第182話 準備だけでも楽しいクリスマス
玄関のインターフォンのチャイムが鳴り響く。買出し組の山野たちが来たのかな。
玄関の鍵を開けて扉を開くと、山野と弓坂が立っていた。
「ヤガミン、ただいまぁ」
「ジュースとか適当に買ってきたぞ」
ふたりの両手には、二リットルのペットボトルのジュースやスナック菓子の袋の入ったビニール袋がぶら下げられている。
彼らの後ろには妹原と、上月。そして文化祭実行委員を務めた松原の姿も見えた。
「あっ、松原!?」
「やっほー、八神くん。あたしも駆り出されちゃった」
気さくな松原は適当に相づちを打って挨拶してくれる。文化祭の出し物で協力して以来だ。
重い荷物をもったままずっと立たせるわけにはいかない。みんなを部屋に案内しつつ松原に言った。
「松原が来るなんて聞いてなかったぜ」
「あら、あたしがいたらお邪魔だったかしら?」
松原は男に対しても先輩に対しても物怖じしない、姉御肌のしっかり者だ。それとなく切り出してみたら、直球で返答されてしまった。
「そんなことは思ってねえよ」
「ふふっ、ありがと。弓坂さんが、文化祭のときにお世話になったからって言うから来てみたっていうのが建前で、本音は八神くんのおうちが前から気になってたんだよねー」
文化祭で弓坂が大変だったときは、松原は嫌な顔をしないで全力でサポートしてくれた。っていうか、クラスメイトはなんで俺んちに興味があるんだろうな。変哲もないただの家だっていうのに。
みんなをリビングに通すと、弓坂と妹原がクリスマスツリーを見て「わあ、すごぉい」と声をあげる。松原も軽く驚いたみたいだ。
「うちの学校で唯一の一人暮らしをしてる人だっていうから、お部屋ってどんな感じなのかなあって思ってたけど、案外広くてきれいなのね」
「案外は余計だろ」
「ふふっ、だって、学生の一人暮らしってお金がないから、ボロアパートに住んでるんじゃないかって思うじゃない? それなのに意外と小奇麗だったりすると、微妙に面白みに欠けるわね」
リビングの整頓された室内を見て露骨にがっかりするな。松原は気さくで話しやすいやつだけど、毒を少々吐くやつでもある。
俺のタイプではないので松原は恋愛対象ではないが、悪いやつではないな。
「飲み物を持ってくるから、飾りつけを手伝ってくれ」
「わかったわ」
ダイニングに移動して、棚から人数分のコップを取り出す。普段つかっていない奥のコップは、埃がついていそうだぞ。
コップを洗剤で洗い直して、冷蔵庫から麦茶を取り出した。
「あっ、ヅラくん! まだ、お菓子の袋を開けちゃ――」
「このポテトチップ、前から食べたかったんだよなー」
「こら、桂! まだお菓子食べちゃだめって言ってるでしょ!」
リビングから早くも騒々しい声が聞こえてくる。まだ日も落ちていないっていうのに、みんな気が早すぎるぜ。
でも、俺のリビングに弓坂や木田、山野や松原たちがいて、がやがやしながら楽しんでるのって、いいな。見ているだけで楽しくなってきた。
「八神くん、わたしも手伝うよ」
セミオープンキッチンからリビングを眺めていると、妹原が傍まで来てくれた。どきっと心臓が跳ね上がる。
「えっ、いいよ。別に――」
「いいからいいから! 八神くんひとりにまかせてたら可哀想でしょ」
今日の妹原はいつになく積極的だっ。俺の手から麦茶をとって、率先して手伝ってくれる。
こんなやりとりがなんだか付き合いたてのカップルみたいで、ああ。胸から愛情が溢れ出してしまいそうだ。
高鳴る鼓動をなるべく抑えて、
「じゃあ、妹原はこのトレイで持っていってくれ。残りは俺が持っていくから」
「うん、わかったっ」
なんでもない風を装って提案すると、妹原は素直に従ってくれた。恋愛感情を抜きにしても妹原はやっぱりいいやつだ。
リビングでは桂と松原がさっそくお菓子のことで言い争っていた。弓坂はふたりを止めようとか細い声を出しているが、まったく聞き入れられないようだ。
木田はちゃっかり弓坂のとなりをキープしてニヒルな笑みでアピールしてやがるし、山野は……リビングの隅でひとりクッキーを食べてやがる。
みんなで集まるのは楽しいけど、もうちょっとチームワークを大事にしろよ。俺が呆れて嘆息すると、妹原がとなりで苦笑した。
「おい、山野。お前、なにひとりでちゃっかり食べてるんだ」
「あ、いや、腹が減ってたからだが、何か悪かったか?」
山野はいつものポーカーフェイスというかただの無表情で平然と言い返してくる。お前がそんなだから、みんなの気持ちがばらばらになるんだろ。
「お前なあ。まだ準備中なんだから、しっかりしてくれよ」
「そう言うな。せっかくみんなが集まってくれたんだから、堅苦しいことを言ったら白けるだろ?」
その反論には一理あるが、うまく丸め込まれている気がしてなんだか気に入らないぞ。
山野が紙飾りの本を広げながら、表面にチョコレートが塗布されたクッキーをつまんで、
「プレゼント交換以外のプログラムは特に考えてないから、パーティの進行なんて適当でいいだろ。……このクッキー、わりとうまいな」
わりとうまいな、じゃねえよ。無表情でシュールに本なんか読みやがって。しかも俺の部屋にあった漫画の単行本じゃねえか。
しかし、みんなが楽しんでいるところで水を差せる度胸は俺にはないし、本音を語るとパーティの進行なんてどうでもいいので、今のぐだぐだな雰囲気のまま放置しておこう。
「八神くん、わたしたちも飾りつけの準備しよう」
「ああ、そうだな」
リビングの廊下の近くの場所が空いていたので、そこへ座る。
紙飾りの入門書を広げると、妹原がとなりから覗き込んできた。その距離の近さに、またどきっと鼓動が高鳴る。
「こんな本を持ってるんだね」
「ああ。いや、この前に買っておいたんだよ。紙飾りなんて、何をつくったらいいかわかんねえから」
「ふふっ、そうなんだ」
妹原が口に手を当てて笑う。
「八神くんって、マメな人だよね。みんなで遊ぶときは、だれからも言われていないのにちゃんと準備してるし」
「そ、そうか?」
「うんっ。八神くんのそういうところ、わたしも見習わなきゃって、いつも思うし」
よく知らないけど、妹原の評価がまた上がった? マジでか。
こんな千円くらいの入門書を買っただけで褒めてもらえるんだったら、何冊でも買うけどなっ。くぅ、パーティ開始直後から運がいいぜっ。
今日はやはりチャンスだ。がんばって妹原を口説いて、俺の彼女にするんだ!
話に適当に相づちを打ちつつ、うちに眠る闘志がめらめらと燃え滾ってきたっ。