第181話 上月を悪く言うな
もしかして、彼女のできる秒読みの段階まで来ているのではなかろうか。
だって俺は、妹原に二度目のデートを誘われたんだぞ。デートの帰り際にっ。
そうだ。これはきっと俺の思い過ごしなんかじゃない。ゲームシステム的に表現すると、恋愛のフラグがついに立ったんだ。
そうとしか考えられない。いくら鈍感な妹原と言えども、仲の良い男子と何も考えずにデートなんてするはずがないじゃないかっ。
妹原のあの、俺を誘ってくれたときの可憐な顔が頭から離れない。ああ、あんな花のように可愛い子と付き合えるなんて、俺は幸せすぎるぜ。
家で想像するたびに気持ち悪くにやにやして、テンションが上がって枕に抱きついたりしていることは内緒だな。クラスのみんなにばれたら、マジでドン引きされてしまう。
俺の自宅での気持ち悪い生態についてはその辺に置いておいて、俺の絶好調な恋愛運を後押しする重大なイベントがやってくる。うちで開催するクリスマスパーティだ。
クリスマスパーティは、来週――二学期の終業式に開催する。
学校が終わったらみんなでうちに直行して、買出しや飾りつけをみんなで行うのだ。
クリスマスだから、パーティの途中でプレゼント交換なんかもするらしい。安物でもいいけど、妹原や弓坂に渡る可能性を考慮すると、それなりに値の張るものを買っておいた方がいいだろうな。
今月も小遣いに余裕はないが、ぐっと涙を呑んで星型のペンダントを購入した。この想いが妹原に届けばいいが。
俺は実用性を考えて手袋でも欲しいな。手元が寒いけど、手袋を買うのも面倒なんだよな。
主導は山野と弓坂が引き受けているようで、俺は部屋の掃除や飾りつけをやっていればいいらしい。
みんなでスーパーに行って買出しがやりたかったけど、それは他のやつにまかせよう。
* * *
そして、終業式が終わり、
「ライトーっ、このツリーはどこに置けばいいわけぇ?」
「ツリーはリビングの奥の方へ置いといてくれ」
俺は終業のチャイムと同時に直帰して、クリスマスパーティの準備に追われている。さっきの声の主は桂だ。
買出しは山野と女子たちにまかせて、俺は桂と木田の三人で部屋の飾りつけを先行しているのだ。
クリスマスツリーは俺が小学生の頃に使っていたお古だが、蛍光ライトはまだつくかな。
「場所は、その辺でいいな。じゃあ次は、この蛍光ライトを適当に巻いてくれ」
「ライトだけに、蛍光ライトを巻けってか」
「桂くん。きみのそのだじゃれは微妙に面白くないぞ」
木田が冷静に突っ込みを入れると、桂が無駄に抱きついた。
「ええーっ、いいじゃんいいじゃんっ。細かいこと言ってないで、みんなで楽しめばいいじゃんっ」
「いや私は、きみのだじゃれが楽しくないと言っただけなんだがな」
などと言いつつも、木田の口もとはだらしなく緩んでいる。お前、今の状況が楽しいならそう言えよ。
「ヅラ、遊んでないで、さっさとこれ巻いてくれよ。女子たちが帰ってきちまうだろっ」
「わかってますってえ。かっちょよく準備しねえと、愛しの上月にがっかりされちまうもんなあ」
桂はしたり顔で顎をさするが、お前はまだ俺と上月の関係を誤解してるんだな。それでも俺はかまわないけど。
俺はクリスマスツリーに雪の飾りをつけながら言った。
「だから、俺と上月はなんでもねえって、何度も言ってるだろ」
「――とか言いながら、裏じゃこそこそやってるんだろう? この前だって、廊下でなんか話してたもんなあ」
桂が調子に乗って俺の肩に腕をまわしてくる。後ろでは木田がにやにやしていやがるし。
こいつらはやっぱり呼ぶべきじゃなかったな。今さら気づいたところで手遅れだが。
「で、上月とは仲直りしたわけ?」
「いや、してねえよ」
すると桂が、「えっ、マジで?」と大げさに驚いた。
「なになにっ、上月とライトっちゃん、マジでなんかあったわけ?」
