第二章:黒き右腕、繋ぎしは……
そうして、皆がシェアナの正体に一応の納得を示すと、彼女は微笑を浮かべて一息吐いた。
そして、彼女はこれまでの事を話した。ボルラ卿の裏切り、自身の死……そして、ファルト老の手による蘇生…… “影色の魔鎧” を貰い受け、“影の騎士” として暗躍したこと――
「……最初は、ボルラに復讐するつもりだった。だが、奴は何者かの放っていた密偵に殺された。それからは、誰が何の為に、この私を亡き者にしたかったのかを……調べていたのだが――」
そう語る彼女を見詰めながら、ショーネルやリュッセルは “影の騎士” の行動を思い浮かべる。その時、ショーネルが呟く。
「もしや、あの黒騎士……貴女、の語る何者かの手によるやもしれない……」
「そうだろうな……あの黒騎士――いや、あのドールを操っていた者は、ボルラを殺した奴だった……あんな密偵を放てるのは、騎士団のかなり上位の騎士だろうな……」
そう言ったシェアナの眼光に、ショーネルはかつての友の面影を見ていた。
それから数日後、ショーネルは、密かに王都への帰還を果たしていた。その彼と伴に、一人の吟遊詩人と一騎の人影が王都を訪れていた。
その夜、魔導技術師団々長ジョーナル=ミッドリールは、遠縁であり、友人でもあるショーネルの訪問を受けた。その際、彼の屋敷に内密での訪問を依頼されたのだった。
ジョーナルは訝しく思いながらも、ショーネルの私邸内にある倉庫の一つへと足を運んだ。
そこで彼を待っていたのは、一機の魔導機械であった。その機体とは、漆黒の甲冑ともドールとも見える機体――しかし、その右腕の関節部は大破し、内部の配管等が露出している。その機体を前に、ジョーナルは言葉を失う。
「……ショーネル、これは一体……何処で手に入れたんですか!?」
「そのことは後で話す。ジョーナル、これの修復はどれ位で出来る?」
驚くジョーナルを半ば無視する様に、ショーネルはその機体の右下腕部を差し出しつつ尋ねた。ジョーナルは手渡された腕を手に取り、暫くしてから、呆然とした様子で答えを返した。
「……関節部の様子を見るに、手持ちのドールの部品と互換性があるようですし、恐らくは数日中には出来ると思います。……ところで、これを何処で手に入れたんです? これは “強化甲冑” ――それも診たところ、かなり優れた機能を持つ機種ですよ。こんな物、“アティスの後継” を自称するセンタサイト王国でもあるかどうか…………まさか!?」
「そう、そのまさかさ……恐らくな。」
若き魔導技師の叫びに、若き騎士は答える。その言葉を聞き、魔導技師はかなりの躊躇いの時を置いた後、おずおずとした様子で自身の予想するものの名を口する。
「……これが、“影の騎士” ?」
「その通り。……意外と気付くのが遅かったな。」
躊躇いを見せつつ答えた魔導技師に向け、騎士は呟くように答えた。その言葉に、ジョーナルはいまだ信じきれない……といった様子で呟きを漏らす。
「確かに、この間のチュザーラ卿襲撃事件は、こちらでも黒騎士の検査等で、報告は耳にしているけれど――」
呆然として漆黒の魔法機械と友人とを交互に見やるジョーナルに、ショーネルは改まった様子で彼を見詰め、そして言った。
「ジョーナル、この事について秘密を守ると約束してくれ……これを見せた上で、言うことでもないがな……」
「……わざわざこれを見せてから、そんなことを言うとは……信頼されていると言うことなんでしょうかね……。良いですよ。これは口外致しません――これで良いんですか?」
真剣な様子のショーネルの視線に、何処か憮然とした様子で溜息を吐き、ジョーナルは答えを返し、そして彼に誓って見せた。
ショーネルに口外しないとの誓いを口にした後、ジョーナルは倉庫を軽く一瞥しながらショーネルに向け、言葉を続けた。
「……では、ここに転移用の魔法陣を設置して置きます。その方が、色々と都合が良いでしょうから――」
そう言ってから、彼は携帯していた石墨で、転移の為であろう魔方陣を倉庫の片隅に描き始めた。
それから更に数日が経過した。その間、ジョーナルは密かにショーネルの屋敷に訪れていた。彼はここ数日に渡り、夜更けにショーネルの屋敷を訪れ、“影色の魔鎧” の修復を行った。幸い、“魔鎧” の損傷は、彼の手持ちのドール用交換部品で事足りそうであった。……そして、その合間に “魔鎧” の機構を調べもしていた。
そうして、“魔鎧” の修復の目途も立って来た頃、ジョーナルはショーネルに私邸の一室に案内された。その部屋には、ショーネルの伯父であり上官であるドレイル老が待っていた。
「……ドレイル様!? どうしてここに?」
「ショーネルに相談したいことがあると言われてな。……お前こそ、どうしてここに?」
ドレイル老の存在に驚いたジョーナルであったが、老もまたジョーナルの存在に驚きを見せていた。老の言葉に幾らか落ち着きを取り戻したジョーナルはドレイル老に言葉を返す。
