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第178話 思い出のペンダント

 駅前のデパートにはレストランやブティックがたくさん入っているので、デパートで買い物をしようと妹原が言った。


 俺はどこに行くか決めていなかったし、そもそもおしゃれな店なんてまったく知らないから、妹原の意見に異議なんてひとつもないぜ。


 お昼は七階のハンバーグレストランで摂って、その後はコンサートの開演時間まで楽しく買い物だ。ああ、なんか妹原と普通にデートできてて、感無量だぜっ。


 そんな中ふと思ったが――いやこれは小学生の頃から疑問に思っていたことだが、デパートに入っているレストランや飲食店って、どうしてビルの上の階にあるんだろうな。


 上の階だと、レストランに行くまでわざわざエスカレーターに乗らないといけないから、非常に不便だと思うんだが、デートの貴重な時間を割いてわざわざ思考することじゃないか。


「あ、八神くんっ。あそこにスーツのお店があるよ!」


 下りのエスカレーターに乗りながら、妹原が俺の右手の袖をつかむ。どきっと瞬間的に俺の鼓動が上がる。


 その店は中年のサラリーマンが行くような、フォーマルでとても大人びた店だった。


 桂や木田のようなやつらとはまず入店しない店だな。そもそも、あいつらとデパートにすら行かないが。


 手前の棚には高そうなシャツやネクタイが置かれて、となりのハンガーラックには黒いスーツがびしっと並べられている。


 奥の棚には、ビジネスバッグというのだろうか。やはりサラリーマンが通勤で使用する黒いバッグが展示されていた。


 こんなちゃんとした店に、俺みたいな金欠野郎が入店しちゃっていいのかな。向こうで立ってるガードマンみたいな店員に突き出されないだろうか。


「こんな店に入ったことないなあ」

「ふふっ。わたしも初めてかも」


 妹原が小綺麗な店内を眺めて苦笑した。


「このシャツなんか、似合うんじゃないかな」


 そう言って妹原が取り出したのは、青みがかったワイシャツだった。シャツを受け取って布面を眺めてみる。


 布面は無地かと思いきや、よく見ると細かいひし形の模様がびっしりと描かれている。なかなか気づかないポイントだが、襟元のボタンなんかも色に合わせてしゃれたデザインになっている。


 俺のチープなライフスタイルにはまず合わないアイテムだけど、一着くらいあってもいいかな。今日みたいな日に必要になるし。


 そんなことを思いながら何気なく襟元に目を向けると、第二ボタンのあたりに値札がつけられていた。白い厚紙にゴシック体のアラビア数字で七千九百と書かれているな。


「かっこいいけど、ちょっと高えな」

「そうだねっ」


 ドン引きする俺を見て妹原が苦笑する。


 シャツは高いからやめて、スーツを見てみよう。ハンガーラックにかけられているたくさんのスーツを覗いてみる。


「俺、スーツなんてちゃんと見たことなかったけど、スーツっていろいろ種類があるんだな」

「あ、ほんとだ」


 妹原が小さく声を上げる。


 スーツなんて黒もしくは紺の生地で、模様なんてまったくないものしかないと思っていたが、どうやらそうではないようだ。


 色は薄い紺やこげ茶色のものがあり、模様も白のストライプが入ったものなんかがある。


 携帯電話のショップの店員が着ていそうな、派手なストライプの入ったスーツを手にとってみる。こんな感じのしゃれたスーツを山野あたりが着たら、きっとかっこよく決まるんだろうな。


