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第157話 くされ縁だけど大切な友だから

 妹原がトレイに麦茶を乗せて運んできてくれた。簡単に礼を言って、麦茶の入ったコップを受け取る。


「弓坂は、急にどうしちゃったんだろうな。あの模擬店の企画、失敗だったのかな」


 木田が早口で捲くし立てるようにつぶやく。上月から事情を聞いてきたみたいだが、弓坂に起きたことのすべてを知らされていないのか。


「俺、一日目はさぼってたから、弓坂をなんで泣かせちまったのか、全然わかんなくてよ。はは、バカだよな」


 俺は対面に座る上月と妹原を見やる。ふたりとも俺の視線に気づいて、困惑した表情を浮かべる。


 あのとき弓坂が泣いていた理由を、木田に伝えるべきだろうか。その事実は、木田にとって到底受け入れられないものだが……。


「でも、ライトはすげえよな。付き合わねえとか言っといて、ヒーローじゃん。俺たちを差し置いて、弓坂を付きっ切りでなぐさめて、ゲーセンに行ったのだって、あいつのためだったんだろ? あいつ、もう、お前のことが好きなんじゃねえの」

「ト、トップぅ」


 ああ、このままだとまた誤解されて、こいつと喧嘩する羽目になってしまう。


 今の木田の精神状態では受け入れられないかもしれないが、事実を包み隠さずに伝えるしかない。


「文化祭で彼女ができて、よかったじゃんか。お前、前から言ってたもんな。彼女がほしいって――」

「木田。お前にどうしても伝えないといけないことがある」


 木田の口が止まる。両肩がびくっとふるえた。


「弓坂が好きなのは、俺じゃない」


 木田の膝に乗っかっていた拳がぶるぶるとふるえ出す。


「お前、また俺をからかおうと、俺にふざけたうそをついて――」

「違う。……違うんだ」


 すべてを吐露したら、俺はまた木田に殴られるかもしれない。けど、もう、それでいい。


 要らぬ誤解を生んで喧嘩するくらいだったら、親友として事実をすべて打ち明けるべきだ。


 俺は木田を見やって口を開いた。


「弓坂が好きなのは、俺じゃない。山野なんだよ」

「……えっ」


 木田が愕然と俺を見上げた。


「お前は文化祭の一日目に教室にいなかったから、弓坂がなんでパニックになっちまったのか、わからないのは無理もない。あいつは――弓坂は、山野の元カノの存在を知ったから、急に泣き出しちまったんだよ」

「あっ、雪村!」


 桂が得心して声を上げた。


「雪村だっ。そうだ。あの日、山野が雪村と教室にあらわれたんだ。ああそれで、弓坂がおかしくなっちまったのかあ」

「そうだ」


 俺は静かにうなずいた。


「山野は、同中の雪村っていう女子と中学のときに付き合っていた。今は事情があって別れているけど、文化祭の前にばったり再会して、ちょくちょく会ってたみたいなんだ」

「他のクラスの同中も、あいつと雪村がデートしてるの見たって言ってたぜぇ」


 桂が俺の言葉をそれとなく擁護してくれる。


「あいつは雪村と喧嘩別れしたわけじゃないし、ふたりとも弓坂の気持ちを知らないから、山野はなんの悪気もなく雪村を文化祭に誘ったんだろうな」

「あのふたり、中学んとき、すんげえ仲良かったみたいだからなあ――」


 桂が言いかけて、はたと言葉を止める。


「ああ、あれ? じゃあ、ライトっちゃんが、前に俺に、雪村のことをしゃべるなよって、口止めしてた気がするけど、それって弓坂のためだったの?」

「そうよっ」


 上月がそこで口を挟んだ。


「透矢は未玖の気持ちを知ってたから、波を立てないように裏でがんばってたのよ。未玖に頼まれたわけでもないのに」

「そうだったのかあ」

「だから言ったでしょ。透矢は何も悪くないって。他にもいろいろ、お父さんのこととか、大変なことがかさなってたんだからっ」


 桂と上月の弁護を聞いて、木田はまた口を閉ざしてしまった。しかし、怒っているようには見えない。


「あのときは大変だったわね。未玖はうちに帰らないって言い出すし、言うことを全然聞いてくれなかったから」

「そうだな。あいつが何をしでかすか、わからない状態だったからな。妹原だって、学校にいるときにがんばってくれてたんだぞ」

「えっ、そうだったのぉ?」


 桂が視線を向けると、妹原が遠慮しがちに首を横に振った。


「それからはヅラもトップも知ってると思うけど、クラス中に誤解を生んだまま俺と弓坂の噂が知れ渡っちまった。山野も、そうなった原因は自分にあると、うすうす感づいていたみたいだったから、あいつに真実をすべて話をした」

「未玖ちゃんの気持ちも、話しちゃったの?」


 困惑する妹原に俺はうなずいた。


「あいつの気持ちを隠しても、山野に不必要に疑われるだけだから、全部話すことにしたんだ」

「山野くん、鋭い人だもんね」

「そうだな。あいつはまだ元カノに未練があるみたいだから、弓坂を振るかもしれない。でも、弓坂のことを悪いようにはしないと思う。弓坂もあいつの気持ちをわかってるけど、たとえ振られたとしても、すぐには気持ちを変えないだろう」


 ふたりがこれからどんな行動に出るのか、それは俺でも予測できない。


 山野はイケメンでもてるのに、恋愛についてかなり真面目で堅いやつだ。だから弓坂を振るかもしれない。


 弓坂も山野に振られたら、どうするのだろうか。開き直って新しい人を探したりするのだろうか。


 俺は木田を見やった。


「お前の気持ちを知っていたから、どうしても言い出せなかった。今、こうして思い返したら、俺の行動はかなりまぎらわしかったと思う。でも、あのときは弓坂をどうしても独りにさせられなかったんだ。……木田、すまない」


 どちらにしても木田にとって残酷な結末だ。でも、現実を捻じ曲げることはできないんだ。


 木田はゆっくりと顔を上げて天井を仰いだ。目を瞑り、はあと息を吐いた。


 そして、かたかたと肩をふるわせて、


「は、はは。ははは」

「ト、トップっ」

「ちょっと、木田くんっ」


 急に声を立てて笑い出したから、妹原と桂が顔色を変えた。


「俺はバカだよな。……いつもそうだ。下らないところにばっか頭がまわって、肝心なものが何も見えてねえ。てめえで勝手に変な思い込みをして、ライトを、みんなが見てる前でぶん殴ったりしちまってよお」


 木田の頬に一筋の雫が伝う。桂が木田から手を離した。


「ライトは、何も悪くねえのに。……謝りに、来た……のに、またっ、俺はっ……こいつを……うた、疑っ、て……」


 木田がテーブルに手をついて泣き崩れる。その嗚咽を聞いて、桂はがくっと肩を落として、妹原はもらい泣きしていた。


 だれもが悲しまずに両想いになれたらいいのにと、いつも思う。


 失恋して悲しみたいやつなんて、この世にきっとひとりもいないはずなのに、どうしてうまくいかないんだろうな。


 木田だって、方向性はあまり正しくなかったのかもしれないけど、こいつは弓坂のことが真剣に好きだったんだ。


 それなのに、本人から断られることもなく振られて、悲しさに耐え切れずに号泣してるのだから、現実は時に残酷だと思う。


 俺や桂だって、じきにこうなってしまうのかと思うと、複雑な気持ちになってしまう。俺は涙をこらえて、木田の背中をさすった。


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