「知らねえよ。こっちが聞きたいくらいだ」
あの試験日の一件を最後に俺は上月と会話していない。ひと言も。
俺が妹原とともにあいつから避けられていることが原因だが、あいつがどうして避けるのか、理由は未だにわかっていなかった。
山野は何か心当たりがあるようだが、あいつは口が無駄に堅いから教えてくれない。
減るものじゃないんだから、けちけちしないで教えてくれたっていいじゃないか。
クリスマスツリーの飾りつけが終わったので、次は色紙で花などの飾りをつくる。三日前に買っておいた飾り付けの入門書と色紙をテーブルに広げる。
「お前らも、なんでもいいから適当につくってくれ」
「へーい」
桂と木田に鋏を持たせて、入門書をぱらぱらとめくってみる。
紙でつくる飾りなんて、小学校の運動会かなんかでよく見る輪っかの飾りしか知らないけど、くす玉みたいな球形の飾りやハートマークの飾りなんかもあるらしい。
どうせなら妹原が喜びそうなものをつくりたいな。
「――上月氏は、中学んときから気難しいやつだったよな」
俺がぼんやりと妹原の喜ぶ顔を考えているとなりで、木田がぽつりと言った。桂がすかさず食いつく。
「へっ、そうなの?」
「あいつ、見た目は悪くないんだが、性格があんな感じだろ。だから、苦手だというやつはけっこういたぞ」
木田の言葉は間違っていない。現に同中の他のやつでも上月を苦手だという友達を何人か知っている。
そいつらの気持ちを俺は何度も高速で首肯したくなるくらい共感できるはずだが、どうしてだろうな。共感なんてしたくないと思っている自分が心のどこかにいる。
あいつの陰口を叩かれると、腹の少し上のあたりを突き上げられたような感覚に襲われるのだ。俺は、あいつの一番近いところで、あいつのわがままや気分に振り回されているはずなのに。
桂が鋏を持ちながら肩を竦める。
「そういえば、あいつ。中澤先輩だっけ? ライトっちゃんと問題起こして転校した先輩と噂になったけど、あれからなんにも聞かねえもんなあ。タメなんてガキだから、興味ねえってもっぱらの噂だけど」
「らしいな。そういう無駄に高飛車っぽいところも、取っ付きにくい原因なのだろうな」
言いながら桂と木田が俺の顔色をうかがってくる。
上月は、高飛車なのだろうか。口をむすっと閉ざしたあいつは、お高くとまっているような雰囲気かもしれないけど、俺の知っているあいつは、そんな嫌なやつじゃない。
細かい不平不満を漏らしながらも、あいつはこっそり気配りしてくれる優しいやつだ。だが、あいつが不器用だから、付き合いのないクラスメイトにあいつの良さが伝わっていないだけなんだ。
それなのに――。
「文化祭のときみたいに素直に猫耳でもつけてくれたら、少しはましになるんだろうがな」
「ああ! あれは傑作だったよなあっ。あいつ、すげえ顔を真っ赤に――」
「あいつのことは、もういいだろ」
上月を陰でバカにされるのが、耐えられなかった。俺が怒りを抑えてつぶやくと、ふたりははたと言葉を止めた。
「わ、わりいわりい。悪かったから、怒んなってっ!」
「普段から思っていることが、ぽろっと出てしまっただけだ。さあ桂くん。きみはこの花をつくりたまえ」
「えへぇ。こんな難しいのつくんのぉ? めんどくせえよぉ」
上月のことは好きでもなんでもないのに、どうしてこんなにいらいらしているのだろうか。
あいつは、いつもそうだった。むかつくことばかり言って俺をいらいらさせてくるくせに、その裏で俺のことを考えて行動してくれていたんだ。
あいつには何度救ってもらっただろうか。ぱっと考えても数えきれないくらい救ってもらっている気がする。
今回の避けられている件も、俺に対する配慮から導き出された行動なのだろうか。どうなんだ。
部屋の暖房が効きすぎているせいか、喉が渇いたな。弓坂への未練と好意を熱く語る木田を放置して、俺はダイニングへと向かった。