第24話 黎苑寺のゲームマスターVSダークホース
山野の気の利いた計らいで、その日の帰りに駅前のゲームセンターに行くことになった。親睦会のときのあの五人で。
山野が何故舞台にゲームセンターを選んだのか知らないが……フッ。きみは本当にいい友人だよ。
ゲームはまさに俺の得意分野だからな。
妹原と弓坂はゲームなんて絶対に無縁だろうし、上月もゲームは超弩級に下手だ。あいつは運動神経は超絶に優れているのに、機械がからむと途端に苦手になるのだ。
そして山野もロボットみたいな性格なのに、「俺はゲームはほとんどやらない」と負けたときの保険を早速かけていたからな。この辺りで俺の本領を発揮しなければなるまい。
というわけで、下校してから駅前のゲームセンターへと向かった。
「わあ、ゲームセンターなんて来るのひさしぶりぃ」
ゲーセンに着くなり弓坂が子供みたいなことを言ったので、となりの妹原が苦笑した。
「未玖ちゃんはゲームやるの?」
「うん。あたし、けっこう上手だよぉ」
けっこう上手、か。
残念だが、弓坂の言う『上手』と、俺の想像する上手はきっとレベルが三十くらいかけ離れているんだろうな。
でも俺は紳士だから、大事な女友達にレベルの違いを見せつけるようなことはしないぞ――と店の入口でにやついていると、
「ずいぶんうれしそうね」
上月がすかさず察知して侮蔑の眼差しを向けてきた。
「うるせえな。いいじゃねえか。ゲームは好きなんだから」
「ふん。別にどっちでもいいけど」
上月は吐き捨てるように言うと、すたすたと店内に入っていった。土曜日のこと、まだ怒っているのか?
しかし気分屋の上月の機嫌が悪くなるのはいつものことなので、放っておいて俺も店内に入ろう。
今日の第一目的は妹原の悩みを聞くことだが、いきなり妹原を攻めたら直球すぎるので、まずは適当にゲームをしていろと山野から言われている。なので適当に遊べる台を探しているのだが、どれがいいだろうか。
格闘ゲームか? それともパズルゲームがいいだろうか。
俺は基本的にどんなジャンルのゲームにも手をつける雑食派なので、麻雀でもUFOキャッチャーでもなんでも卒なくこなすことができる。
通りがかったレースゲームのデモ画面がなかなか面白そうだったので、これから攻略していこう。
シートに座り、金の投入口に百円を数枚投入してゲーム開始だ。ステアリングをにぎって、画面に映し出されたゲームモードを選択していると、
「あ、ヤガミンはレースゲームやるのぉ?」
シートの後ろから弓坂がひょこっと首を出していた。
「弓坂もやるか?」
「うん! やるぅ」
話の流れで弓坂と対戦することになった。だが弓坂。悪いが手加減はできないぞ。
けど弓坂は意外と手馴れた手つきで金を投入すると、速やかに二プレイヤーで参戦してきた。ゲームはうまいとさっき豪語していたけど、本当にうまいのだろうか。
だがしかし、弓坂が仮にダークホースだったとしても、この俺が負けるなんてことは天地がひっくり返ってもあり得ないはずだ――。
数分後、
「やった! ヤガミンに勝ったぁ!」
この俺が負けた……だと?
レースが開始するなり弓坂は直線をフルスロットルで猛加速して、集団のトップに躍り出た。直後に襲いかかる低速コーナーを完璧なアウトインアウトで曲がり、二位の俺をぐんぐんと引き離していく。
その後の難しい複合コーナーなんかもコンピューターよりもきれいなラインで曲がって……いや待て。この神がかったドライブテクニックを弓坂が操作してるのか? ボウリングの一ゲームのトータルが十六だった、あの弓坂がか?
そんなバカな!?
