第129話 文化祭のお昼なのに
午前の部が終わって、俺は昼食をとりに食堂へ向かった。上月たち三人を連れて。
食堂はいつもと変わらずに営業しているけど、一般客で客席が埋め尽くされているな。いつもの倍以上の入客数だ。
席を先に確保しておかないと、食券を買っても座って食べられないぞ。
「妹原、悪いんだけど、弓坂と空いてる席を確保してもらってもいいか? じゃないと落ち着いて食べられない」
「うん。わかった」
妹原がこくりとうなずいて、弓坂を連れていく。弓坂は泣き止んでくれたが、心を閉ざしてしまったのか、あれからひと言も会話してくれない。
あんな衝撃的なものを見てしまった直後だから、仕方ないよな。俺は後頭部のあたりをわしわしと掻いた。
上月といっしょに食券を買いに行く。しかし、食券の自動販売機の前も長蛇の列になっているな。ざっと二十人くらいはいるぞ。
十分くらいは待たされるかもしれないけど、それも我慢するしかないのか。そう思っていらいらしていると、
「ねえ」
髪を後ろで括った上月が声をかけてきた。
「どうした」
「あんた、全部知ってたの?」
上月は前の行列を見ながら腕組みしている。険しい表情で、腕に置いた指をとんとんと叩きながら。
食堂に来る前からずっとこの調子だ。こいつも弓坂のことが気がかりなんだろうな。
「ああ。山野から全部聞いた。でも、まさかうちのクラスに連れてくるとは思いもしなかったぜ」
「そうよね。あいつが自分の彼女を連れてくるとか、そんな大胆なことをするやつには見えないし――」
上月はそう言いかけて言葉を止めた。そして山野の雪村の関係でも考えているのか、しばらく唸って、首をなんどもかしげだした。
そして観念したように俺にすがりついてきた。
「っていうか、あたし、根本的なことがまだわかってないんだけど、あの女の人って、そこの土手で絵を描いてた人でしょ?」
「ああ、そうだよ」
「あの人はエロメガネの彼女なの? ん、でも、桂はよりを戻したって言ってたよね。そうすると、エロメガネの元カノってこと!?」
上月が困惑してそわそわと動き出した。忙しないやつだな。
「イギリスから帰ってきたみたいなことも言ってたし。え、っていうことは、あの人ってイギリス国籍もってるの!? でも、顔はめちゃくちゃ日本人だったし」
上月が懊悩している間に行列が少し前に進んだみたいだ。
「ああっ、もう、何がどうなってんのか、全然わかんないじゃないのよ!」
「わかったから、少し落ち着けよ」
「これも全部あんたが隠してたから悪いのよ! 責任とってみんなのご飯を奢りなさいよねっ」
どさくさにまぎれてせこい要求をするな。それに、さっきは教室で俺が悪くないって言ってたじゃないか。
こいつの気分の変わりようにはついていけないな。がっかりして俺の肩が何ミリか落ちた。
「全部話してやるから、とりあえず飯でも食おうぜ。俺は腹が減って死にそうだよ」
「そうね。ご飯食べないと頭が全然まわらないしね」
十分くらい待って、やっと食券の買える番がやってきた。でもメニューを選ぶのが面倒なので、左の隅にあった牛丼のボタンを押した。
「妹原と弓坂の分は聞いてるか?」
「雫は蕎麦がいいって言ってたけど、未玖はわかんない」
弓坂に何を食べたいか聞いても答えてくれなかったからな。なら妹原と同じく蕎麦にしておくか。
自分たちの分と妹原たちの食事を持ってテーブル席へ戻る。カウンターに近い席を妹原が確保してくれていた。
「雫、ごめんね。待たせちゃった?」
「ううん。でも、お腹は空いてるかも」
妹原が冗談っぽく返すと、上月はくすくすと女子っぽい仕草で笑った。
席について牛丼をがっつく。牛丼屋のそれと比べると味は劣るが、今は腹が超絶に減ってるから、掻き込みたくなるほどうまいぜ。
斜め前に座る妹原は、俺の早食いする姿をにこにこしながら見てくれている。弓坂はうつむいたまま身じろぎひとつしない。
「弓坂は食べないのか?」
心配なので声をかけてみるが、弓坂はうんともすんとも言わない。手をテーブルの下に隠したまま口を閉ざしていた。
普段の穏やかで話し好きな弓坂とは思えない姿だ。みんなでご飯を食べるのがこの上なく好きなのに、今はつらそうにじっと耐えているだけだ。
「早く食べないと、蕎麦が伸びちゃうよ」
妹原も気遣って言葉をつないでくれたが、それでも弓坂は食べようとしなかった。
こんな様子では、山野のことなんてとても話せないな。それ以前に食事が全然盛り上がらない。
せっかく妹原も連れて四人でご飯を食べているのに、食事の席の空気が重苦しいのはつらいなあ。
でも、すぱっと気持ちを切り替えて元気出せよ、なんて無責任な発言もできないわけで。……ああ! こういうときはどうすればいいんだっ。
失恋した女子を慰めたことなんて一度もないから、弓坂に何をしてやればいいのか全然わからねえよ。
その後も長い沈黙がつづき、重苦しい空気が食事の席を支配していたが、
「純子から、二時間くらいで戻ってきてって言われたけど、戻るまでまだ時間があるから、他のクラスの模擬店に行ってみようよ」
上月がそう提案してくれた。妹原がすぐにうなずいた。
「う、うん。そうだね」
「二年のクラスで、すっげえうまいクレープをつくってるところがあるらしいぞ」
「そうなの!?」
同中の小早川から聞いた情報を提案してみると、妹原が目を輝かせて破顔した。妹原はスイーツが好きなんだな。
俺のとなりに座る上月も薄く微笑んだ。
「じゃあ、そこに行ってみよっか」
「うん!」
妹原は満面の笑みでうなずいてくれたが、弓坂はそれでも何もこたえなかった。




