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第203話 上月との距離感がつかめない

 上月と恋人のような関係になって、もうひとつ頭を悩ませていることがある。


 あいつとふたりで通学した方がよいのかどうか、ということだ。


 あいつは恥ずかしがり屋だから、ふたりで通学なんてしたくはないだろうけど、いっしょに通学するのは付き合う上での大きな楽しみのひとつだよな。少なくても俺はそう思う。


 だけど、俺とあいつがいっしょに通学しているところを桂や木田あたりに見られたら、クラスの笑いものになることは必至だ。そんなこと、上月は絶対に望まないよな。


 今までは思いを伝えることしか考えられていなかったから、相手とどう付き合うとか、どの程度の距離感で接したらよいのかとか、わからないことだらけだ。


 今日と明日は午前中しか授業が行われない。後ろで帰り支度をしている上月の存在を感じながら、俺ものろのろと帰り支度する。


 この場でおもむろに身体を向けて、「上月、いっしょに帰るぞっ」とか男らしく言い放ちたいけど、そんなことを言ったらクラスの笑いものコースまっしぐらだ。


 あいつが今どんな感じで帰り支度をしているのか、すごく見てみたい。けど身体が石みたいに固まって動かなかった。


 後ろから椅子を引く音が聞こえた。緊張して気配を殺す俺のとなりを上月は通り過ぎて、妹原の席へ向かった。


「雫。いっしょに帰ろう」


 妹原は上月が来ることを予測していなかったのか、落ち着きのない表情で上月と俺を見比べる。


「う、うん。でも……」

「いいから、お願い」


 上月は俺に背中を向けているから、どんな表情なのかわからなかったけど、言い方はとても真剣で、かなり余裕がないように思えた。


 去年のクリスマスパーティの前から、ふたりは会話すらろくにしていない。そういう気まずさが原因なんだろうな。


 妹原との関係をあいつは修復したいのかもしれない。でも――。


「わかった。いっしょに帰ろう」


 妹原が鞄をとって立ち上がる。教室を出ていく上月の後ろ姿を、俺は見ていることしかできなかった。



  * * *



 登下校をいっしょにしたいと思っていたのは、俺だけだったのかな。


 あいつは去年のクリスマスパーティの前まで妹原といっしょに帰っていたから、今でもそうしたいのかもしれない。


 それはそれで大事なことなのかもしれないけど、この激しく落胆する気持ちはなんなのだろうか。いろんな期待を膨らませていたのは俺だけだったのか。


「隙ありっ!」


 桂のうるさい声が耳をつんざく。はっと我に返ると、ゲームの画面の端っこに映し出されていた俺のキャラクターが、桂の操作するキャラクターに殴り倒されていた。


 俺のキャラのHPも気づけば空になっている。へたれゲーマーの桂に、この俺が倒されたというのか!?


「おいっ、なんだよこれ!」

「なんだよこれじゃないだろ。きみはさっきからヅラにやられっぱなしだぞ」


 俺のとなりで木田が静かに指摘する。だがその指摘は大いに間違ってるぞ。


「そんなことないだろ。俺は今日も絶好調だ」

「どこがだね? 画面に映し出されている現実を直視したまえ」


 俺のわかりきった虚勢では木田に通用しないか。桂ごときに負けたという現実を直視などするものかっ。


「へっへー。苦節十年。ついにライトっちゃんに勝ったぜえ」

「十年以上もきみと知り合ってはいないがな」


 桂がにやにやと間抜けな顔で笑いながら近づいてきた。


「ライト、最近どうしたん? なんか上の空だぜえ?」

「そんなことはねえよ。俺は普段通りだ」

「そうかあ? クリスマスのときから、なんか元気ねえ気がするけど」


 上月のことがずっと気になってるだなんて、こいつらには口が裂けても言ってはいけない。


「正月の前にカラオケに行ったときも、お前だけ全然歌わなかったもんなあ。まだ高一なのに進路のことでも悩んでんの?」


 高校一年の三学期で進路を真剣に考える男はうちの高校にはいないと思うが、その方向で嘘をつき通した方がいいかもしれない。


 真面目ぶって詮索してくる桂の肩を、木田がぽんと叩いた。


「ライトくんは今、おとなの男になろうともがいているのだ。だから邪魔してはいけないのだよ」

「へぇ? おとなの男って、どういうこと?」

「わからないのかね? ライトくんは好きな人のことを恋慕して胸を痛めているのだよ。今日の席替えで遠くに離れ――」

「えっ、なになにっ、やっぱり上月と喧嘩でもしたん!?」


 桂が木田の言葉を無視して俺に抱きついてきた。


「けっ、喧嘩なんてしてねえよっ!」

「うわっ、なにその反応!? 超マジっぽいんだけど!」

「は? きみが好きなのは妹原じゃなかったのかね!」


 木田も挙動不審に絡んできたので、耐え切れなくなってこいつらを突き放した。


「だーっ、もううるせえ! そんなんじゃねえよっ」

「見え透いた嘘はやめたまえ。必死になればなるほど疑惑は深まるばかりだぞ」

「おおっ、トップ、なんか名探偵みてえ」

「たとえるんだったら逆転裁判的な検事の方が嬉しいんだがな。で、お前が好きだったのは妹原じゃなかったのかね?」


 木田と桂が二方向からじりじりと詰め寄ってくる。俺は逃げ道を探して左右を見回すが、どちらかに逃げようとしても進路をすかさず塞がれてしまう。


「っていうかさあ、ライトだけ微妙にもててねえ?」

「そうだ。いつになったら弓坂を紹介してくれるのかね?」


 木田、てめえ、どさくさに紛れて意味不明な要求をするな! 弓坂を紹介するなんて、俺はひと言も言ってないぞっ。


「なあ、ライトぅ。俺にもさあ、ひとりくらい分けてくれよぅ」

「いいから早く弓坂を紹介したまえよぅ」


 ふたりの肩から力が抜けて、なんだかゾンビが行進してくるみたいになってきたぞ。俺は右側に逃げると見せかけて、ふたりの間に生まれた隙をついて脱出した。


「あっ、ライト、てめえ――」

「付き合ったりとか、そういうのはしてねえよ! じゃあなっ」

「検事っ、ライト容疑者が逃走を図りましたっ!」

「ばかっ、裁判のときは容疑者じゃなくて被疑者って言うんだよ!」


 全速力で階段を降りる俺の後を木田と桂が追ってくる。お前らは運動神経ゼロの万年帰宅部なのに、なんていう脚力してるんだよっ。


 だがここで捕まったら、妹原や上月と過ごしたときのことを白状しなければいけなくなってしまう。俺は街の人ごみに隠れてあいつらを撒くことにした。


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