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第146話 上月と妹原にも、心配されてる?

 早月駅の構内で山野と別れて、俺は私鉄の改札を抜けた。


 他に寄る場所が思いつかなかったから、まっすぐ家に帰ろうと思っていたが、電車を待っているとポケットに入れたスマートフォンからぶるぶると振動が伝わってきた。


 バイブがなかなか止まらないから、どうやらだれかが電話してきたみたいだ。スマートフォンの画面に目を落とすと、上月の名前が映し出されていた。


 あいつが電話してくるなんて、珍しいな――と呑気に思い耽っている場合ではない。早く電話に出ないとまたうるさく言われるぞ。


「どうした」

『あんた、今どこにいるの?』


 スマートフォンの受話口から外の騒音が聞こえてくる。上月は野外から電話してきたようだ。


「今は駅のホームにいる。これから帰るところだ」

『そう。……悪いんだけど、今から駅前のカフェに来てくれない? 雫もいっしょにいるから』


 上月は妹原といっしょにカフェにいるのか。


 今はふたりとまったりコーヒーを飲む気分じゃないが、そもそも駅の改札を抜けてしまった後だが、今朝の一件があるから断るわけにはいかない。


「わかった。今すぐ行く」


 そう告げて俺は通話を切った。



  * * *



「透矢。こっちっ」


 カフェの窓際に設置されたカウンターに上月と妹原の姿があった。アイスのカフェモカを素早く注文して、ふたりの元へと向かった。


 上月と妹原は窓を向いて話をしていたが、俺が入店するとすぐに気づいてくれた。妹原は微笑みながら手を振ってくれた。


 そんなことはともかく、


「すまねえな。無用な心配ばかりさせちまって」

「そんなことは別にいいけど、あんた……だいじょうぶ?」


 上月のとなりの空いている椅子に腰かけると、上月がすかさず顔をしかめた。


「だいじょうぶって何がだよ」

「今朝のことよ。木田と喧嘩するし、クラスのみんなにも疑われてたじゃない」


 俺のことを気にしてくれていたのか。上月にしては珍しく優しいな。


「俺のことは心配しなくていい。それより弓坂はどうだ? 立ち直ってくれたか?」


 弓坂の姿が見えないので尋ねると、端の席に座る妹原が身を乗り出して言った。


「未玖ちゃんのことなら心配しないで。麻友ちゃんといっしょに説得して、元気を取り戻してくれたから」


 そうだったのか。ふたりに慰めてもらったのなら何も心配することはないな。


 すると間に座る上月が反撃とばかりに、


「あんたはエロメガネといっしょに教室を出て行ったけど、ちゃんと説得してくれたんでしょうね」


 俺があいつと話をしに行ったところをばっちり観察していたようだ。なんて答えようか一瞬だけ迷ったが、とりあえず首肯しておく。


「ああ、説得したよ。弓坂のことを振らないでくれってな。でも、あいつの気持ちを変えるのは難しいかもしれない」

「そうなの……?」


 静かに相づちを打っていた妹原の顔に陰が差す。


「山野は、あいつは元カノの雪村のことが今でも忘れられないんだ。自分から彼女を振ったっていうのにだ」

「自分から振ったって言ったって、それは海外に留学する彼女を想ってのことだったんでしょ? 自分にとっては不本意な別れ方だったんだから、過去の恋愛に未練が残るのは当然よ」


 上月が俺の言葉にすかさず反論する。


 こいつはどうやら状況をかなり正確に理解しているようだ。俺はちゃんと説明していないはずだけど、知り得ている情報を深く洞察して状況を理解したんだな。すごいやつだ。


 上月の意外な頭のよさに感心している場合じゃないか。


「そこなんだよな、問題なのは。ひどい別れ方でもしたんだったら、元カノに対して未練なんて残らないんだろうが、彼女の将来のために仕方なく身を引いたっていう感じだったからなあ」

