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第11話 なんで切れるんだ

「なんだ、いるんじゃない。返事くらいしなさいよ」


 リビングにあらわれた上月は、チェック柄のプリーツスカートにプリントの入ったパーカーという、今風のソフトカジュアルな服装で登場した。


 顔も注視しないとわからないくらいのナチュラルメイクをしているのか、唇がほのかに紅い。肌もよく見るとなんかきめ細やかだ。


 外見だけは、悪くないんだよな。やっぱり。断じて認めたくはないが。


 美容師志望の山野だって、そりゃ太鼓判を押すさ。なんて思いふけっている場合ではない。


 チャンスだ。相談するのは今を置いて他にない。


「……なによ」


 上月は俺の挙動不審なオーラを即座に嗅ぎ取って半歩下がる。さっそく引かれているが、その程度でたじろいでいる場合ではないぞ。


「よ、よお」


 とりあえず右手を頭の位置まで挙げて挨拶してみる。鏡を見なくても顔が引きつっているのがわかるな。


 上月はさらに気持ち悪がって、


「何? 何が目的なのよ、あんた」


 俺が言おうとしていることの先の先くらいを読んでくるが、なんでそこまで正確に把握できるんだ?


 俺が立ち上がると、上月がびくっと反応して後ろに下がった。


「せ、せっかく来たんだ。ゆっくりしていけよ」

「なんでよ」

「そうだ! 昨日買ったオレンジジュースがまだ残ってるぞ。入れてやるから、呑んでけよ」


 すぐに帰られると話ができないから、ジュースでまずは餌付けだ。上月の冷たい視線が背中にぐさぐさと突き刺さるが、耐えるんだ。


 俺がジュースの入ったコップを持って戻ると、上月は帽子を抱えてリビングのソファに座っていた。ソファに置いておいたやつ、見つけたのか。


 テーブルにコップを静かに置くと、


「それで、あたしを引き止めた用事は何よ」


 堪りかねた感じで上月が問い詰めてきた。


「別に、そんなんじゃねえよ。たまには、こうして感謝の意を込めてだな」

「嘘ばっか。あんたが神妙にするときは、絶対に何か裏があるときだもん。どうせまた下らない頼みごとでもする気なんでしょ?」


 くっ、全て見透かしてやがる。透視能力でも得ているんじゃないのか。


「ゲーム中断してるんだから、用があるんだったら早く言ってよね」


 上月は面倒くさそうに急かしてくるが、やっているゲームなんてどうせなんかのパズルゲームだろ? そんなものは俺が後でいくらでも攻略してやるよ。


 しかし、いざこうして上月と対面すると、緊張が半端ないぜ。心臓がばくばくと脈打って、身体中の血液も上流の川みたいに勢いよく流れている。


 このまま上月に告白しそうな勢いになっているが、頼むから耐えてくれ!


「頼む!」


 俺が、ダンッ! とテーブルに両手をつくと、上月がまたびくっと反応した。


「な、何」

「俺、あの……妹原のことが好きになっちまったんだ。だから、その……力を貸してほしいんだ!」

「えっ。……しずく?」

「そうだ。うちのクラスの妹原雫だ」


 俺はテーブルに額をつけて土下座しているような態勢になっているから、上月の様子はわからない。あんたはやっぱりあのミーハー共と同じレベルなのね、と思っているのだろうか。