「これなんかも、いいんじゃないかなっ」


 妹原が取り出したのは、襟の細いシャープなデザインのスーツだった。灰色のスーツはおっさん臭いと思っていたが、このスーツなら買ってもいいかな。


 テンションが少し上がってきたので、前のボタンについていた値札を見てみたが……さっきのシャツの値段よりも桁がひとつ多いんですけど。


「スーツって、けっこう高いんだな。知らなかったぜ」

「ビジネスシーンで着るものだから、仕方ないよ」


 妹原もスーツの値段を初めて目の当たりにしたんだな。


 電車に乗ってる禿げのおっさんたちは、こんな高いものを着て仕事してたんだな。今までちょっと小ばかにしてて、申し訳ありませんでした。


「妹原の着てるワンピースだって、さっきのスーツみたいに高いんじゃないのか?」


 スーツの店を出て別のブティックに入る。その店はさっきの店よりカジュアルだが、服の値段はやはり高めだ。


 妹原がカーディガンの裾をつまんで、


「これは、お母さんのだから」


 少し恥ずかしそうな感じで言った。


「値段は聞いたことないけど、たぶんさっきのスーツと同じくらいするんじゃないかな」

「そうだよな。見るからに高そうだし」


 こんなにも光を弾く素材で、布面もつるつるしていそうなワンピースを、二千円程度で購入できるわけがない。


 それと今になって気づいたけど、妹原の首元にはペンダントがかけられている。小さいハート型の、女子が好きそうな銀のペンダントだ。


 こういうものを見ると、妹原もやっぱり女子なんだなって思う。桂や山野みたいな男どもとはキャラが違うんだなあ。


「そのペンダントなんかも高そうだよな。ペンダントなんて、俺は一個ももってないけど」

「あ、これ?」


 妹原がペンダントトップをつまんで微笑んだ。


「ううん。これは麻友ちゃんとお揃いで買ったペンダントだから、全然高くないよ」

「上月と?」


 そうだったのか。妹原と上月は、本当に仲がいいんだな。


 でも上月がこんなペンダントを持ってたのかな。あいつの首元とか装飾品には興味がないから、真相はよくわからないな。


「一学期の夏休みの前くらいかな。麻友ちゃんと遊びに行ったときに見つけて、ふたりで気に入ったからお揃いで買ったの。だから休みの日に遊ぶときは、いつもこのペンダントをつけてるの」

「そうだったのか」


 そんな思い出の品を共有しているのに、あいつはなんで妹原を避けてるんだろうな。


「上月とは仲直りできたか? あいつと会話とかしたか?」


 オブラートに包んだ遠まわしな質問ができなかったので、ストレートな言い方になってしまってすまない。


 妹原は鞄を両手で持って、首を横に振る。


「何度かメールしたんだけど、あんまり返してくれなくて。前は、どのタイミングで会話を止めようかなって、ふたりで思うくらいに長くメールしてたんだけど、今はすぐに会話が切れちゃうから」


 妹原の方もうまくいってないんだな。


 少し歩き疲れたので近くのベンチを探す。下の階のエスカレーターのそばに空いているベンチがあったので、妹原といっしょに腰かける。


「八神くんは、麻友ちゃんと仲直りできた?」

「いいや。俺の方は、妹原よりもひどいかな。メールしても返信なんて来ないし、学校でも普通にシカトされるからな」


 あいつにおける俺と妹原の重要度は天と地くらいに違うから、俺が雑に扱われるのは当然なんだけどな。


 でも、そんなことを露ほども知らない妹原は、俺の言葉を真に受けて、


「そうなんだ。八神くんにそんなひどいことするなんて、麻友ちゃんらしくないよ」


 いやいや。あいつは俺に対してけっこう強気だから、これまでも割とひどいことをされてたぞ。駅前で土下座させられたり、理不尽に蹴られたりしてな。


 だが、こんなことをつぶやいてしまったら、真面目な妹原がさらに思い込んでしまうので、俺は続ける言葉を少し考えた。


「たぶんだけど、俺があいつに失礼なことをしちまったから、あいつは怒ってるんだろう」

「麻友ちゃんに失礼なこと……?」

「ああ。俺は心当たりがないから、よくわかんねえんだけど、そんな俺の態度があまりにむかつくから、あいつはおとなしい妹原に八つ当たりしてるじゃないかな。腹の虫が治まらないというか、なんというか」

「そうなのかな」


 状況がわからないなりにがんばってフォローしてみたけど、妹原の沈んだ気持ちを上げることはできるわけもなく。


「わたしは、それでもいいけど、このまま仲直りできないのは嫌だな。わたしは、前みたいに麻友ちゃんとおしゃべりしたいのに」


 上月のことは気がかりであるが、あいつが切れている原因がわからない以上、対策が取れないのが実情だ。


 ここで妹原と話をしていても、あいつの気持ちはきっとわからない。だから今の俺にできることは、妹原と最高のデートを盛り上げることだっ。


 俺は勢いよく立ち上がって腕時計を見やる。時刻は一時四十分を少しすぎていた。


「もうじきコンサートの開演時間になるから、そろそろ行こうぜ!」


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