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第159話 弓坂の決意

 文化祭の振替休日が過ぎて、木曜日から通常の学校生活が再スタートした。


 校舎や校庭の装飾はきれいに片付けられて、文化祭のにぎやかで華やかな雰囲気はすっかり過去のものとなっていた。


 連日の疲れがたまっていたのか、それとも疑念の渦巻く教室へ入ることを無意識的にためらっていたのか、今朝はなんとなく身体が重かった。なので、いつもより遅く登校した。


 教室の扉に手をかけて息を呑む。扉の向こうから聞こえてくるクラスメイトたちの喧騒が、この前みたいにぴたりと止んだりしないだろうか。


 だが扉を開けた俺にかけられた声は、予想を大幅に反する温かいものだった。


「よっす、ライトっちゃん!」

「おはよう、八神くん」


 木田のとなりの席に座っていた桂が、右手を挙げて挨拶してくれたのだ。桂と会話していた妹原も笑顔で手を振ってくれる。


 他のクラスメイトたちも俺を一瞥するだけで、話を不自然に途切れさせたりしなかった。


 ああ、妹原に桂よ。そして心優しいクラスメイトたちよ。俺は今、猛烈に感動しているぜっ。――という気持ち悪くて暑苦しい雰囲気は決して面に出せないので、俺はなるべくクールを装って挨拶を返した。


「あ、ああ。おはよう。ふたりとも、早いな」


 そんな俺の浅はかな考えを桂は見抜いたのか、妹原と顔を見合わせて含み笑いを浮かべる。不意に立ち上がって、俺の首にヘッドロックをかませてきた。


「なあに、かっこつけてんだよぉ。お前、ぶっちゃけ、学校に来るのびびってたんだろぉ?」

「び、びびってなんかいねえよ!」


 アホの桂の分際で俺の心境を正確に言い当てるな! そういうことができるのは上月ひとりだけで充分なんだよっ。


 俺と桂の無益なやりとりを眺めて、妹原がくすくすと笑った。


「八神くん、今日は来てくれないのかなあって思ってたから、よかった。身体、だいじょうぶ? 疲れてない?」


 妹原って本当に優しいんだな。きみがそうやって俺を優しく包み込んでくれるから、俺はこうして無事に登校できるんだよ。


 ――なんていう正直な気持ちを吐露することはもちろんできず、


「あ、ああ。だいじょうぶだよ。あの後ぐっすり寝たからな」


 今日もなんとなくぶっきらぼうな返答しかできなかった。妹原、不甲斐ない男でいつもすまない。


 木田と弓坂も登校していたようで、木田は俺を一瞥しただけだった。昨日の涙を見てしまった後なので、少し気まずいが、「よお」と手短に挨拶を済ませておく。


 弓坂は顔を上げて挨拶してくれたが、往年の元気が陰を潜めている。失恋してすぐに立ち直れという方が酷ではあるが。


 ――山野はどんな決断を下すのだろうか。弓坂を振ってしまうのか。


 あいつと雪村には悪いけど、やはり弓坂を振ってほしくない。それが友人としての贔屓目であることは重々承知しているけれど、弓坂の泣いている姿はもう見たくないんだ。


 俺は友人として最大限の努力をした。ふたりの結末がこの後どうなるのか、俺にはわからない。だが静かに見守るしかない。


 朝のホームルームがはじまる直前に上月といっしょに山野が登校してきた。サッカーの試合のなにやら下らないやりとりを交わしているふたりの姿に、いつもと違った様子は見えなかった。