「多分、その相談したことに関連したことで、訪れていたもので――」
「……何のことだ、先の黒騎士が倒された後、ショーネルが私邸に何か運び入れたことは聞いていたが……」
「実は…………」
老騎士の問いに、ジョーナルは声を顰めて答える。
ドレイル老とジョーナルが話し合っていた時、その場にショーネルが入室して来た。その時、彼は一人の見知らぬ女性を連れていた。二人は、彼女が誰かと訝しむ。
そんな二人に、ショーネルは彼女を紹介した。彼女――シェアナのことを……それは、彼女が “影の騎士” 当人である、と――
この紹介は、二人を大いに驚かせた。そして、彼女こそがシェユラスの変り果てた姿であるとの言葉に、二人は暫しの間、絶句したままシェアナを凝視するしか出来なかった。
「…………」
ショーネルとシェアナは彼等の向かい側の椅子に腰掛けた。
「……お久しぶりです……お二人とも――」
絶句する二人に向け、その女性――シェアナは言葉をかけた。その言葉に、ドレイル老は彼女に向けて問いの言葉を紡ぐ。
「……本当に、シェユラス……なのか?」
「…………」
「えぇ、伯父上」
戸惑いを見せるドレイルの問いに、言い澱むシェアナ。彼女を助けるように、ショーネルが答えた。
そして暫しの間、彼女とショーネルの言葉を尽くした説明と、シェアナの姿や仕草の中にかつてのシェユラスの面影を見て取った彼等は、次第に彼女の正体について納得し始めたのだった。
そして、彼女が辿った軌跡を、ショーネルが徐々に語っていくにつれ、二人の顔も次第に険しいものへと変わる。……そして、話が終わった時、ドレイルが口を開いた。
「お嬢さん……いや、シェユラス……それは、本当かな?」
老将の問いに、シェアナは暫しの逡巡の後、頷く。老将は深々と頷きながら、彼女を労わりの言葉をかけた。
「そうか、それは、大変であったな……」
「……そうですか、あの “魔鎧” を診ていて、シェユラス卿の物とも思えなかったのですが……そう言うことなら――」
続いて、ジョーナルも戸惑いつつも納得してきたようだ。彼は “魔鎧” と言う証左を見ているが故に、納得出来たのであろう。
そして、ドレイル老とジョーナルはシェアナの目的を聞いた……彼女を陥れようとしている者の正体を突き止めると言う目的を。……それを聞いた二人の脳裏に、一人の人物が浮かんだ。
その人物は、騎士たちを指揮する立場にあり、若き英雄となりつつあったシェユラス=ロフトの台頭に地位を脅かされると怖れ、“影の騎士” の行動に一番過激に反応していた人物……即ち――
((……クルレム=シェイン……))
しかし、その名を口にするのは憚られた。はっきりとした確証に乏しかったからでもある。
しかし、口には出さずとも、表情の変わった彼等に何かあると感じたシェアナは、二人に問いかける。
「ドレイル閣下、ジョーナル卿、何か知っておられるのですか!?」
「……えっ!? そ……それは――」
「それは今は言えぬ。……我等とて、確証無き者を陥れるようなことは、言いたくはない……」
シェアナが察して出した問いは、若き魔導技師を狼狽させたところで、老将の言葉によって遮られた。
しかし、彼等も彼女に協力することを確約し、その夜は暮れていった。
そしてその翌々日、シェアナの元にジョーナルが駆け込んできた。そして、その第一声はシェアナに向けかけられた。
「シェアナさん! あのドールの機種が判明しました!! ……あの機体のナンバーは、DB-Hmn-5-fd54型ですっ!」
熱く語るジョーナルの反応とは裏腹に、きょとんとした様子でシェアナは尋ねる。
「あ、あの、ジョーナル卿……それは、どう言うこと……?」
そう戸惑う彼女の反応に、ジョーナルも落ち着きを取り戻し、先の言葉を補足する説明を語り出した。
「あっ、失礼しました。シェアナさんも御存知でしょう? 王国で発掘された魔法機械は、魔導技術師団が全て把握しています。それで、あの黒騎士に扮していたドールの機種が、今日解明出来たんです。」
「それで……?」
「このナンバーは、王国に登録されていました。しかも、この機種は数も稀少な純戦闘用のドールの一種で、王国の保有も僅か数体で、その他の所有者もかなり限られています。しかも、この内の一つは騎士に下賜されています……その下賜された騎士と言うのが、実は、クルレム=シェイン閣下なのです。」
その言葉に、シェアナは彼等の先日見せた逡巡の訳を察した。そんな彼女の様子を察しながらも、ジョーナルは言葉を続ける。
「ですが……これだけではクルレム卿が貴女の探す人物との確証とは言えません。……少ないとは言え、この型のドールは他にもいる訳ですし……もう少し証拠を固めないと駄目かも知れません。」
「そうですね……」
二人の悩み込んだ様子を見て、部屋の片隅で聞いていた少女は密かにある決意を固めていた。




