第四章:領主ボルラ
「酒だ! 酒を持って来いっ!!」
ここは領主の屋敷。そこで濁声を張り上げているのは、新領主たるボルラだ。
彼は傍らに数人の女性を侍らせ、目の前にそれなりに豪華な料理を並べさせ、夕食を取っている。しかしその顔をよくよく観察すれば、そこに浮かぶのが栄華を得た喜びよりも、現状に対する不満と……恐怖であることに、多くの者が気付いたことだろう。
ボルラは正直なところ、この昇進と以前までの苦労とを比べ、割に合わない気がしていた。
直属の上官の暗殺を依頼された時、狼狽はしたが、囁かれたその見返りの大きさに思わず「諾」の返事をしてしまった。……その時は、これを機に一介の下級騎士でしかない自分が、シェユラスを超え、より高く栄達せんと野心を肥大させていたのだ。
しかし、暗殺は呆気ない程簡単に成功し、そして得られた見返りもかつて見ていた輝きを色褪せてきつつある。所領を持つ上級騎士の端に列せられはしたが……どうも、ここまで止まりになる雲行きだ。
そこに来て、あの “影の騎士” の噂だ。部下に裏切られた騎士が幽霊となり、その部下を殺害した等という話は、噂としてはよく聞くものだし、史実としても幾つか残っている。
それが自身の明日の姿かも知れない……そう思える彼は、こんな空騒ぎをして気を紛らわさずにはおれないのだ。
然れども、それに付き合わされる者にとっては溜まった物ではない。以前より領主の世話をする為に勤めていた者ほど、その懸隔に戸惑うばかりである。前の領主は吝嗇で働きがいのないなどと思ってもいたが、浪費して馬鹿騒ぎをするような領主はそれ以上に働きがいがない――と言う事を身に沁みて再認識していた。
しかし、そんな嘆きは主の不興を買う為、それを顔に出すこともできない。
この屋敷の者たちは、決してあからさまにはしていないが、その表情には幾ばくかの翳りを見せていた。
「…………」
屋敷の天窓に視線を上げれば、その星空の中に不自然な、二つ並んだ蒼い星を見付けることが出来るだろう。
ポル・ポリーは、シェアナに聞いていた様子と違う翳りの射す屋敷の宴を覗き、そこにいる者たちの様子を注意深く観察する。間取りや召し使いたちの変化は、聞いていたものと変わりはなさそうだ。だが、屋敷の装飾は一新されている、彼女の目には聞いたものよりゴテゴテと乱雑になっている印象を与えていた。世間をあまり知らぬ彼女でなければ、豪華さを演出しようとして、却って下品になっていると評する事だろう。
「…………」
取り敢えず、見るべきものは見たと感じた彼女は、背の翼を広げ、強く空を叩く。風の妖魔と風の妖精の混血児は、夜風に溶けるように飛び去っていった。
夜闇に紛れて宿に戻ったポルは、屋敷の出来事を愛用の魔法の石版と石墨を使い、見て来た情景を素早く、見事な絵画と饒舌な文章で報告していた。
「……ご苦労様、ポル。」
シェアナはポルの頭に手をかけ、優しげに微笑みを浮かべた。
「みゃゅ!」
「きゃぁっ!」
うれしさに思わず飛び付いたポルに押し倒される格好になってしまい、シェアナは慌てた。慌てる手をふと止めて、天井を見る。
『……やはり、訪ねてみるべきか――』