第172話 山野のやっぱりイケメンな誘い
学校で勉強ができないやつには、共通するいくつかの傾向がある。数式や文法、歴史の年表などを記憶できないタイプと、勉強の意味を見出せなくて勉強する気がないタイプ。そして自分は勉強できないと思い込んでいるタイプだ。
山野たちの言動から察すると、彼らは勉強できない典型的なパターンといえる。
試験の点数がいつも低いから、勉強する資質がないと思い込んでしまうやつが多いが、その思い込みは過ちだ。中学高校の基礎問題なんて、ちゃんと勉強していればだれでも解けるんだ。
「いいかお前ら。手っ取り早く点数を稼ぐ方法を教えてやる」
俺が身を乗り出して言うと、山野たちも神妙に顔を近づけてきた。
「まず大前提として、勉強する意味は考えるな。いい点をとれば親や友達が褒めてくれるから、そのために一時的にがんばってやるんだと思え」
「お、おお」
「ライトっちゃん、なんかこええよ」
木田と桂の言葉にかまわず俺はつづける。
「そして試験なんて、基礎問題が解ければ平均点くらい簡単に取れる。だから今日は、二次関数の基礎を徹底的に叩き込むぞ」
「二次関数がそもそもわからないからな。お前の言葉に従ってみるか」
山野がメガネの縁をさすってつぶやいた。
三人が問題を解けない原因は、二次関数と一次関数を理解していないからだ。
インターネットで適当に検索したら、基礎を教えてくれる動画があった。その動画を見せながら、三人に基礎を解説した。
「ふえぇ。こうやって解くのかあ」
「絵で書いてくれるとわかりやすいな」
中学レベルの基礎から時間を割いて教えたので、三人はやっと理解してきたみたいだ。
「っていうか、村上の授業より、ライトくんの説明の方がわかりやすいんじゃないか?」
「ほんとほんと! ライト、ぜってー塾の講師になれるって」
村上というのは、うちで数学を担当する先生だ。禿げのわりに頭が固いから、とくに女子に嫌われている。
それと基礎を少し教えたくらいで講師にはなれないと思うけどな。褒めてくれるのは、嬉しいが。
「じゃあ、章末の一問目を解いてみようぜ。解き方を教えるから、二問目からは自分でやれよ」
「了解した」
「オッケー」
それなりに真面目に問題を解いていたら腹が減ったので、フライドポテトとサラダを注文した。
「あ、ライト飯食うの? 俺もなんか食おっかなー」
「きみはさっきハンバーグを食ってただろ」
俺が注文したのにつられて桂も注文するみたいだ。って、ハンバーグを食ったばっかなのに、よく他のものが食えるな。
それにしてもファミレスで勉強するいいところは、好きなタイミングで好きなものを食べられるところだよな。今度、妹原を誘ってみようかな。
「そういえば八神、お前の家でクリスマスパーティをやるんだってな」
テーブルに運ばれたポテトをつまみながら山野が言うと、桂が「へえっ!?」と奇声を上げた。
「なになにっ、クリスマスパーティって。クラスの男で集まってなんかやんの?」
「いや弓坂から言われたから、弓坂や上月が来るんじゃないか?」
「へっ、弓坂!?」
弓坂の名前が出て、木田の表情が曇る。桂もそれに気づいたようだ。
山野は、木田が弓坂を好きなことを知らないから、桂の気持ちをわかりかねて首をかしげた。
「弓坂がどうかしたのか?」
「あっ、いや……別に」
「あからさまに言葉がつまっているが」
放っておくと木田がそのうちに切れるかもしれない。やんわりと話を変えた方がよさそうだ。――と思っていたが、
「なんだよライト、クリスマスでパーティとか、超チャンスじゃん。羨ましいぜっ」
木田が顔を引きつらせて笑ったから、背中が少しぞくっとしてしまった。
……お前、失恋したばっかりなのに、がんばってるなあ。
「あ、ああ。羨ましいだろ」
「へっ、なになに? ライト、だれか狙ってるやついるの!? なんだよそれーっ」
ひとり状況がつかめない桂が木田の腕を引っ張る。山野は機械的な表情でポテトを口もとへ運んでいる。
桂だけ仲間はずれみたいになってるけど、俺の気持ちを教えたりすんなよ。
「だれだよライトっ、なんで俺には教えてくんねえんだよぉ! ……はっ、山野は知ってんのか!?」
「さあな」
山野にあっさり捨てられて、桂の目がいよいよ涙目になった。それでも教えてやらんが。
桂が「うおぉーいっ、教えてくれよぉ!」と泣き喚いたが、急に何かをひらめいたのか、人差し指を立てて言った。
「わかったぜぇ。お前が好きなのって、上月だろ」
「はあ? なんで上月の名前が出てくんだよ」
