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第179話 クラシックコンサート

 早月のコンサートホールは駅のそばにある。改札を出て空中のデッキを抜けるとコンサートホールの入ったビルがある。


 生まれてこの方、俺はこの街でずっと生活しているけど、こんな近くにコンサートホールがあるなんて知らなかったな。妹原に誘われなかったら、一生知らなかったかもしれない。


「お客さん、すごいたくさんいるね」


 多くの観客の押し寄せるビルを妹原が眺める。クラシックのコンサートを視聴するのなんて初めてだけど、お客さんはかなり入るんだな。


「妹原、何階だっけ?」

「えっと、コンサートホールがあるのは二階だよ」


 妹原がコンサートのチケットを渡してくれる。切符のような素材の紙には、開場時間や場所が丁寧に記載されている。


 コンサートホールが入ってると言っても、それ以外はデパートなんかと同じ商業施設だ。他の階のテナントには、ブティックや飲食店が入っている。


 多くの観客でごった返しているから、場所をちゃんと確認しておかないとマジで迷いそうだ。二階へ上がるエスカレーターに乗りながら思った。


 開場すると、たくさんのチラシをわたされたけど、これはなんだ? チラシなんぞに興味はないぞ。


 不要なチラシをその場で捨てたい衝動に駆られたが、


「八神くん。その一番上の紙が今日のコンサートのプログラムだから、席についたら見よう」

「あ、ああ。そうだな」


 妹原に教えられて俺は、落ち着いた所作でうなずく。


 チラシの中でも一番地味で一番いらなそうなこの紙が、どうやらプログラムだったようだ。妹原に教えてもらわなかったら、この紙は今ごろくしゃくしゃになって、俺の鞄の底に埋められていたところだな。


 開演時間まで妹原とおしゃべりして、開演時間の間近に客席へ移動する。指定席だから、余裕をもって座れるみたいだ。


 それ以前に、


「コンサートの席って、新幹線みたいに指定席とか自由席があるんだな」

「そうだよ。指定席は場所によってランクがあって、S席なんかはいい席で値段も高いんだよ」


 Sランクとかっていうと、まるでレアカードのランクみたいだな。――そんなレベルの低いしゃれを生唾といっしょに呑み込む。


「会場にも依るんだけど、指定席は他にもA席とかB席があるんだよ。S席は真ん中の一番聴きやすい席で、A席はそのとなり。B席はA席のまわりのことが多いかな」


 席に行儀よく座って話す妹原は、どこか嬉しそうだ。音楽の話になると饒舌になるから、やっぱり音楽が好きなんだろうな。


 今日のプログラムのことなんかも質問すると、妹原はひとつひとつ丁寧に教えてくれる。楽しそうに話す妹原が見れて、俺もなんだか嬉しくなった。


「妹原は、音楽がやっぱり好きなんだな」


 俺がしみじみとつぶやくと、妹原は目を丸くして驚く仕草をした。


「そう、なのかな。自分ではわからないけど」

「俺にはそういう風に――」

「あっ、もうじき演奏はじまるよっ!」


 妹原に促されて、俺は遠くのステージに目を向けた。ちなみに座っている席はB席の左側だ。


 ステージの真ん中にはタキシードに身を包んだ指揮者が立っていて、そのまわりをヴァイオリンやらチェロを持った人たちが囲んでいる。オーケストラなんかでよく見かけるような人の配置だ。


 後ろにはフルートなどの管楽器を操る人たちがいて、そのさらに後方には太鼓みたいな楽器も見えた。


 となりで真剣に音楽を聞いている妹原には悪いが、音楽はやっぱり全然わからないな。


 曲目はベートーヴェンやモーツァルトといった、音楽の授業で一度は必ず登場する人たちの楽曲ばかりなのだが、プログラムを見てもだれがつくった曲なのか、まったくわからない。


 よくよく考えると作曲者の名前ばかりが有名で、その人がつくった曲の名前って知らないんだな。こんなことは妹原に絶対に言えないが。


 遠くのステージで、赤い小さな台――指揮台というのか? に乗った指揮者が指揮棒を激しく振っている。


 指揮者に合わせて演奏者も身体を前後に激しく動かして、情熱的な音楽を演奏している。


 クラシックの知識は皆無に等しい俺だけど、コンサートホールで聞く音楽は、なんというか圧巻のひと言だった。


 音楽のプロたちが奏でる楽曲は無限に広がり、コンサートホールの計算された音響効果によってホール全体へと拡散される。


 音楽プレイヤーとイヤホンで聞く音楽とは大違いだ。生で聴く音楽は、曲が身体全体に感じられて、イヤホンじゃ聴けないような細かい音までちゃんと聴き取れるのだ。


 クラシックなんて全然わかんないけど、音楽っていいものだな。ベートーヴェンのよく知らない、曲調の激しい曲を聴いて鳥肌が立ってきた。


 クライマックスを超えて、曲調が少しずつ緩やかになる。勾配の急な上り坂を昇り終えて、長くて平坦な下り坂を下りていくイメージだろうか。


 作曲家はゲームのシナリオでもつくるみたいに、曲のはじまりやクライマックスを計算してつくってるんだろうな。


 演奏が終わり、指揮棒を挙げていた指揮者の腕がゆっくりと降ろされる。しんと静まる客席へ指揮者が身体を向けたとき、コンサートホールはたくさんの拍手に包まれた。


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