第一章:影闇は晴れぬ
「……シェアナ――さん?」
ショーネルはその場にいる人物を見つめ、そう呟くことしか出来なかった。
“影の騎士” の名を騙って王都周辺で上級騎士等を次々と殺害していた黒騎士を、ショーネルは迎え討たんとしていた。そこに現れて彼の危機を救い、そして偽りの “影の騎士” を打ち据えた者……その者とは、本物の “影の騎士” であった。
ショーネルは密かにその場を立ち去ろうとしていた “影の騎士” に気付き、その後を追ってこの廃屋に来たのだった。……そして、その廃屋の扉を開いた時、彼は意外な情景を目にすることとなった。
彼が見たもの……それは、ドールにも似た甲冑の前に立つ一人の女性――シェアナの姿と、それに寄り添う有翼の少女……
ショーネルは暫し呆然として、その場に立ち尽くしていた。そして、シェアナたちもまた、余りにも予想外な事態に、ただただ呆然としている他なかった。
その止まった時は永遠とも言える程であったが、その澱みを打破したのは、新たに登場した二人の人物であった。ショーネルの入ってきた扉より突如現れたその人物とは……リュッセルとクリックであった。
リュッセルは硬直する一同を眺め、暢気な調子で若き騎士に声をかけた。
「おや、ショーネルさん。貴方もここに来てたんですね。」
「「……リュッセル!? どうしてここに?」」
暢気な声のリュッセルに対して、ショーネルとシェアナの二人は、余りの展開に絶句するしかない。しかし、もう一人の少女ポルの態度は少し違い、青褪めた顔でシェアナの後ろで怯えている。その様子が、虚空に漂っていたシェアナの心をこの場に引き戻した。彼女は無粋な侵入者――リュッセルを睨み付ける。だが当の本人は、笑みの表情を変えずに彼女等の問いに答えた。
「いやね……クリックから少し事情を聞いて、“影の騎士” の右腕をお持ちしたんですけどね――」
そう言うと、リュッセルは後ろに連れていたクリックを前に出す。引き出されたクリックの手には、確かに黒き鋼の腕が抱えられていた。
その腕を確認した直後、シェアナはあることに気付く。一つは、クリックやポルたちがリュッセルに対し異常に怯えているということ……そして、彼の瞳は彼女の見慣れたものではなかった。その瞳は薄闇の中で金色に煌き、その瞳の形は針の如く細まっている。
「リュッセル、それは……その眼は?」
彼の目の変化に驚き、問いを漏らすシェアナ。リュッセルはおどけた様子で彼女に言葉を返した。
「あ、これですか? これは “竜瞳”――別名 “妖精封じの眼” と言うらしいですよ。これのお蔭で色々役に立つこともありますけどね……まぁ、それはこの際どうでも良いでしょう?」
「……そうだな。今は貴女に事情を聞きたいのですが……シェアナさん――」
リュッセルの言葉に、我に帰ったショーネルがシェアナに詰め寄る。それを興味津々と言う様子でリュッセルも見詰めている。
追い詰められる彼女を庇うように、シャーフィールが二人を威嚇する。しかし、その鋼馬の行動を制する声が上がる。
「止めろ、シャーフィールっ! ……分かった……こうなったからには、二人には事情を――いや、真実を話すことにしよう……」
そう言うと、彼女は奥の一室に一同を促した。
そこは、廃屋の中でも比較的小奇麗に整理されたらしい場所だった。シェアナはそこに三人を招き入れ、そこにあったソファーに腰を下ろし、ポルを傍に座らせた。そして、ショーネル、リュッセル、クリックの三名は各々近くの椅子に腰を下ろした。
そして、彼女は躊躇いながら口を開いた。
「……まず、何から話そうか……貴方たちの推測通り、私が “影の騎士” だ……そして――」
そこまで言って、口を澱ませるシェアナ。ポルは気遣わしげに彼女を見詰めた。その瞳に励まされるようにして、シェアナは言葉を紡ぐ。
「…………そして、私がシェユラス=ロフトだ……」
「……!!」
彼女が発したその言葉に一同は驚き、目を見張った。ショーネルやリュッセルは信じられないという様子で暫し絶句する。やっとの思いで口を開けたのは、リュッセルであった。
「……クリックからは聞いてはいましたけど…………しかし、シェアナさん……貴女は、その――本当に?」
おそるおそると言った様子で発せられたリュッセルの問いに、シェアナは自嘲するように言葉を吐いた。
「あぁ、信じられないだろうが本当だ……だが、今の私は――私の身体は正真正銘、女だよ……事情があってな。」
自嘲の色を帯びた彼女の言葉に、まだ信じ切れないショーネルは咄嗟に呼び掛ける。
「……そんな……待ってくれシェアナさん……いや、シェユラス――?」
「シェアナで構わないよ、ショーネル。……信じられないのも、無理はないと思うけれどね……」
言い澱むショーネルの様子に彼女は微笑を浮かべ、彼の幼い頃や見習時代等の事を語って聞かせた。それらの幾つかは、シェユラスしか知らぬ筈の出来事も含まれている。
そんな彼女の語る言葉に、彼は納得するしかなかった。彼の内心に燻っていた意外な可能性が、事実であったと――




