第六章:影は去りて……
クルレムの件が片付いたとの報をショーネルから聞いた翌夜、シェアナはショーネルの屋敷を密かに後にしようとしていた。付き従うは、偽装装甲を纏いし鋼馬とフードを目深にかぶりマントを纏う少女――
屋敷の主に悟られぬように去ろうとする彼女に、ポル=ポリーは石版を見せた。
-シェアナ、本当に出ていっていいの?-
「……もう、決めたことだから……それに、ファルト老にお礼を言いにいかないといけないから――」
自身に言い聞かせるように呟く彼女の様子に、少女は石墨を置き彼女の後に続く。
「待ってくれ!!」
そんな彼女等を呼び止める声がかかった。振り向くシェアナの元へ、屋敷の若き主が駆け寄ってくる。
「待ってくれ! 待ってくれ、シェアナ!」
その声に、彼女は呆然とその姿を見ていた。ショーネルは息を荒げて言葉を紡ぐ。
「ハァ、ハァ……シェアナ、何処に行こうとしているんだ?」
近寄る若き騎士に、素っ気ない様子で彼女は言葉を返す。
「貴方にとやかく言われる筋合いはない。また、旅を続けるだけだ。」
「そうはいかない。貴女には…………貴女には、ここで暮らして貰いたいんだ……」
その言葉に、彼女は一瞬ポカンとし……その後、顔を紅潮させて言い立てた。
「何を言ってるんだ!? 素性も知れない女が上級騎士の屋敷にいるなんて出来る訳が無いじゃないか!」
「だから! ……だから、私は君と結婚したいと言ってるんだっ!」
「なっ……」
その言葉に、彼女の顔の紅潮の度合いが上がる。
「……ば、馬鹿なことを言ってるんじゃないっ! 私の正体は知っているだろう! 気でも狂ったのか!?」
「あぁ、そうかも知れない……知っていて言っているんだ。」
「私は、元は男だぞ……」
「構わないよ――」
「…………」
激昂する彼女に、彼はあくまで優しい言葉を向ける。その姿に、彼女の瞳が潤み始める――
「…………本当に?」
「あぁ、本当に……」
次の瞬間、向かい合う二人の距離は無くなった。
それから暫くして、親衛騎士団々長の副官ショーネル=ヴァルターは結婚をした。相手は、美しい女傭兵だとの噂が巷間に流れた。
この後、老将ドレイルは隠居を申し出、家督を甥ショーネルに委ねた。新しきヴァルター家の当主は妻とした美しき女剣士と共に、フォーサイト王国騎士としての多くの活躍を残したと伝えられている。
そして、それより後の数百年に渡り、“影の騎士” は、このフォーサイトの影の守護神として、王国史の折々に姿を現すのである……
これにて、「“影の騎士”の物語」は一応の完結を迎えました。
この後、後日談となる余話を掲載して終了となります。




