其の二:そして……十数年後――
親衛騎士団長を務めるヴァルター卿の屋敷――そこからは、剣の訓練勤しむ勇ましい掛け声や、機械の修繕に響く金属音に混じって、元気な子供の声が聞こえてくる。その声の色は甲高く、女の子の声と知れた。
「お嬢様~! 何処にいらしたのですか~! お嬢様~!」
館の侍女の呼び声を遠くに聞きつつ、少女は屋敷の奥の蔵に身を潜めていた。
「フンだ! デリアったらあたしが女の子だからって家に押し込めようとするんですもの……そうはいくもんですか。」
そう言って、遠くにいる侍女に向け、少女は舌を出す。
「だいたい、お母様は若い頃ずっと旅の傭兵をなさっていたって聞いているのに…………と、今日は、ここに何が入っているのかを調べにきたんですわ――」
そこは、誰も中に入れない秘密の蔵だった。それは、子供の好奇心を擽るのには、絶好の対象といえた。そしてこの日、少女は周囲の侍女の監視を、連日の挑戦の失敗を教訓にして振り切ることに成功し、ここまで来れたのだった。幸いにして……というか、何故か今日に限って蔵の錠は下りていなかった。
「……どんな物が収められているのかしら?」
少女は逸る心を抑え切れない様子で蔵の中に入り、その奥へと目指した。そこには多くの魔法機械の材料らしいものが並び、その奥には階下へ下る階段があった。
少女は躊躇う事無く、階段を下りた。
「ぁ……」
階下へと降りた少女は、言葉を失って、その場に立ち尽くす。
そこには、漆黒の騎士が立っていた――いや、微動だにせぬそれは、甲冑なのかも知れないし、ドールかもしれない。そして、その騎士に優しく手を差し伸べる女性の姿……彼女は自分より年上の、でも少女の域を出ない容姿であったが、その浅黒い肌と背に広がる翼を持つ姿は、少女の目を引いた。
やがて、その有翼の女性は騎士より手を離し、少女の方を振り返る。
「ご……ご免なさい! あたし、ここに入っちゃいけないのは知っていたの……でも、とても気になってたの。それで……その――」
叱られる――と首を縮める少女。有翼の女性は優しくその頭を撫ぜた。
「え……?」
そして、彼女は首より下げた石版を手に取り、それを少女に見せる。そこには、流麗な字が書かれていた。
-怒ってはいないわ、お嬢さん。貴女はとても勇気があるのね。-
「ええ、あたし、お父様とお母様の娘ですもの! 勇気なら騎士の勉強をなさっているお兄様にも負けはしませんわ!」
-そのようですね。-
そう石版の文字を見せてから、彼女は笑った。少女は彼女が言葉を話せないらしいことに気付く。
「……あの……言葉をお話になれないの?」
-ええ、でも、生まれ付きのことですから気になさらないでね。ところで、貴女はシェアナさんの娘さんなのかしら?-
「ええ、そうよ!」
その答えを聞き彼女の眼は優しく細まった。そして、彼女は少女を抱き締めた。
-逢えて嬉しかったわ。私はポル=ポリー。もし機会があったら、また逢いましょうね。-
その言葉を見せた後、彼女は階上へと飛び去っていった。
「そこで、何をしているの?」
それから暫く、不思議な出来事に呆然としていた少女は、頭上から降ってきた声に驚いて振り返った。
「……お、お母様!? ……あっ、これは――」
少女の母は大きく嘆息を吐いた後、笑って少女の悪戯を許した。
「……でも、この蔵の中のことは誰にも話しては駄目よ。」
「はぁ~い……でも、お母様、今ね、不思議な女の人に逢ったの。それに、あそこに置いてあるものも見たの……お母様、教えてくれない?」
興味津々と言った様子で訊ねてくる少女の様子に、彼女は穏やかな表情で少女を見詰めながら呟く。
「そうね……話してあげても、良いかもしれないわね……貴女になら――」