  * * *



 お昼はいつも山野と弓坂の三人で摂っているけど、ふたりを誘う勇気が俺にはもてなかった。


 四時間目の終業のチャイムが鳴っても、弓坂は席を立たずにひとりでたたずんでいる。妹原が気になったのか、俺に話しかけてきた。


「八神くん。今日はみんなでご飯食べよう」


 妹原の気配りは奇声を発したくなるほど嬉しい。だけど、ここで弓坂を誘ったら、山野が仲間はずれになっちまうんだよな。


「いや、俺はひとりで食うから、妹原はいつも通りに上月と食ってこいよ」

「う、うん」


 そんなぎこちないやりとりを背中でばっちりと聞いていた木田が、わざとらしく咳払いをした。


「なんだ。ライトくん、きみは昼飯をいっしょに食う友達もいないのか? ならば、仕方がないから、私とヅラが付き合ってやってもかまわないぞ」

「え、なになに? 飯食いに行かないの?」


 どこからともなくあらわれた桂が木田の机に座る。木田がまたわざとらしい仕草で肩を竦めた。


「ライトくんは昼飯をいっしょに食う友達がいなくて寂しいんだとよ」

「えっ、そうなの? だってお前、いつもは山野と弓――」


 そう言って桂がはっと口を止めた。困惑して山野と弓坂を交互に見やった。


「――というわけだから、ほら、三人で昼飯を食いに行くぞっ」

「な、なあんだぁ。ライトってば、寂しがり屋なんだなあ。それならそうと言ってくれよぉ」


 颯爽と教室を去る木田に桂がついていく。不器用ながら気を遣わせちまって、すまないな。


 俺は妹原に断って教室を後にする。弓坂が悲しそうな目で俺を見ていたが、俺は足を止めなかった。


 食堂は今日も腹を空かせた生徒たちでごった返していた。テーブルを埋め尽くす男女は、当たり前だが制服を着た生徒たちばかりだ。


 弓坂のことは気がかりだ。だが、俺がひとりで懊悩としていても状況はなんら変わらないのだ。


「お前らはいつも食堂で昼飯を食ってるのか? 食堂で食ってるところはあまり見たことないけど」


 食券を買う行列に並びがてら尋ねてみる。木田が「いや」とかぶりを振った。


「その日によるな。食堂で食うこともあるし、購買でパンしか買わないときもある」

「つうか、パン買うときの方が多くね? だってこの行列に並ぶのめんどくせえし」


 後ろの桂が億劫な不満を素直にぶちまける。行列に並ぶのは俺も嫌いだ。そもそも行列に並ぶことが好きな人なんていないと思うが。


「そうだな。食堂の飯なんて安いだけでぶっちゃけうまくないし、価値は購買のパンと同レベルだからな。今日はライトくんがどうしてもと希望するから、こうして行列に並んでやっているが」

「どうしても食堂で食いたいなんて、俺はひと言も言ってねえだろ」


 木田がさりげなく事実を捏造ねつぞうしやがったので、すかさず牽制する。だが後ろの桂は木田に同調して言葉を続けた。


「じゃあ今日は、ライトっちゃんのわがままに付き合ってやってるんだから、ライトっちゃんのおごりということで」

「ほう、それは妙案だなっ」

「ふざけんな」


 自動販売機で食券を買って、空いているテーブルへすみやかに座る。今日は特別に食べたいものがなかったのでカレーを選んだ。


 桂は相当なおしゃべりだから、昼食の席でも終始にぎやかだ。女子のように軽快なトークを矢継ぎ早で繰り出して、食事する俺と木田の手をいちいち止めさせる。


 話の内容もゲームの話やくだらないだじゃればかりなので、心の中で何度も嘆息したくなる。けれど気まずい沈黙に怯える必要がないので、微妙にありがたかったりするのが本音でもあるんだよな。


 木田も俺と同様にさほどしゃべる方じゃないから、桂の口の軽さは仲を保つ潤滑油になっているのかもしれない。


 そんなことを桂の間抜け面を眺めながら考えていると、ズボンのポケットからぶるぶると振動が伝わってきた。上月あたりが俺にメールでも送ってきたのかな。


 桂の話に聞き耳を立てつつ、俺はスマートフォンを取り出した。テーブルの陰でボタンを操作すると、メールの送信者に『弓坂未玖』と書かれていた。


 俺は我が目を疑いつつ、そのメールを開封した。


『ヤマノンからメールが来たの。放課後に話がしたいから、屋上に来てほしいって』


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