第四章:王城は鎮まる事無く
一方、王城での騒ぎはまだ鎮まる気配も見せずにいる。
「逃がすな! 追えっ!!」
「我々では無理だ! 城壁の者に連絡を出せっ!」
「構うか! 我等も追うぞっ!」
窓の外に消えた風妖を追わんと騒ぎ立てる衛視たちに、近くの大扉が開き、一喝が降ってきた。
「何事かっ!? 騒がしいっ!!」
その一喝に喧喧諤諤と言い合っていた衛視達は、揃って畏まり、一喝を発した人物に事の次第を報告し始めた。
「フォルタス閣下! 実は、クルレム閣下の私室に侵入者を発見したのですが、窓から飛び去られてしまい――」
衛視の報告の途中で、その人物――フォルタスは声を発する。
「何をしている! ならば、空戦騎士駐屯所へ連絡に駆けんか! 空戦騎士の航空機動力なら間に合うかもしれんだろうが!」
「「……ハ、ハッ!」」
フォルタスの一喝に打たれて、衛視たちは階下へと駆けて行く。駆け去る彼等を見詰め、フォルタスは心の内で呟く。
(あの二人に追い付くのは……無理だろうな…………さて、これでどう動くつもりだ? ドレイル老、ショーネル……そして、シェユラスよ――)
そう、彼は知っていた。クルレムが自身の栄達の為に策を弄していることも、セクサイトの密偵の生き残りのが本国に齎した話も、ショーネルが最近ジョーナルに何かの魔法機械の修復をさせていたことも、ドレイル老やジョーナルが何か嗅ぎ回っているらしいことも……
しかし、彼にはこれに介入する気は無い。彼には西方の脅威、アティス大陸最強国の誉れ高いセンタサイトよりの防衛策に腐心せねばならないのだから。……しかし、自国が不安定になっては彼の策も危うくなる。故にこそ、彼は密かに願っている……この “影の騎士” を巡る事件が終焉を迎えてくれることを――
突如の地震と、王城での喧騒は、当然のことながら、城の主たる国王トラムにも知れた。
王城に賊の侵入を許したとの言葉に、彼の心にも緊張が漲る。王城に賊が入ったと言えば、その狙いはまず間違いなく国王等の要人の暗殺か、魔法機械類の奪取と言うのが相場だからだ。
そこに、王の寝室に入室を望む者があった……フォルタスである。
「陛下、ご心配なく……賊の狙いは陛下ではありませんし、もう王城から去りました。」
入室を果した彼は、若き王に進言した。その言葉に王は問いかけを返す。
「フォルタス、では賊の狙いは何だったのだ?」
「……あの者たちは恐らく、“影の騎士” の手の者です。おそらくシェユラス卿の死の真相を調べに来たのだと思われます」
トラム王の問いかけに答えたフォルタスの言葉に、王は驚きの声を上げる。
「死の真相……だと?」
「これ以上は、臣の口からは……」
王城の中で、その一室にだけ、暫しの沈黙が訪れた……
「衛視どもは何をしておったのだ!?」
夜半に急を知らせられたクルレムは、その報告にその機嫌を更に悪化させる。
「で、ですが……フォルタス閣下に、集中したいからと周囲の巡回を遅らせるように仰せつかりまして……その際の出来事で――」
「解った、もう良い!」
クルレムは、報告に来た若い騎士を追い返し、舌打ちした。そして、杯の酒を空けたが、苦い味しかしなかった。
そして翌朝、彼が王城に出仕した時、彼の表情は凍り付くことになる。
さて、時は微かに遡り、ショーネルの屋敷へ密かに帰り着いたポルとクリックは……シェアナに叱られていた。
二人の侵入騒ぎは、逸早く彼女たちに知らされていたのだ……リュッセルの一報によって。……彼は王城の急使がショーネルたちの屋敷に来るより前に、王城での顛末をかなり正確に語って見せたのだった。当然、シェアナたちは、その後に王城警護の兵や騎士たちに二人が捕らえられてはいないか、と心配していたのだ。
そうした中でのポルたちの帰還は、一種の安堵感を伴って迎えられたのだった。……だが、彼女の持ち帰った封書の内容を読んだ一同の間に緊張が走る。
その封書は一つの念書であった……そこには、「シェユラス暗殺と引き換えに上級騎士職を与える」との内容があった。それはクルレム卿が、シェユラスの副官ボルラに宛てた密書に間違いなかった。
「……こ、これは――」
密書を一読した後、シェアナは言葉を失っていた。それは彼女が探していた物であり、彼等が探していた物である。
「これで、クルレム卿がシェユラス卿暗殺を示唆したのは間違いなさそうですね……」
一同の沈黙が流れる中、そう呟いたジョーナルの言葉は、否が応にも響き渡った。




