第160話 弓坂が心配だ!
山野がついに弓坂を呼び出した。今日の放課後に気持ちを伝えるために。
あいつは、なんて答えるのだろうか。弓坂は振られてしまうのだろうか。
「ライトっちゃん、どうしたの? 早く食べないと冷めちゃうぜ」
桂に言われてはっとする。俺はカレーを食べ切ったと思っていたが、まだ三分の一くらいが食べ残っていた。
桂と木田はとっくに食べ終わり、俺が食べ終わるのをじっと待っている。
「すまん。すぐ食うから、ちょっと待っててくれ」
心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、俺はカレーの残りを胃に流し込む。噛むことに気持ちなんてまわらない。
俺が振られるわけじゃないのに、なんでこんなに緊張してるんだ。意味がわからないぜ。
帰りがてら弓坂へ激励のメールを返して、俺は教室へと戻った。
弓坂のメールは妹原と上月のところにも届いていたようだ。ふたりにメールで確認してみると、わたしも知っていると真面目な返信があったからだ。
五時間目の授業を受けているときに上月からメールが届いて、『未玖が心配だから、放課後に覗きに行く』と申告された。
妹原もどうやら上月に同意したようで、ふたりで弓坂の後をつけていくみたいだ。
『あんたはどうするの?』
弓坂と山野の後をこそこそつけていくなんて、決していいことじゃない。でも、ふたりのことが気がかりでならないから、俺だけ黙って帰ることはできないと思った。
授業中にしばらく呻吟して俺は、上月に短めのメールを返信した。
『わかった。俺も行く』
* * *
六時間目の授業が終わって放課後がやってきた。
何も知らないクラスメイトたちは、それぞれ部活に向かったり、帰路に着いたりと思い思いの行動をしている。
俺は帰宅の用意をする振りをして、彼らの背中をそっと見守る。
上月と妹原もみんなにばれないように、机に置いた鞄を触ったりしながら待機している。
山野はすぐに席を立って教室を出ていった。弓坂は、俺の後ろでじっとたたずんでいる。
これから死刑台へ向かうのかもしれないと思うと、屋上へ向かう気になれないよな。
いたたまれなくなってきたので、帰宅する振りをして廊下へ出る。告白されない俺まで緊張してきた。
背中を丸めながら、なんとなく廊下を歩いていると、
「八神くんっ」
後ろから妹原の声がした。振り返ると、鞄を両手に持った妹原の姿があった。
「よ、よお。妹原も我慢できなくなったのか」
「うん。なんか、じっとしていられなくて」
あんな張り詰めた状態で待機していられないよな。
「未玖ちゃん、どうなっちゃうんだろう」
「わかんねえな。山野がいい回答をしてくれたらいいんだが」
となりのクラスのロッカーに背中をあずける。妹原が俺の傍らでうつむいている。
こんなときに妹原を元気付けるひと言でも言えたらいいが、弓坂のことが心配で何も思いつかない。
「覗き見するのは、ちょっと気が引けちゃうね」
「そうだな。人として褒められる行為じゃないもんな」
その後は妹原と会話することもなく、生徒のいない廊下で時間をつぶしていると、上月が教室から走ってきた。
「雫、未玖が屋上へ向かったわよ!」
「ほんと!?」
ついに弓坂が動いた。――俺たちも行動開始だ!
唖然とする妹原と示し合わせて、俺たちは屋上へと急行した。
静かな階段で足音を立てないように駆け上がる。心臓の鼓動がみるみる早くなる。
山野、どうか弓坂を幸せにしてやってくれ!
夕空の彼方にいるであろう何かの神様に何度も願掛けをして、屋上へとつながる扉の前へと到着した。
「いい? 声とか出しちゃだめよ。ふたりにばれるからね」
上月が右手をドアノブにかけつつ、左手の人差し指を口もとへ寄せる。振り返って小声で告げる。
音を立てないようにドアノブをまわして、慎重な手つきで扉を少し押す。ほんの少し開いた戸口から夕日が差し込む。
「どう? 麻友ちゃん」
「あいつらはいるか?」
俺たちの先頭を立つ上月に身を寄せる。上月の左の肩に手をかけて、屋上を覗き込む。
「わかんない。もうちょっと開けないと見えないわ」
ドアの隙間はわずか数センチメートルしかないから、屋上の様子がわからないのは無理もない。だが、あんまり開けすぎるとふたりに気づかれるぞ。
「じゃあ、静かに開けろよ。がばって開けたら気づかれるからな」
「わかってるわよ、そんなことっ」
こんな不毛なやりとりをひそひそと交わしながら、ドアを少しずつ開けて、ドアの陰から向こう側を伺うように覗き込んだ。
文化祭がすぎた後の学校の放課後。屋上のなんの特徴もないコンクリートは夕日に照らされて、稲穂のような黄金色に染まっている。
屋上は体育館くらいに広いけど、そこにいる生徒はわずかふたりしかいない。
屋上の手すりの傍に彼らの姿はあった。ふたりは俺たちに背を向けて立っている。
山野は奥で手すりに片手を当てていた。弓坂は手前で立ち尽くしている。心なしか、身体がふるえているような気がする。
俺たちと距離がかなり離れているから、ふたりの声はかなり聞き取りづらい。だが耳を澄ますと、声がかすかに聞こえてきた。
「――突然呼び出したりして、すまないな」
俺たちが固唾を呑んで見守る中、山野が重い口を開いた。