「しらばっくれたって無駄だぜぇ。お前ら、学校じゃ全然しゃべってねえけど、家じゃよろしくやってんだろ。俺はすべて知ってるからなっ」
桂、自分だけ仲間はずれにされたくなくて必死になる気持ちはわかるが、家でよろしくやってるとか言うな。俺がその、上月とやらしいことをやってるみたいじゃないか。
それに俺と上月の関係は、学校じゃもう既出だと思うけどな。
「そうかそうか。ライトっちゃんは、クリスマスについに上月と大人になっちまうのかあ」
「いや待て。俺は別に、上月なんて好きじゃねえから」
「そうやって必死に否定ばっかりしてたら、正解ですって言ってるようなもんだぜぇ」
正解も何も、上月とは最近しゃべってすらいないんだがな。でも桂が間抜けなドヤ顔で勝ち誇ってるから、そういうことにしておこう。
それにしても、知らないうちにクリスマスパーティをやることが確定してたんだな。家を掃除しておかねえと。
「山野、だれが来るのか決まってるのか? 俺は何も聞いてねえぞ」
となりでサラダを黙々と食べる山野に尋ねてみる。っていうか、そのサラダとポテトは俺が頼んだやつだぞ。
「俺もくわしいことは聞いていないが、他には妹原が来るんじゃないか?」
「ほう、妹原氏も来るのか。それは楽しみだなあ」
木田が両肘を立てて、うつむき加減に俺を見て嘲弄する。……お前、これ以上ふざけたらぶっ殺すからなっ。
一方の桂は急にテンションを下げて、俺と桂を羨ましそうに見つめる。
「ライトいいなあ。女子とクリスマスパーティとか、お前ら超リア充じゃん。羨ましいぜ」
「いつものメンバーだから、別にリア充でもないと思うが」
「けっ、いつものメンバーっすか。もてるやつは言うことが違うぜ」
桂が肘をついて舌打ちする。木田ももてる山野が気に入らないのか、露骨に顔を背けてしまった。
山野に悪気はないけど、もてないやつからしたら山野みたいなイケメンは天敵でしかない。俺がなんとかしてこの場を収めなければ。
――そう思っていると、山野が目を瞬きながら、
「なら、お前たちも来ればいいんじゃないか?」
「……へっ?」
突然の提案に、桂の口から間の抜けた声が漏れた。
「いや、つーか、俺たち、全然関係ねえし」
「関係なくはないだろ。同じクラスにいるんだし、八神のつながりで来れば、弓坂や上月は文句を言わないだろ」
性格の悪い上月は確実に文句を言うだろうが、そんなくだらない訂正はしないで俺はうなずいた。
桂と木田は絶句して、口をぽかんと開けて放心していた。
「えっ、で、でもよ、いいのかよ。俺たちみてえのがクリスマスパーティに行っても」
俺たちみたいがって、大げさなやつだな。
「俺たちみてえって、なんだよ。パーティっつったって、クラスの数人で集まってジュースを飲んだり、菓子やケーキを食うだけだろ。いいに決まってるじゃねえか」
「し、しかし、ライトくん。俺……私たちみたいな非イケメンが行ったら、ゆ、弓坂、たちは、迷惑するんじゃないのかっ?」
「弓坂はそんなひどいやつじゃねえよ。あいつはむしろ、みんなで集まってご飯を食べるのが好きだから、お前らが行くって言ったら喜ぶんじゃないか?」
今の弓坂は山野とふたりでいたいと言うかもしれないが、その辺の事情は無視して俺は言った。
「そうだろ? 山野」
「ああ、たぶんな」
山野がウーロン茶の入ったコップを置いた。
「っていうわけだから、弓坂に連絡しておくぞ」
「ああ、頼むぜ」
山野がポケットからスマートフォンを取り出す。桂が目をうるうるさせて言った。
「山野って、お前……いいやつだなぁ」
「今ごろ気づいたのか?」
「てっきり、俺たちみたいなゴミ虫なんて、眼中にないんだと思ってたけど……中学んときから誤解してたわ」
「ゴミ虫って……すごい自虐の仕方だな」
山野が呆れてスマートフォンを置いた。
「俺はこんな性格だからな。人に誤解されることには慣れている。今さらどうってことはないさ」
「はあ。なんか誤解ばっかしまくってて、すまなかったわー」
山野の大人の発言が飛び出て、桂が完全に誤解を解いたみたいだ。よかったなあ。
一方の木田はどうしようか困ってるみたいだ。木田にとっても山野は宿敵だからなあ。
「木田、お前も来るだろ?」
「あ、ああ」
俺が口を切ると、木田は虚ろな様子でうなずいた。
みんなそれぞれ抱えている事情は異なるけど、みんなで集まって仲良くしたいよな。
……それはいいが、七人が俺んちに来て、物理的に収容できるのかな。今さらそんなことは言えないけどな。