第166話 俺が好きなのは妹原だ
「きみと上月の噂は中学のときからあったが、きみはいつもはぐらかしていたな。なんにもねえと、口癖のように言ってな」
木田が微妙なインテリキャラを崩さずに聞いてくる。
「別に、はぐらかしては、いねえけど」
「では、正直に教えてくれてもいいのではないか?」
教えるも何も、俺はあいつと恋仲になどなってはいないので、教えられることはないんだがな。
「今日はやけに突っ込んでくるな。俺、お前に怨まれるようなこととかしたか?」
「特別に怒っているわけではないから、安心してくれ。今日はうるさいヅラがいないからな。中学のときから気になっていたことを聞こうと思ったんだよ」
そう言って木田が屈託のない表情で微笑んだ。こいつの言葉の通りに、敵意は感じられなかった。
外は微妙に風が吹いて寒いので、よく行く駅前のカフェへ移動した。込み入った話をするときは、やはりカフェに行くのが一番いいよな。
ドリンクはなんでもよかったので、もっともスタンダードなカフェラテを注文した。木田は無駄に気取ってアメリカンを頼んでいた。
「ヅラも、きみと上月の関係性についてやっと気づいたようだが、実際のところはどうなんだ? あいつと付き合ったりしているのか?」
窓際のカウンターに肘をつきながら、木田が再び口を切る。
「っていうか、ヅラのやつ、まだ気づいてなかったんだな」
「あいつのことはいいから、さっさと白状したまえ」
ち。桂を使って話を逸らそうとしたが、あっさり見抜かれてしまった。
自分の想いなんて恥ずかしいから言いたくないが、前にこいつの本気の涙を見てしまった。
それなのに自分の気持ちを隠し続けるのは、なんだか卑怯な気がする。木田もきっとそういう思いがあるから、俺の本音を聞き出したいんだろうな。
俺は生唾を呑み込んだ。
「お前、ヅラとか他のやつらに言いふらさねえだろうな」
「そんなこと、できるわけないだろう? きみのような乱暴者と教室で殴り合うのはご免だ」
あのときはお前から殴りかかってきたんだがな。――些細なことを気にするのはやめておこう。
会話が途切れて、心臓の鼓動がかすかに早くなる。相手がだれでも、自分の気持ちを言うのって緊張するよな。
「俺が好きなのは、上月じゃねえ」
「ほう。ということは、他に好きな女がいるのかね?」
木田が即座に返答して次の言葉を促してくる。
俺の顔がほのかに熱くなっているような気がした。
「……妹原」
恥ずかしいので顔を背けて答えると、木田の椅子からがたっと音がした。
「えっ!? せ、妹原――」
「うわっ、バカ! 声がでけえよ!」
俺は即行で木田を押さえつけて口を塞いだ。後ろにいたおばちゃんが不審がっているが、そんなことを気にしてる場合かっ。
「ま、待てっ、ライトくんっ。苦しい」
「む、す、すまん」
木田が顔面に血を昇らせて苦しがっていたので、俺は手を離した。
「お前、マジかよ。完全に上月とできてると思ってたから、全然気づかなかったぜ」
木田が呼吸を整えながら言うが、上月の名前もできれば出してほしくないんだけどな。店内にクラスメイトがいたら厄介だからな。
「っていうか、今の席はあいつのとなりだが、なんでもない風を装いながら。実はめっちゃ喜んでたのか?」
「ああ、そうだよっ。うちの学校に入学してから、ずっととなりの席になりたいって思ってたんだよ。悪いか、めっちゃ喜んじゃ悪いか!」
「悪いとは言ってないだろっ。少しは冷静になりたまえ!」
木田が意味不明なインテリキャラをとり戻して制止する。
これも入学したときから思っていたが、その微妙なインテリキャラはつまらないから、そろそろやめてもいいんじゃないか?
木田がカウンターに置いていたアメリカンコーヒーの存在に気づいて、カップを手にする。ミルクもグラニュー糖も入れていないから、どうやら苦くて飲めないようだ。俺の前でかっこつけても何も得にならないというのに。
「いやまさか、ライトくんの本命が他にいたとはな。上月とどこまでいってるのかを白状させようと思っていたが、今年一番の衝撃の事実を聞いてしまったな」
どこまでいってるって、あのなあ。
「お前もそうだが、同中のやつらは単純すぎるんだよ。俺が上月とスーパーに行ってたからって、好きだとか、もう付き合ってるだとか決め付けやがって。そんなことがあったくらいで彼女ができてたら苦労しねえっつうの」
「だが、あいつとスーパーに行ってるのは事実なんだろ?」
「うっ、ま、まあ、そうだけどよ」
そうやって事実を淡々と積み上げられると反論しづらいから、なるべくやらないでほしいよな。
「大体なあ、あの上月が俺みたいなへたれを好きになると思うか? あいつが好きなのは、背が高くて渋めで、さらに笑顔が素敵なスポーツマンなんだぞ」
「まあ、そうだな。あの偏屈で性格の悪い上月が、きみのような軟弱な男を好きになるとは思えないな」
「だろ? いっしょにスーパーに行ってるのだって、俺に夕飯をつくれば親から小遣いをもらえるから、ただの小遣い稼ぎなんだよ。つまり、かったるいバイトをしてるだけなんだよ」
この話だって、あいつの口から何度も告げられた事実だからな。自分に都合よく捻じ曲げてもいない。
「夕飯をつくると小遣いがもらえるという話は、前にもきみが言っていたな」
「ああ。あいつの母さんからも聞いたからな。ほんとにもらってるみたいだぜ」
「そうでもしなければ、好きでもない男に飯なんてつくろうとは思わないだろうな」
「そういうことだ」
俺は右手に持っていたカフェラテのカップを置いた。
「そういうわけだから、俺はあいつのことなど、好きでもなんでもないということだ。あいつだって、俺のことなんて毛虫一匹程度の価値しか感じていない。お前らからしたら仲がよさそうに見えるが、実態はこんなもんなのさ」
「仲がよくても、そこからなんにも発展せずに終わるということは往々にしてあるらしいからな。そう考えると、きみの意見はわりと正しいのかもしれないな」
木田が得心してブラックコーヒーを飲み込む。だがやはり苦いから飲めないらしい。だから我慢しないでミルクを入れればいいだろっ。
恋愛のレベルが低い俺には、俺と上月の関係が一般的なのかはよくわからない。ただひとつ言えるのは、俺とあいつが付き合う確率は一パーセントもないということだ。
俺はあいつの好みのタイプからかけ離れた存在だし、あいつの性格だって俺の彼女の理想像とかなり乖離している。
それなのに同中の友達は、俺と上月が近くに住んでいるというだけで好きだと決め付けてくるんだから、安易な発想であると言わざるを得ない。
あいつとは中学二年の頃からしゃべるようになって、今では妙な縁になってしまったけど、この関係はいつまで続いていくのだろうか。なんだかんだ言ってあいつのことは嫌いじゃないから、ずっとこのままでもいいけどな。