「ゆ、弓坂! もう一回だ。もう一回勝負だっ!」
「いいよぅ。やろぉやろぉ!」
* * *
その後の泣きの一回のレースでも負けてから、往生際の悪い俺はパズル、エアホッケー、太鼓ゲームなどでも弓坂に対戦を申し込んだが、結局一度も勝つことはできなかった。
「バカな。黎苑寺のゲームマスターと謳われたこの俺が、一度も勝てないなんて」
あまりのショックと絶対に受け入れられない現実に耐え切れず、全身の力が抜けていく。人生初の挫折なのではないだろうか。
「ヤガミンすっごい上手。あたしも本気になっちゃったぁ」
がくっと膝をつく俺の眼前で弓坂が気を遣ってくれたが、全戦全敗した上に慰められたらもう惨めで仕方がない。
「お前、すごいテクをもってるな」
無機質アンドロイドの山野も傍で驚嘆しているが、驚いているなら表情くらい変えろよ。今日も瞼が一ミリも動いていないぞ。
「ふふっ、あたしね、ゲームはちょっと得意なの」
弓坂は謙遜して言ったが、それはちょっと得意というレベルではないぞ。俺だって人生の大半をゲームに費やしてきたんだぞ。
それなのに、唯一自慢できるゲームで負けてしまった俺は、これから何を支柱にして生きていけばいいんだ。
「八神。敗北に打ちのめされているところ悪いが」
やがて俺を見かねた山野が、俺の肩をぽんと叩いた。
「なんだよ。負け犬の俺のことなんか、もう放っておいてくれよ」
「いや、妹原をずっと放置しているぞ」
はっ、そうだった。こんなところで挫折してる場合じゃなかった。
「妹原は、どこにいるんだ!?」
「あそこだ。UFOキャッチャーの前」
山野が人さし指でさした先――入り口付近に並べられたUFOキャッチャーのあたりに妹原がいた。
妹原は一台のUFOキャッチャーの中をガラス越しに眺めている。視線の先にたくさん積まれている景品は、動物の可愛いぬいぐるみだった。
まわりには人がいない。会話するには絶好のチャンスだ。そう思うと途端に心臓の鼓動が猛烈に早くなり出した。
だが、ここで逃げてはいけない。行け。とにかく行くんだ。
「何を、見てるんだ」
またもや至極当然な言葉で切り出してみる。自分で言うのもなんだが、もっといい声のかけ方はないのか。
けど妹原は嫌な顔をしないで、むしろほっとした顔つきになった。
「ぬいぐるみがいっぱい入ってるなあと思って」
それはまあ、UFOキャッチャーだから当たり前なのだが――という言葉を生唾といっしょに呑み込む。
妹原は音楽漬けの生活を送っているから、ゲームセンターになんて一度も来たことがないんだろうな。でもさっきからずっと眺めているから、きっとぬいぐるみが欲しいんだと思う。
「とってやろうか?」
「えっ、い、いいよ! そんな、悪いし」
妹原は両手を出して遠慮するが、ここはばしっと決めなければいけない場面だ。
「だいじょうぶだ。UFOキャッチャーは得意だから」
実は数えるほどしかやったことがないが、大よそのコツはつかんでいるはずだ。
百円を投入して、さて。どれをとろうか。妹原の好みは知らないから、ターゲットを選択するのは意外と難儀だ。
妹原にどれがほしいか聞けばいいのだが、このタイミングで聞くのはデリカシーがなさすぎるし、かなりかっこ悪い。
手前のとりやすい位置にゴールデンレトリバーっぽい犬のぬいぐるみがあったから、これにしよう。静かにターゲットを決めて、第一ボタンを押す。クレーンが横に動いて、レトリバーの近くに来たところでボタンを離した。
第二ボタンでクレーンをターゲットの真上にセットして、よし。いい感じだ。アームを開いて下降したクレーンが、レトリバーを包み込むように持ち上げて、そのまま景品ダクトに、
「あっ、落ちちゃった」
くっ、ダクトに入る寸前でぽろっと落ちてしまった。
だが平気だ。もう一回チャンスはある。心臓がかなりドキドキしているが、深呼吸して再チャレンジだ。
クレーンを操作して、レトリバーを再度捕まえる。さっきより乱雑じゃないか? と思うような感じでクレーンが上昇して、ダクトに戻りはじめた瞬間にまたレトリバーがぽろっと落ちてしまった。……が、
「あ! とれたっ」
どうやら奇跡的に景品ダクトに入ってくれた。




