友ちゃんと仲いいよね」
会話が途切れて数分経ったころに、妹原が突然こんなことを言い出したので、一瞬ドキッとしてしまった。
「そんなことは、ねえよ」
「そうなの? でも、山野くんと接しているときと、八神くんと接しているときの麻友ちゃんは、感じが全然違うから」
そうだったのか。まさかと思うが、今回の作戦は妹原に気づかれているのではないだろうな。
妹原はうつむいて、両足のつま先で床を何度か叩いて、
「山野くんは昔からの友達だって、麻友ちゃんが言ってたけど、山野くんと接しているときは、少し無理してる感じがするの。がんばって話を合わせて、場をつなげてるような感じがして。……山野くんも、そんな感じだった」
やっぱり、完全に感づかれているな。でも俺がきみに近づくためだから、とは口が裂けても言えないわけで。
「八神くんのことは、麻友ちゃんは何も言ってなかったけど、ボウリングのときとか、八神くんが投げるのを麻友ちゃんは嬉しそうに見てた。八神くんも、わたしや未玖ちゃんと話をするときより、麻友ちゃんといっしょにいるときの方が自然な感じだったから、本当はすごく仲がいいんじゃないかなって、思って」
妹原はすごいな。何気なく出ている素振りをしっかりと見抜いていたんだ。妹原はずっと静かにしていたから、気づかれているなんて俺は夢にも思わなかったけど。
妹原は足を止めると、俺を下からのぞきこむように見上げて、
「八神くんは、麻友ちゃんのことが好きなの?」
……な! んだとっ!?
「バっ! そ、そんなこと、あるかよっ」
あまりに衝撃的な言葉だったから、気が動転してバカと言い放つところだった。
動揺しながらも全力で否定したが、妹原は『えっ、違うの? 嘘でしょ』という顔をしている。
まさか好きな子からそんなことを言われるとは、思いもしなかった。なんか、かなりショックだ。
「あいつは家が偶然近いだけの、ただの幼なじみだ。だから、別に好きじゃない」
「そうなの?」
「ああ。隠してもしょうがないから、言っちまうけど」
「そうだったんだ」
妹原はどうやら納得してくれたみたいだけど、変な誤解を与えないようにしなければ。
「大体あいつは、なんとか川っていうサッカー選手みたいのが好みらしいから、俺みたいなヘタレは絶対に好きにならねえよ」
「そうなのかな。麻友ちゃんも、八神くんのことが好きなのかなって思ってたけど」
いやいや。それは天地がひっくり返ってもあり得ないだろ。
「わたしは、ふたりがすごくお似合いだなって思ってたんだけどなあ」
「いやいや! だから、それは絶対にあり得ねえって! 妹原には悪いが、あいつだけはマジでごめんだからな」
「ええっ、どうして? 麻友ちゃん、すっごく可愛いのに」
「いや、妹原がいくら薦めても、あいつだけはダメだ。天地がひっくり返っても、空から超巨大隕石が大量に降り注いできてもダメだ」
「ええっ!? そんなにダメなの?」
妹原はどうやら俺と上月をくっつけたがっているらしい。どうしてかはわからないが。
俺は妹原のことが好きなのに、これでは間違っても告白なんてできないじゃないか。……そりゃないぜ。