 俺の顔は火照って、相当気持ち悪い感じになってるんだろうが、許してくれ。


「でも俺、妹原にどうやって近づいたらいいのかわかんねえし、山野に相談したら、妹原の友達に協力してもらった方がいいって、言ってたから、その……」


 ダメだ。言葉は頭で何度も整理したのに、言っていることがむちゃくちゃだ。


「わかってる。俺みたいな雑魚が妹原に近づこうだなんて、おこがましいにも程があることくらいはわかってるんだ。……でも!」


 俺が勢いで顔を上げると、上月は目を見開いて驚いていた。呆気にとられてるんだよな。


「こんなことを頼めるのはお前しかいないんだ。だから、頼むっ!」


 言ったぞ。支離滅裂な頼み方だが、小さじ一杯ほども取り繕っていない、百パーセント正直な俺の気持ちだ。


 これで拒否されるんだったら、仕方ない。他の方法をいちから探しなおすだけだ。


 上月は大きな目を丸くして、しばらくきょとんとしていた。映画の衝撃的なクライマックスを見た直後みたいな表情になっているが。


 なんか、予想していたのと、違うな。反応が、ずいぶん。


 そして、そのまま十秒くらいの間隔が空いていたのだろうか、


「うん」


 少し気の抜けた声が返ってきた。


「本当か!?」


 俺は思わず身を乗り出してしまった。


 いやだって、まさかこんなにあっさりとOKがもらえるなんて、思っていなかったから。


 いいのか? 本当にいいのか?


 でも浮かれる俺とは対照的に、上月はすごく静かだった。


 窓から差し込む夕日に映し出された上月は、がっくりと肩を落として、テーブルの一点を見つめたまま放心していた。いつもの気の強さが嘘のように。


 もっと「ふざけんじゃないわよ!」くらいに罵倒されるのを想像していたのだが、どうしたんだよ。そんな顔をされたら心配になるじゃないか。


「上月?」


 いたたまれなくなったので声をかけてみると、上月がはっと顔を上げて、


「な、何っ?」


 いつになく狼狽していた。こいつのこんな顔を見るのは初めてだ。


「どうした? 具合でも、悪くなったのか?」

「べ、別に。そんなんじゃ、ないけど」


 いや明らかに様子が変だぞ。顔もなんか赤くなってるし。風邪でも引いたのか?


「もしかして、お返しが何もないんじゃ、不満か? なんなら、サーロインの一枚でもまた奢ってやるけど」


 会話がないとなんとなく気まずかったので、思いついたことを適当に言ってみると、頬を紅潮させた上月がむっと怒り顔になった。


 そして、抱えていたつば広の帽子を思いっきり投げつけられてしまった。


「いってえな。何すんだよ!」

「うるさい! 透矢が変なこと言うからでしょ!」


 なんだよ。なんで逆切れしてるんだよ。


 上月は、すごく真剣に怒っていた。こいつが怒るのはいつものことだけど、その、なんと言えばいいのだろうか。今のはすごく余裕のない怒り方なのだ。


 いつものこいつの怒りは、怯える俺に対してのパフォーマンスというか、脅してやろうという悪意から発せられる威嚇でしかないのだが、今の上月は……全然そんな感じじゃなかった。


 立ち上がった上月はきっと俺をにらむと、俺に背を向けてすたすたとリビングから出ていく。


「お、おい!」


 なんだかやばそうなので追いかけるが、上月は俺を無視して玄関まで一直線。脱ぎ捨てていた白のスニーカーを履くと、ドアノブに手をかけた状態で身体を止めた。――俺に背中を向けたまま。


「わかってるわよ。協力すればいいんでしょ。……何をすればいいのか、わかんないけど」

「ああ。実は俺も、これからどうすればいいのか、全然わかってないんだ。でも、その辺は山野が考えてくれるから、あいつからメールもらったらお前にも転送するよ」

「そう」


 俺の曖昧な答えに対しても上月は全然反応しない。いつもだったら、待ってましたとばかりに反撃してくるのに。


 そして上月は、俺にふり返らずにドアを開けて帰ってしまった。バタン、というドアの閉まる音が無情に鳴り響く。


 あいつ、怒ってたよな。絶対。


 俺なんかが妹原を好きだと言ったのが、そんなに気に入らなかったのか?


 いや、あまりにいきなりすぎたから、呆れられたのかもしれないな。


 でもしかし、これで上月に協力してもらえそうだから、彼女ゲットに向けて大きな一歩を踏み出したぞ。


 そうなれば次は来週に備えて作戦会議だ。俺はポケットからスマートフォンをとり出して、アドレス帳から山野のアドレスを探した。


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