第二章:王宮にて
ここはフォーサイト国の同名の王都、その中央に鎮座せし王城フォースフォート。更に、その中央部の謁見室。
そこに数人の人物がいる。……そして、彼等の話題の中心にあるのはあの “影の騎士” であった。
「……では、シェユラスは確かに戦死したのだな?」
謁見室の奥の王座に鎮座する若き人物、国王トラム=フォン=フォーサイト三世が正面で畏まる若き騎士に問い掛ける。
「御意。シェユラス卿は敵の手に掛かり、ホルトの谷の千尋は有ろうかという崖へと……」
そう言って、若き騎士ボルラは傍目にも分かる程肩を落とす。それを見たトラム王は目頭に手をやる。されど、王の左側に立つ老人はその様子を胡散臭そうに見詰めている。
「ボルラ卿、貴公はそう言うが、あの場にいた兵やドールの規模では、シェユラス卿を害し得るとは未だ信じられぬのだが――」
すると、即座に王を挟んだ反対側に立つ壮年の騎士が抗議する。
「オーボル老、それは何が言いたいのですか!? 幾ら名のある戦士と言えど、思わぬ些細なことで命を落とす事なぞ、戦場ではざらにあるものですぞっ。」
「フォルタス閣下の言う通り、先の発言には悪意を感じますぞ!」
激昂した騎士の様子に、オーボルの下座に立つ複雑な意匠の杖を持ったやや気弱気な男が、話を戻そうと発言をする。
「……今はこの “影の騎士” とやらを如何に処するかという話でありましょう。その議論はまた後日に――」
「そうですな。フォルタス殿、オーボル殿、それにクルレム、自制を願おう。」
フォルタスとクルレムの間に立つ老騎士が、男の発言を助けて激昂する騎士を諌める。
「ドレイル老……そうですね、では――」
そうしたやり取りを幾度か繰り返し、その場の会議は踊りつづけるのだった。
今日の会議が終わり、謁見室から皆が退席する。その中にあって、先程激昂する騎士を諌めた老騎士は、王城にある自身の控え室に移った。そこには一人の青年が待っていた。
「お帰りなさい、伯父上……いや失礼、閣下。」
「フフッ、ここには人もおらん。『伯父上』で構わんぞ、ショーネル。」
何処か堅苦しさの抜けないその青年――甥に向かって、老騎士は優しげな声をかける。その言葉に青年も少しばかり肩の力を抜き、一つの問いかけをする。
「ところで、あの “影の騎士” のことは……?」
「放っておく……ことになりそうだ。まだ、決まっておらんが――」
青年の問いに、老騎士は部屋にある椅子に身を任せながら、呟くように言葉を漏らした。
「そうですか……」
老騎士の言葉に、何処か憮然とした様子で青年は呟きを漏らした。
老騎士は青年に向き直り、改まった様子で言葉を紡いだ。
「……それで、お前に頼みたいことがある。」
「何でしょう? 閣下」
老騎士の変化に青年は身を引き締めると、居住まいを正し、次の言葉を待った。私事において両者は伯父と甥の間柄ではあるが、一方公事においては親衛騎士団団長と親衛騎士と言う関係でもある。老騎士の様子に甥としてでなく、部下としての態度に戻したのである。
「お前に親衛騎士団長として休暇をやる…… “影の騎士” が何者か調べてほしい。お前は見習い時代からずっとシェユラスと親しかったろう? 噂の真偽を確かめてほしい。」
老騎士に真摯な視線を返し、青年は言葉を返す。
「解りました。」
その返事に、老騎士は一度満足げに頷いた後、青年に声をかけた。
「では、下城するとしようか。」
「はい」
こうして、二人の親衛騎士は部屋を後にした。
ここは王の私室、ここに若き王と、会議の席で王の左に控えていた宰相の任を務める老文官が、先程の続きを語り合っている。
「オーボル、卿はシェユラスの死は不自然に思うか?」
トラム王の問いに、老文官は恭しい態度と言葉を持って返答を返す。
「御意にございます、陛下。……我が友であるドレイルの言を借りますれば、『彼の者はその戦略は大胆では御座いますが、いざ戦闘の際は慎重にして細心』とのこと。功を焦りて突出し、みすみす討ち死にするような器では御座いますまい。」
「予もそう思う。あの者には、いずれは……いや、詮無きことだな。」
同意の言葉の後に出てしまった思いを、王は頭を軽く振って途中で止める。
「……そうですな。しかし、あのボルラ卿へのシェユラス卿の領地の移譲は、論功行賞の措置としてはやはり不釣り合いではないかと愚考いたすのですが――」
「だが、シェユラスの後を継ぎ、戦を勝利に導いたのは確かだ。彼の亡き今、彼の領地を受け継がせるのが、自然というものだろう……」
老文官の言葉を抑えつつも、王も自身の言葉に確固とした自信を持っている様子ではなさそうである。
「確かに道理ですな。……シェユラス卿には跡継ぎもなく、彼自身もロフト家の次男として、本来の領地を持たぬ下級騎士として叙任を受けた者。このような場合、封地を召し上げた後、同等の功を持つ下級騎士に下賜する事になっております。
しかれども、ボルラ卿のもたらした功は、シェユラス卿のものとは小さきものに感じます。セクサイトの魔道砲を奪取したことは大きくはありますが、彼の砲の技術兵を殲滅させ、未だ彼の砲の制御が不能なのを見るに、ボルラ卿の功も半減するというもので御座いましょう。」
「…………」
暫し、両者は瞑目する。次に言葉を発したのはトラム王であった。
「……ところで、あの “影の騎士” とは何者であろうか? 市井の者の言う通り、シェユラス卿の亡霊だと言うのは本当であろうか?」
「さぁ……確かに何某かの生に対する未練が有れば、冥界神にその身を委ねずに不死者となる事も稀にですが御座います。されど――」
若き王の問いに、老文官は何処か言い難そうな様子で返答を紡ぎ、途中で言い澱む。
「されど?」
その言い澱む老文官の言葉を、王は促す。
「……恐れながら彼のボルラ卿でさえ、彼の死体を確認しておりません。もしかすれば、生きておるかの知れません。或いは、シェユラス卿の名を騙る何者かも知れませんが――ただ、もし噂が全て真実ならば、ただの人間であるとは思えません……」
「そうか、では領地の移譲は、早計だったかも知れぬか……」
若き王は微かに嘆息する。その嘆息を見詰める老文官は、王の問いとも取れるその言葉の返答を出来ずにいた。