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第168話 妹原と近づく

 上月が俺の家へ来なくなったのは、俺を嫌っていたからなんだな。あれから一晩考えて出た結論がそれだった。


 どうして嫌われたのか、理由はよくわからない。俺はあいつに嫌がらせなどをしていないはずだし、文化祭の後で際立った問題も起こしていない。


 強いて挙げるとしたら、軽い気持ちでカットモデルを引き受けたせいで髪形がおかしくなっちまったことと、体育祭で目立った活躍がなかったことくらいしかないな。


 体育祭で参加した競技なんて、全員参加の綱引きと、運動のできない余り者が選ばれる玉入れしかなかったからな。


 木田や桂といっしょに参加してそれなりに楽しめたから、俺は特に後悔していないけどな。


 一方の上月は、山野と共にいろんな競技に引っ張りだこだったな。リレーのアンカーとか、騎馬戦の騎手になって大暴れしていることもあったな。


 いや待て。俺が運動音痴だという理由だけであんなに毛嫌いしないだろ。こんな理由で嫌われたら、全国の四割くらいを占める運動音痴の学生たちはどうやって生きていけばいいんだ。


 なんとなく気になったので、いろいろと考えてみたが、決定打となるものはひとつも出てこなかった。


 あいつの気まぐれは今にはじまったものじゃないから、そのうちに機嫌を直してひょっこりやってくるだろう。


 それまでコンビニ弁当で耐え忍ばないといけないが、仕方ない。下手にちょっかいを出すと逆効果になるから、時間が解決してくれるのをゆっくりと待つしかない。



  * * *



 休みが明けて、試験勉強の期間がやってきた。来週には期末試験が行われる。


 俺たちは午前中で帰宅できるが、先生たちは午後から夜を徹して試験の問題をつくってるんだろうな。面倒くさい応用問題なんかを最後の方に入れたりしてな。


 試験の平均点を上げたいんだったら、難しい問題なんて入れなければいいのにな。平均点が低いと、先生は試験用紙を返すときにいつも言うけど、解かれたら解かれたでむかつくんだろうな。


 余計なことを考えながら朝の通学路を歩く。今日は空が曇っていて気温がかなり低い。


「八神くんっ」


 葉の落ちた桜の木の道を歩いていると、後ろから声をかけられた。驚いて振り返ると、あらわれたのは、妹原――だとっ?


「よ、よお」

「やっぱり八神くんだったんだ。間違ってたらどうしようと思った」


 妹原が手を振りながら小走りで駆けてくる。好きな子から声をかけられるなんて、ああ。夢のようだっ。


 俺の身体が緊張で強張る。


「今日は、来るの遅いんだな」

「そうかな。星に願いをの楽譜を探してたから、時間がかかっちゃったのかな」


 星に願いをっていうのは、フルートの楽曲かな? しっかり者の妹原でも、物をなくすことがあるんだな。


「妹原が物をなくすなんて、珍しいな」

「そんなことないよ。ペンとかクリーナーをいつもなくしちゃって、お父さんに怒られるもん」


 妹原の親父さんは厳しそうだからな。物をなくしただけで激しく怒りそうだな。


「クリーナーって、フルートを手入れする道具か?」

「うん。フルートは精密にできてる楽器だから、こまめに手入れしないと音が悪くなっちゃうの」

「へえ。外から見た感じだと、そういうのはあんまりわかんねえけどな」


 学校の正門を抜けて校舎の昇降口へと向かう。なんだか、いい感じだなあ。


「フルートのお手入れの道具ってたくさんあるんだよ。キーに差し込むオイルとか、汚れを落とすときにつかうポリッシュとかね」

「フルートって吹くだけじゃなくて、手入れも大変なんだな」

「うん。お母さんが手入れしてくれるときもあるけど、自分のつかう楽器は自分で手入れしなさいって、お父さんに言われちゃうから」


 うちのクラスで登校している生徒は、まだふたりしかいないようだ。四十人の生徒が収容できる教室はがらんとしていて少し寂しい。


 弓坂はまだ来ていないようだから、妹原ともうちょっとふたりきりで話ができるぞっ。


「八神くんは、勉強捗ってる?」

「勉強? どうかな。英語とか数学はそれなりにやってるけど、古文とか化学はまだ目も通せていないな」

「期末試験は教科が多いもんね。勉強するの大変だよね」

「古文は特に苦手だから、前々日くらいまでやらないでいつも苦労してるよ」


 俺は古文が苦手だ。古語の単語が理解し難く、文章を現代文に訳するのがどうも得意じゃないのだ。


 クラスの中で古文を得意とする女子が必ずいるけど、彼女たちはどうやってあのわかりづらい古文をマスターしてるんだろうな。学園生活の五本指くらいに入る謎だ。


 妹原が口に手を当てて、くすりと笑った。


「古文って難しいよね。わたしも古文の活用がどうしても苦手」

「わかる! 下二段活用とか、変格活用の種類とかが多くてややこしいよな」

「そうなのっ。現代文の活用とごっちゃになっちゃうから、文章を読んでるうちに訳がわからなくなっちゃうよね」


 古文のちょっとした話が広がって、妹原が笑ってくれている! ああ、今日は本当にいい感じだよぅ。


 今の俺の感情を顔文字で表現したら、Tの字の涙を両目から流しているところだ。俺、もうこのまま窓から転落してもかまわないぜっ。


 興奮でアドレナリンが分泌されまくっている俺の脳髄に、とてつもなく大胆な作戦が思い浮かんだ。試験勉強を建前にして、図書館のデートを誘うというのは、どうだろうか。


 当然、俺の下卑た思惑は妹原に気づかれてしまうだろう。だけど、いつまでもふたりでデートもできず、恋人未満の間柄で甘んじていたくはないのだ。


 弓坂だって、勇気を振り絞って山野にアタックしたんだ。俺だって、やってやるぞ。やってやると胸に誓ったんだっ。


 俺は喉の渇きを感じながら口を開いた。


「せ、妹原っ」

「うん」


 妹原が柔和な笑顔で俺を見てくれる。


「あの、さ。今日から、午前中で授業が終わるけど、その……帰りに図書館で、勉強しないかっ?」


 胸が高鳴るのを感じながら、俺は言ったぞ。はっきりと、彼女へ伝わる声で。


 妹原は絶句して、つぶらな瞳を揺らしていた。顔が少し赤くなっているような気がする。


 これで断られたら、終わりだ。敗残兵は諦めて田舎へ引っ込むしかないっ。


 妹原はうつむいて、胸に手を当てて返答に窮していた。俺は無残に断られてしまうのかっ。


 だけど、妹原はすぐに顔を上げてうなずいた。


「うんっ。わたしも古文が苦手だから、いっしょに勉強しよう」


 ぃよっしゃあああぁぁ! 妹原からっ、ついにオーケーをいただいたぜぇ!


 妹原と、ふたりで図書館デートができるなんて、ああ! マジかよ。マジなのかよっ!?


 あまりに嬉しすぎるから、俺のあふれんばかりの想いが妙な奇声となって漏れてしまいそうだ。だが、そんなことをしたら妹原に颯爽と前言撤回されてしまうので、


「サ、サンキューな。じゃあ、そのホームルームが終わったら、いっしょに出よう」

「うん」


 ふるえる声で俺は、妹原へ礼を言った。


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