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第130話 弓坂が、反抗?

 上月たちと四人で模擬店をいくつかまわって、約束していた時間までに教室へ戻った。


 店の混雑ぶりは下火になってきたみたいだけど、俺たちが店番を交代すると、客足がまた伸びはじめた。


 人気の要因はやはり妹原と上月にあるようだ。あのふたりのコスプレ見たさに男連中が押し寄せるから、それが売り上げに貢献しているんだな。


 妹原と上月の影響力はすさまじいな。それを見抜いた木田は午後も店番をやっていないみたいだが。


 松原がかんかんに怒ってたぞ。クラスを無視して遊び呆けて、だいじょうぶなのか? 木田。


 山野はいつの間にかクラスに顔を出して、俺の替わりにキッチンを担当していた。けれど、一言二言ひとことふたことの会話しかしなかった。


 あいつの無表情面が、今は憎らしく思えてイライラしてくるのだ。だからあいつに話しかけられても、俺はほとんど無視するように小声で相づちを打つだけだった。


 模擬店の公開終了時間がすぎて、文化祭の一日目が終了した。制服に着替えてホームルームを迎えて、今日の学校は終わりとなった。


「今日は疲れたね」


 弓坂のことが気がかりなので、上月たちと四人で帰宅する。前を歩く俺のとなりで妹原が話しかけてくれた。


 妹原といっしょに帰宅できるなんて、いつもだったら最高に嬉しいはずなのに、今は少しも嬉しくない。弓坂のことを想うと、浮かれることに罪悪感すら覚えてしまう。


「そうだな。うちの企画があんなに大ヒットするなんて、思ってもいなかったもんな。お陰で店内は大混乱だったけど」

「ふふっ、そうだよね」


 妹原は天使のような笑顔で相づちを打ってくれる。でも、きっと弓坂のことが気がかりなんだろうな。


「妹原も上月も、今日は大変だったろ。ホールは大混雑だったもんな」

「うん。でも、八神くんや松原さんも、すごい大変そうだったよ。全然余裕なさそうだったし」

「そ、そうか?」


 俺が必死にはたらいているところを妹原は見てくれていたのか。そんなことを考えると、つい顔が熱くなってくるぜ。


「キッチンなんて一度もやったことないからな。うまくできる自信なんてなかったけど、とりあえず無事に終わってよかったよ」

「ほんとよ。あんたがいつ火事を起こすのか、こっちは気が気じゃなかったわよ」


 後ろから上月が悪口を挟んできた。


「うるせえな。しょうがねえだろ。ホールは女子しか担当できないんだから。うまくさばいてただろ?」

「全然うまくさばけてなかったわよ。お客さん、コーヒーの提供が遅くてみんな待ってたのよ。もうちょっと効率よくやりなさいよっ」

「お前だって、開店する直前に、こんなの着たくないって散々駄々をこねたじゃねえか! まわりに迷惑かけてるのはどっちだっ」

「あ! あれはっ、先に言わなかったあんたが悪いのよっ!」


 無遠慮に言われて頭にきたので言い返してやると、上月もムキになって責めてきやがった。妹原がくすくすと笑った。


「麻友ちゃんと八神くんって、やっぱり仲いいんだね」

「どこがっ!?」


 妹原の言葉を否定しようとしたら、上月と言葉がハモってしまった。恥ずかしさのあまりに顔の温度がすかさず沸騰しだす。


 上月も顔を真っ赤にして絶句してるけど、ならハモるんじゃねえよ。妹原にまた誤解されちゃったじゃないか。


「俺は、こいつみたいなうるさい女は、絶対に嫌だかんな」

「あたしだって、そうよ。こんな、四六時中エロいことばっかり考えてるやつ」


 さっさと家に帰りたいので歩みを再開させたが、弓坂の悲しげな表情に明るさは戻らなかった。


 のんびりと談笑しながら歩いて、早月駅に到着した。


 妹原は徒歩で通学しているので電車には乗らず、弓坂はJRで帰るはずだ。俺と上月は私鉄で最寄り駅へと向かう。


 なので早月駅でふたりと別れないといけないが、弓坂をひとりにしてもだいじょうぶだろうか。


「それじゃあ、わたしはここで」

「うん」


 妹原が挨拶して解散しようとするが、弓坂は肩にかけた鞄の紐をぐっとつかんだまま動かない。


「じゃあ弓坂。俺と上月はJRじゃないから。ひとりでちゃんと家まで帰れるか?」

「……らない」


 うつむく弓坂がぽつりとつぶやいた。


「ゆ、弓さ――」

「あたしはっ、うちには帰らないっ」


 弓坂はまた泣き出しそうな赤い顔で、きっぱりと俺に言った。


 ……いや、うちには帰らないって、それマジか?


 弓坂の言葉を待っていた妹原と上月も、予想だにしない返答に口をぽかんと開けていた。


「いや待て弓坂。帰らないって、何言ってんだよっ。それはまずいだろ」


 うちに帰らないということは、家出するつもりなのか?


 いろいろとつらい目に遭って錯乱する気持ちはわかるけど、そういうわけにはいかないだろっ。


 弓坂をなんとか説得してみるが、弓坂はまたうつむいて口を閉ざしてしまった。


「しょうがないわね。なら、あんたんちに泊めてあげなさいよ」


 上月がため息まじりに提案したら、弓坂が困惑したように顔を上げて――って、


「いやちょっと待て。お前なに勝手に無責任な提案してんだよっ。俺んちに弓坂を泊めるのはまずいだろ!」

「しょうがないでしょ。あんたんちに泊めるのが一番安全なんだから」


 金銭的な面で言えばそうだけど、クラスの女子とふたりきりで宿泊するのはダメだろっ。


「未玖とふたりっきりでいるのがまずいんだったら、あたしもあんたんちに泊まってあげるわよ。それなら問題ないでしょ?」


 いや過分に問題あるだろ。女子ふたりと宿泊したのが学校にばれたら、また停学処分になるぞ。


 でも、泣くのを必死に堪えている弓坂を見ると、やっぱり放っておけないよな。ひとりで帰すのは危ないし、家まで送ってもきっとまっすぐ帰らないだろうからな。


「わかったよ。寝るところはたくさんあるから、今日はうちに案内してやるよ。その代わり、弓坂のうちにはお前から電話しろよな。怒られたって知らねえぞ」

「わかってるわよ。男のくせにびびりなんだがら。それじゃ、未玖、行きましょ」


 上月が弓坂の手を引いて駅の中へと入っていく。俺は妹原に挨拶して、ふたりの後を追った。


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