「そうよね。好きなのに別れないといけないのって、すごくつらいと思う。だから、エロメガネのことがなんだか責められないのよね」

「うん。山野くんだってかわいそうだもんね」


 ふたりとも俺と同じことを考えているんだな。肩を落としながらうなずいてくれる。


「それに、あいつは真面目なやつだからな。弓坂のことも真剣に考えてくれているみたいだが、それ故にきっぱりと断っちまうかもしれない」

「あいつって、もてる癖に妙に真面目なのよね。女子に対して、もうちょっと柔軟に対応してもいいのに。嫌になるわね、ああいうの」


 いやいや、柔軟に対応するのがいいとはかぎらないだろ。


「柔軟にって、あいつに二股でもかけさせる気かよ。それじゃあ弓坂がかわいそうだろ」

「そうだけどさあ。もうちょっとこう、あるじゃない。お互いが傷つかない方法がさあ」

「お互いが傷つかない方法ってなんだよ。そんな夢の方法があるんなら俺に教えろよ」


 ムキになって反論すると、上月が「うるさいわね」と言わんばかりの不平さで黙り込んでしまった。


「まあまあ。麻友ちゃんもなんとかしたいって思って言ったことだから、あんまり怒らないで」


 妹原がすかさず間に入って仲裁してくれる。妹原はやっぱりいいやつだよな。


 とはいえ、第三者の俺たち三人が集まったところで妙案が出ることはなく、手持ち無沙汰で空の容器を触ったり、ストローを無駄に口へ銜えたりしていた。


 そもそも部外者が他人の恋愛に首を突っ込むのはいかがなものかと俺は思うが、客観的に考えるとどうなのだろうか。


 山野と弓坂は大事な友達なのだから、ふたりのために力を尽くしたいと思っているが、それは友達の枠を超えた迷惑行為なのだろうか。


 そんな哲学っぽいことが脳裏に浮かんだとき、妹原がふと言葉を漏らした。


「雪村さんは、山野くんのこと、どう思ってるんだろう」


 そういえば、山野と弓坂のことばかりが気になっていて、雪村の気持ちは考えたことがなかったな。


 上月も気になったのか、空の容器を持ったまま首をかしげて、


「どう思ってるって、エロメガネのことが好きかってこと?」

「うん。わたしたち、未玖ちゃんと山野くんの気持ちばっかり考えてるけど、雪村さんが山野くんのことをどう思ってるのかは、全然わからないんだよね」


 言われてみるとそうだ。俺たちはあの人の気持ちなんて全然知らないんだよな。


 もし雪村が絵や自分の将来のことばかりを考えていて、山野の好意を迷惑だと思っているのなら、その方向でふたりを説得することができる。


 だが逆にあの人も山野に未練を残していて、やっぱり画家になるのは辞めて帰国しようと思っているのだとしたら、状況はかなり絶望的になる。


「ふたりで楽しそうに文化祭でデートしてるんだから、山野のことを嫌いになってはいないんじゃないか?」


 そう言ってみると、上月が腕組みしてうなずく。


「あのときのふたり、楽しそうだったもんね」


 その言葉で文化祭のあの日の光景が脳裏へ浮かぶ。俺たちにとってはトラウマに残るレベルの壮絶な光景だったが、ふたりはまわりの目もはばからずにデートを楽しんでいた。


 そうすると、やはり彼女も山野のことが好きなのか。


「でも、恋人関係を継続したいと思うかどうかは別の話じゃない? 雪村さんがどういう人なのか、あたしはよく知らないけど、わがままな人じゃなかったら、かつての恋人をいつまでも振り回したりしないんじゃないかしら」

「そうだよね」


 妹原がそっと相づちを打つ。


「前に一度だけ、雪村さんと少し話をしたことがあるけど、いい人そうだったよ。そのときは山野くんの前に付き合っていた人だったなんて知らなかったけど、山野くんを自分勝手に振り回すような人には見えなかった。八神くんも、そう思うでしょ?」

「そうだな」


 木製のカウンターに肘をついて、雪村のことをふと考えてみる。


 妹原の言う通り、雪村はたぶんそんなに悪い人じゃない。かなり風変わりというか、普通ではない人ではあるけど、性格の悪さは特に感じなかった。


 表裏もなさそうな感じだし。――というか、人としゃべるのが苦手なんだから、相手に応じて性格を変えられるほど器用ではないだろう。


 彼女のそういう不器用なところも山野は好きだったのだろうか。そんなことを考えると、複雑な想いがまた胸の奥底から沸き上がってきた。


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