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第162話 送り出さないフライト

 夜に弓坂から電話があって、俺は何度もお礼を言われた。


『ヤガミンが、あたしのために、がんばってくれたからだよぅ』

「いや、そんなことはない。お前が勇気を振り絞ったから、うまくいったんだよ」


 俺は頼まれもしないのに、余計な世話を焼いていただけだ。


 あまり行動が過ぎるとありがた迷惑になってしまうが、そこまで考えられていなかったな。


 でも弓坂は、やはり余計なお世話だと思っていないようだった。


『ううん。ヤマノンもぅ、言ってたもん。ヤガミンが、いろいろ教えてくれたって』

「そ、そうか?」


 褒めてくれるのは嬉しいが、あまり褒められると照れちまうぜ。褒められることなんて滅多にないからな。


 電話先の弓坂が『ふふっ』と微笑む。


『あたしだって、がんばれたから。だから、次はぁ、ヤガミンの番だよっ』

「おう」


 次は、俺の番か。いよいよそんな時が来ようとしているのか。


 俺はゴールデンウィークの前に、妹原に告白じみた失態を犯してしまった。だが今となっては、あれは無効となっている。


 あの告白を妹原はおぼえていないだろうし、俺もあれからかなり挽回して、妹原と少しずついい感じになってきている。――と思う。


 弓坂が大逆転できたのだから、もしかしたら俺にも、幸運の女神が微笑んでくれるかもしれない。


 だが俺の心には、入学当初にはなかった何かの感情が、少しずつ大きくなりはじめていた。


『ヤガミンには、いっぱい、応援してもらったから。だからぁ、今度は、あたしが、ヤガミンを応援するね』

「ああ。頼むぜ」


 俺の未来はどのような方向へ転がっていくのだろうか。大きくふくらみだした期待と不安を感じながら、俺は通話を切った。



  * * *



 その週の土曜日に、俺は山野と会った。


 お互い積もる話があったので、どうしても会って話がしたかったのだ。


「すまないな。貴重な休みに予定を入れちまって」


 子連れの家族やカップルたちでにぎわう早月駅の改札口で待ち合わせると、先に到着していた山野が無表情で言った。


「平気だ。今日はバイトのシフトが入っていなかったからな」


 いや、俺は弓坂との予定が入っていることを懸念していたのだが。


「バイトのシフトの件もあるけど、弓坂と遊ぶ約束はしてなかったのかよ」

「ああ。まだ付き合ってるわけじゃないからな」


 そうなのか? かなり引っかかる言葉だが、混雑した改札のそばでしゃべっていても邪魔になるだけだな。


 座って話がしたいので、駅前のカフェに移動する。店内も駅構内を凌ぐほど混雑しているけど、窓際のカウンター席を確保することができた。


「付き合ってないって、なんだよ。あいつの告白をオーケーしたんだろ?」


 先ほどの、まだ付き合ってない発言が気に入らなかったので、カフェラテを片手に切り出してみる。すると山野は落ち着き払った所作で、


「お前だって聞いてただろ。気持ちが整理できるまで時間がほしいと」


 少しも悪びれずに返答されてしまった。あの返答は、答えを先送りにしてるものだけどよ。


「じゃあ今後、弓坂を振る可能性があるって言いたいのか?」

「いや、そういうわけではない。俺の中で気持ちがしっかりと整理できるまでは、あいつを彼女にさせたくないんだよ」


 言っていることは意味不明だが、付き合うことが確定してるなら、もう付き合っちまえばいいじゃないか。


「あいつは俺を想ってくれているのに、俺が雪村のことを考えながら付き合っていたら嫌だろ。そういうことだ」


 なるほど。そう説明されると納得できるが、結論を先延ばしにされるのも嫌だろ。


 いろいろと気にかかるところはあるが、部外者の俺がこいつらに口を挟むのもよくない。俺は黙ってカフェラテを飲み込んだ。


「よくわかんねえけど、あいつのことをちゃんと考えてるなら、いいんじゃねえか? 考えなんて人それぞれなんだし」

「安心しろ。あいつを無責任に捨てたりしないから。後はまかせておけ」

「ああ。頼むぜ」


 山野の頼もしい言葉が聞けて、安心した。こいつは最新鋭の人型ロボットのように命令を有言実行するタイプだから、言葉にはすごく説得力があった。


 店を出て、学校のそばの河川敷へと向かう。そこは山野と雪村が再会したあの場所だ。


 夜には俺が彼女とふたりで会って、真剣な恋愛トークをかましたものだ。


 青天ははるか彼方まで澄みわたっている。雲ひとつない秋晴れだった。


「そういえば、元カノと話をしてたんだな」


 空を見上げながら口を切る。山野が「ああ」と相づちを打つ。


「お互いのためにならないから、会うのはもうやめようってな」

「それは難儀したな」

「本当だ。俺はまだ未練があったんだけどな」


 川のほとりで山野が嘆息する。


 彼女をけしかけたのは、紛れもなくこの俺だ。罪悪感に胸がしめつけられる。


「でも、それは向こうだって同じだったんじゃないのか? それでも日本に残ったお前を想って、苦渋の決断をあえてしたんだろ」

「だといいがな」


 川の対岸から秋風が吹きつける。十月になって少し肌寒くなった気がする。


 空の彼方から飛行機のジェット音が聞こえてきた。見上げると、豆粒くらいの大きさの黒い機影がゆるやかに飛行していた。


 山野も飛行機を力なく見上げて、


「今日はあいつがドイツに戻る日だったな」


 さらりと衝撃的なことを言いやがったので、俺は思わず白目を剥いてしまった。


「えっ、マジかよ。送り出さなくてよかったのか!?」


 今日はなんにも用事がないって言ってたくせに、超重要な予定が入ってたんじゃないかよ!?


「今から空港に向かえば間に合うんじゃないか!? 彼女を送り出してやらないと――」

「いいんだよ」


 慌てる俺に目も暮れず、山野は言い捨てた。


「俺たちはもう会わないようにしようと決めたんだ。だから、いいんだよ」


 機影は空に轟音を響かせて、西の空へと消えていった。


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